第25話 王女様目覚める

「たっだいまぁーーーー!」

 タルーバ村の魔法陣が光りラベンダーを採りに行っていたイルニエとリュアン、フィリパが帰ってきた。

「たっぷり採ってきたからねぇ、お薬を作ってお部屋もラベンダーでいっぱいにしちゃいましょう!」


 ラベンダーはフィリパとリュアンが腕に提げている大きな籠いっぱいに入っていた。

「薬はイスカちゃんに頼もうかしら?精油がいいと思うんだけど」

「はい、お任せください」

 イスカはラベンダーの籠を受け取ろうとフィリパのそばに来た。


「……あの、フィリパちゃん……」

 リュアンが遠慮がちに声をかけた。

 フィリパは泉から戻ってきてからも、ずっとリュアンの腕にすがりついたままなのだ。

「……はい、リュアン様」

 腕にすがったまま、上目遣いでフィリパが答えた。

「イスカさんが薬を作ってくれるから、花のバスケットを……」

 そうさとすように言うリュアンをイスカが困惑笑顔で見ている。


「あらあらぁーー♡」

 二人のやり取りを見ていたイルニエが、頬に両手を当てて恋する乙女声で言った。

「じゃあ、私にはリュアンさんのほうのバスケットを」

「あ……はい、お願いします」

 なんだか面白そうに微笑むイスカにリュアンはバスケットを渡した。


「それじゃ、フィリパちゃんのほうのラベンダーを部屋に飾りましょう」

「はい」

 イルニエがフィリパの手を引いて部屋に向かい、フィリパはリュアンから手を離さなかったので、彼もそのまま手を引かれて行った。

 イルニエはそんな二人を面白そうに見ている。


(フィリパちゃんは一体どうしたんだろう……)

 リュアンはそんな事を考えながら、ラベンダーを摘みに行った時のことを思い出していた――――



「はい、到着ぅーー!」

 というイルニエの声に目を開けると、そこは先日ゾーラとともに来たサグアスの森の泉のそばだった。

「ラベンダーはあの丘の上に咲いてるわ」

 イルニエが指差す木々の間から見える先には青紫が広がる景色が広がっている。


「さあ、摘みに行きましょう」

「はい」

 イルニエの言葉に答えるフィリパは腕にバスケットを提げている。

「準備がいいね、フィリパちゃん」

 リュアンが言うと、

「行きましょう、リュアン様」

 と、きびきびと言ってフィリパはリュアンの手をとった。

「あ、う、うん」

 リュアンは惑いながらフィリパに引かれて行った。


「あら、まるでデートね」

 とイルニエ。

「え、デート?」

 そう言ってリュアンがフィリパを見ると、彼女は意味ありげにリュアンを見つめ返した。

(そ、そうなのかな……)

 今まで恋愛というものを経験したことがないリュアンには、これがデートなのかどうか判断できなかった。


 リュアンはフィリパに引かれるままラベンダーが咲く丘に行き、二人で摘んだラベンダーをバスケットに入れていった。

 イルニエはそんな二人をにこやかに眺めている。

「楽しいわね、フィリパちゃん」

「はい」

 フィリパはイルニエに笑顔で答えリュアンに流し目をくれた。

 そしてリュアンと目が合うとニッコリと、それまでの澄ました微笑みではなく、リュアンが幼い頃に記憶していた笑顔でフィリパが微笑みを送ってきた――――


 リュアンがそんなことを思い出しているうちに、ダナエが休む部屋の前に着き、イルニエが扉を開きフィリパとリュアンを引いたまま部屋に入っていった。

(俺、部屋に入ってよかったのかな……)

 男子禁制だったような気がしたリュアンだったが、フィリパが手を離さないしダメとも言われないので、そのまま部屋に入っていった。 


 扉を入って右の壁のところにゾーラが静かに腰掛けていた。

 そして部屋の奥の窓際にダナエが眠っているベッドが置かれており、そばにはラテナとレミアが付き添っている。

 ラテナとレミアはイルニエを見ると立ち上がって無言で挨拶をした。



(王女様……!)

 

 リュアンはベッドに駆け寄りたい気持ちを必死に抑えた。

「部屋をラベンダーの香りで満たしましょう。小さな入れ物に分けて部屋のあちこちに置いてって」

 イルニエに言われて、

「リュアン様」

 フィリパは持っていたラベンダーのバスケットをリュアンに手渡した。

「あ……うん」

 リュアンがバスケットを受け取ると、フィリパは戸棚に行って小さな籠や小鉢を手にして、部屋のあちこちに置いていった。

 そしてリュアンがバスケットを持ってフィリパが置いていった器にラベンダーを載せていく。


 その間もリュアンはダナエの事が気になって、ちらちらと何度もベッドを見た。

 部屋にラベンダーを置いていくと、それまでも香っていたラベンダーの香りが一層鮮やかになった。


「そろそろいいかしら?それじゃいくわよぉーー!」

 イルニエはステッキを振り上げて頭上でくるりと回した。

 ステッキの先から様々な色の光の粒が飛び散って、部屋中に広がった。

 そして光がゆっくりと落ちて、ラベンダーに降りかかると、香りがより一層強くなった。

「わぁーー……きれい……いい香り」

 フィリパが感嘆の声を上げる。


「ん……んー……」

 一、二分経った頃、ダナエから小さな声が聞こえた。

「お、王女様」 

 リュアンはダナエを呼びながらベッドに駆け寄ろうとした。

「静かに……!」

 ラテナが椅子から立ち上がってリュアンをたしなめた。

「あ、ご、ごめんなさい……!」

 リュアンは慌てて謝った。


 あとから入ってきたスウェンがリュアンの脇をすり抜けてベッドに歩み寄り、ダナエの顔をじっと見ながら彼女の額に手を当てたり手首で脈を測ったりした。

「ご気分はいかがですか、王女様?」

 スウェンが聞くと、

「え、ええ……ボーッとしてるけど……気分は、悪くないわ……」

「それは、よかったです」

 スウェンが安心したように穏やかな表情で言った。


「お……」

 リュアンはダナエに声をかけようとして、躊躇した。

(やっぱり俺なんかが気安く声をかけて近寄っちゃいけないだろうか?)

 そう思うと萎縮して足が止まってしまった。


 ダナエはしばらくは上を見たままじっとしていたが、やがて周囲を確認するように顔を左右に動かし,

「み、皆さん……」

 と、ラテナやレミアを見て囁くように言った。

 そして視線が止まり、リュアンと目が合った。


(王女様……!)

 リュアンの鼓動がにわかに激しくなる。

 目が合った瞬間、ダナエは不思議な表情をしたが、すぐに何かに気づいた顔になった。

 そして、

「リュアン……助けてくれて……あ、ありがとう」

 と言って、弱々しさが残る顔でゆっくりと微笑んだ。





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