4 炎

 機械がダメになるだけでなく、そもそもいちばん頑丈なティーポットに異常が起きている時点で、それ以外のすべてのことによくない傾向がでてくるのは必定で、マキだろうがタケルだろうが二人のAIだろうが調子がいいわけもなく、やや口げんかのような話し合い(主に怒るのはマキだけだが)を経ても、今後の活動方針がさだまらなかった。


 泡を食って手足をふりまわしながら風船陣地とりゲームをしているみたいに。


「とりあえず、そとの様子をうかがって、省エネ状態の装備でも行けるなら探索しよう」


 最終的にタケルが憤慨したようにあたまをかかえる。

 タケルはむしろ、マキの情緒が不安定なことに困惑しているのだが、それを知っているのはマキ以外だけだった。


 マキはくちびるをとがらせながら考える。

 たしかに、発電パネルが復旧しないのであれば、どんどん生存率はさがることになる。

 ティーポットやAIの機能が麻痺しないうちに行動したほうがいいかもしれない。


 結果、電力調達できなくなるとしても、ただ待っているよりはマシかもしれないし、あたまを使って行動しているほうが安心できる。


「それは忘れていられるのまちがいだね」とマキのAIは思ったけれど、マキにはつたえない思慮があるのだった。

 

 マキは無言のまま、AIにティーポット周辺の解析をもとめる。


 黄色い地表面の物質は――鉱物や石片の粒であり、粒子の大きさは5ミリ以下。

 石英、長石、磁鉄鉱、輝石、などなど。


 え?


「砂だな」


 タケルが解析内容を共有して、感想を述べる。


「見たまんまじゃないか」


 しかも、人体に有害な物質はふくまれていない。

 空気は――窒素が約80%、酸素が約20%、アルゴン、二酸化炭素、水蒸気などなどが1%未満。


 ええ!?


「地球とおんなじじゃないか……?」


 タケルが空気の組成割合について、自分のAIで確認したようだ。


 どういうことか……意味がわからない。

 めぐりめぐって、地球に還ってきた? 

 そんなバカな。


 四人格そろっているのに、マキ一人で自問自答してしまうレベルのおかしさだ。


「広さは――?」


 タケルが訊ねる。マキにではなく、AIに。


 約55万平方メートル……?


「なんだ、地球にくらべると極端にちっこいな。球状なのかな。宇宙からみたときの印象よりさらにちいさい。雲があったせいかな……」


 タケルがそのあとも重力加速度や惑星の形状を調べようとしたが、ティーポットの探知機能に制限がかかり、まったく把握できなかった。


 ただ、そのあたりに関しては懐中時計の生命維持機能を使えば、電力が尽きるまでは影響なく活動できる。

 着ていない宇宙服のようなものだ。


「どこかしら地球に近いなら好都合だわ。緊急対応して出発」


 マキがつぶやくと、タケルもうなずいた。

 なんとなくいやな予感がするので、いてもたってもいられないというのが本音なのだ。


 懐中時計の生命維持機能をオンにして、ティーポットに外出する旨をつげると、視界が突然、暗い廊下のつきあたりに両開きの扉が現れ、そこに向かって歩いていく履物の映像になる。

 

 ごていねいに渋めの茶色い革靴とおしゃれな赤いパンプスだった。

 なにこれ、とマキが眉をしかめると、いや、わかりやすいだろ、とタケルが弁解するように応える。


 マキはとりあえず、扉の向こうは真夏のビーチがひろがり、靴を脱ぎ捨てるために海の家から降りていく設定にしておいた。


 お、いいね、それなら水着でお願いします、とタケルが調子にのったが、無視した。


 そして、地表に降り立った瞬間に、身体ががくっとかたむいてころびそうになり、マキが驚声をあげるよりさきにタケルが右腕をつかんで支えてくれた。

 ヴァーチャルなど吹き飛ぶレベルの衝撃だった。


「油断しちゃだめだよ」


「してない。タケルがへんなビジョンを設定するせい」


 タケルは鼻のしたをのばす。


「おたがいさまじゃないか」


 思いのほかやわらかい地面で、まさに砂砂砂、着地した右足が沈みかけたのだ。


 ふんばったところの砂がさらさらと流れる。

 ほんの少しだけ傾斜もありそうだ。


「ん……? ちょっと待って、暑すぎない!?」


 生命維持機能を使用しているにもかかわらず、なぜか非常に暑く感じる。

 足のしたにも高熱を感じた。


「マキが真夏のビーチとかいうからじゃないの?」


 タケルが不平をもらしたが、無視する。

 気温を教えて――マキがAIに問いかけたものの、しばらくの沈黙ののち、解析不能という返事がきた。


「要するに、活動できる温度じゃないってことだな。まぁ、そういう物差しの機械だし」


 人間が使うことを想定したものなので、数値がはっきりしないのは、人間の活動可能域を明確に超えていると予想されるのだ。


 省エネモードでなければ、パトカーがカーチェイスして、風呂釜が炎上するぐらいにアラームが鳴りつづけているにちがいない。


「摂氏50度は超えているってことだろうな。もっとずっと高いかもだけど。人間が生活できる限界はプラスマイナス50ぐらいらしいし」


 タケルがつぶやく。AIに教えてもらったのだろう。

 だとして、その理由は……?


「ああ、アルニラムの影響か――」


 マキが問うよりさきに、タケルが勝手に納得する。

 各々で計画性なく調べていると電力の無駄づかいなので、マキはいらいらしてきたが、タケルが素知らぬ態度で説明するところによると――。


 この小惑星の最寄り恒星だと思われるオリオンの三つ星のまんなか――イプシロン星ことアルニラムは、視等級1.69、地球の半径5000光年以内の恒星では最も明るい星であり、太陽の26倍の大きさで、40倍の質量をもち、そのエネルギーは38万倍なのだという。


「どの程度の距離感かはわからないけど、うららかな陽射しどころのさわぎじゃないな」


 生命維持装置が処理しきれていないのだから、相当なものにちがいない。

 機能に限界があるのか、機械の故障なのかはわからないけれど。


 体感として、あきらかに摂氏40度は超えている。

 砂の惑星になっている要因も、この暑さによるものなのか――。


「たしかに……」


 マキはぼやく。


「ん?」


 タケルが気づかって、高い声で反応する。


「真夏のビーチなんて縁起でもなかったわね――海もないのに」


 少しも笑えない現状にタケルがふふっと噴きだしたあとも、あれこれ議論したものの、対処法がまとまらなかった。


 (ふざけた演出なしに)すぐにティーポットにもどってみたものの、こころなしか内部が蒸し暑く、マキはとてもいらだった。

 ボトルのミネラルウォーターすら、ややぬるい気がしてくる。


 すると、室内がいきなり真夏のビーチになった。


「は?」


「いや、もうこのさい、開き直って落ち着こう。寝転がってりゃ、いいアイデアも思いつくかもしれない」


 タケルが砂浜におかれた虹色のビーチチェアに横になった。

 みればサングラスをして、アロハに変わっている。

 どうやら根柢の部分の古式ゆかしさがマキに似ているのかもしれない。


 手にしているミネラルウォーターが、フルーツどっさりのトロピカルドリンクのグラスに変わった。

 マキはため息をつく。


 サングラスを少しもちあげて、タケルがわりと真顔でほほえむ。


「ああ、いや、もちろん、とっくにビーコンは送信モードにしてあるよ」


 しばらく迷ったが、あきらめてマキも倣うことにして、チェアの横に赤と白のしましまのパラソルをだした。


 すべて架空でも、なぜか暑さがやわらいだ気がして、マキは寝転がったのち、もう一度深くため息をついた。


 それでも、さきほどより焦りがおさまったように思えたので、マキはしぶしぶドットのセパレートの水着に変更した。

 しっぽが目立たないように、葉っぱ柄のパレオを巻いておいた。


「わぁ、夢のよう」


 タケルが寝転がったまま、口笛を吹く。


「まぁ、夢でもいいんだけど――」

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