第22話 二人目の魔女

 ダナエが休む部屋には治癒術師スウェンと薬師イスカ、それから助手としてフィリパが残り、他のものは居間に集まった。


「わ、私も、ダナエ様のおそばに……」

 そう言ってルシーナは部屋に戻ろうとしたが、

「あなたもずっと王女様に付きっきりでかなり疲れてるでしょう?」

 マリエがルシーナの顔をじっと見ながら言った。

「いえ、私は大丈夫です、ですから……」

「いいえ、だめよ休みなさい」

 マリエは真剣な表情で言った。

「…………はい」

 拒絶するかと思われたルシーナだったが、素直に頷いた。

「エマ、ルシーナさんに付いててあげてくれる?」

「……はい!」

 ほんの一瞬、驚いたように目を見開いたエマだったが、すぐにいつもの調子で返事をした。

「じゃ、部屋に行こうか、ルシーナさん」

 ルシーナの肩に腕を回してエマが言うと、

「い、いえ、ひとりで大丈夫ですから……」

「そんなこと言って、怪しい男とかが来たらどうすんのさ?」

「まさか……」

「私がいれば安心だよ、なんつってもキリアンより強いし、私」

 ニカッと歯を見せてエマが言うと、

「それ言う必要ある?」

 と、口をとがらせてキリアンが言った。

「比較対象があったほうが分かりやすいだろ?」

 そう言うと、豪快に笑いながらエマは戸惑い気味なルシーナを連れて奥の部屋に続く廊下へと向かった。


「とにかく王女様には快方に向かっていただきたいわね」

「そうね、随分とお痩せにってしまっているし」

 エマとルシーナを見送りながら、ラテナとレミアが話しを始めた。

「そうだねぇ……」

 マリエは二人の話に相槌を打ちながらゾーラを見ている。

 そして、

「ゾーラ様」

 と言って改まった様子でゾーラを正面から見た。


「な、なんだ……」

 突然呼ばれてビクッとしながらゾーラが答えた。

「率直に伺いますが……」

「……」

「なぜ、王女様にあんなまじないをかけたのですか?」

 口調は穏やかだが、マリエの目は真正面から射るようにゾーラを見ている。


「そ、それは……」

「……?」

「い、言いたくない……」

 そう言ってゾーラはマリエの視線から逃れるように横を向いた。

「……ですが、王女様にまじないをかけたとなると、たとえそれが命に関わることではないとしても、罪に問われることになりますよ」

「わ、分かっている……」

「でしたら……」

「……」

 それ以降ゾーラは口を閉ざしてしまい、何も言わなかった。


 やがて、スウェンとイスカがダナエの部屋から出てきた。

 ダナエにはフィリパが付いているようだ。

「王女様の様子はどう?」

 ラテナが聞くと、スウェンとイスカは顔を見合わせて、すぐには答えられなかった。

「どうしたの?」

 レミアが聞くと、

「あの……ゾーラ様」

 と恐る恐るスウェンが言った。


「な……なんだ」

 周囲と視線を合わせないようにしていたゾーラだったが、わずかに顔を動かして横目でスウェンを見た。

「あの……かけていた術は解けたのですよね?」

「……?ど、どういう、こ、ことだ……?」

「私とイスカでもう一度詳しく診てみたんですけど……」

 スウェンはそう言ってイスカを見た。

「王女様は随分と衰弱されてまして、ゾーラ様の言う通りまじないは関係ないとしたら、何か別の術かあるいは……」

 スウェンがそこまで言うと、イスカが後を継いだ。

「あるいは何かの薬が原因なのかもと考えたのです」

「く、薬……?」

 それにはゾーラも驚いたようで、イスカを正面から見た。


「はい。ですので、薬の可能性を念頭に調べてみましたが……」

「……?」

「……これは推測になってしまうのですが、王女様には既知の薬ではないものが使われているのではと思うのです。私の知識、能力の足りなさを恥じるばかりですが……」

 そう言ってイスカはうなだれた。

「あの、身内贔屓みうちびいきにってしまうかもしれませんが、イスカは若いながらも王国一の薬師と呼ばれることもある程の人です。そのイスカに分からないとなると……」

 そう言ってスウェンは悔しそうに唇を噛み締めた。


「ちょっと待って……!」

 マリエが二人を遮って言った。

「ということは、王女様は何らかの薬を飲んだ……あるいは飲まされたかもしれない、ということなの?」

「可能性としては……はい」

 イスカがうつむき加減で言った。

「そしてそれは、少なくとも王国では知られていないものだと……」

 マリエは眉間に深い皺を刻んで言った。


「ゾーラ様……?」 

 キリアンがゾーラを見て言った。

「し、知らない……あたしは、く、薬など……!」

 ゾーラにとっても思いもよらないことだったようで、首を大きく左右に振って否定した。

「でも、ゾーラ様も薬を作るのですよね?」

「あ、あたしが作るのは、か、風邪薬とか……胃腸薬とか軟膏とか……そ、そういう……ふ、普通の……」

 そう言いながらゾーラの声は小さくなっていき、考え込むように口をつぐんだ。


「ゾーラ様……?」

 キリアンが声をかける。

「…………ない」

 ゾーラは何事かを呟いている。

「あの、何か……?」

「し、知ってるかも……しれない……あいつなら」

「あいつ、とは誰ですか?」

 思わずリュアンが口を挟んだ。

 ゾーラがフッと顔を上げてリュアンを見た。

(あ……やばかったかも……!)

 リュアンの中に後悔が走った。


 だが、ゾーラに気にしている様子はなくすぐにリュアンから視線を外して言った。

「あ、あいつだ……い、イルニエ……」

「イルニエ?」

 リュアンはオウム返しに言ってキリアンを見たが、彼も知らないようで首を右に振った。

「イルニエ、イルニエ……どこかで……」

 マリエには聞き覚えがあるようで、必死に記憶を辿たどっている。


「……確か、魔女じゃなかったかしら?魔女イルニエ……うん、聞いたことがあるわ」

 レミアが言うと、

「そ、そうだ……イルニエも、魔女だ……西の方にいる」

 そう言うとゾーラは立ち上がって、首に掛けていたネックレスを外し体の前にぶら下げた。

「に、西は……こっち、か」

 そう言って、水晶を握り目を瞑って何事かを呟き始めた。


(何かの呪文かな……それとも……)

 魔術の知識が皆無のリュアンにとって、魔女という存在は恐ろしいのはもちろんだが、その未知の能力に憧れてしまう存在でもあった。

(誰かと話してるのかな……?)


 しばらくして目を開けたゾーラは、

「こ、ここに、き、来てくれる……イルニエが……」

 そう言いながら居間を見回して、

「そ、そこに、て、転移魔法陣を描く……」

 と居間の角のスペースを指差した。


 泉に転移してきた時のことを思い出して、リュアンは近くにあった椅子や机などを動かして転移魔法陣用のスペースを作った。

 ゾーラはリュアンが作ったスペースに歩み寄り、しゃがみ込んで指先を床につけた。

 するとゾーラの指先がほのかに輝いた。

 ゾーラは輝く指先で床に文様を描き始めた。

 ゾーラの指がなぞった後は光る線や、リュアンが見たことがない文字らしきものが描かれていた。


 魔法陣を描き終わるとゾーラは立ち上がり、再び水晶を取り出して握りしめ、二言三言呟いた。

「く、来るぞ……」

 ゾーラが言うと同時に転移魔法陣が輝き始めた。


(ま、眩しいーーーー!)

 魔女が登場するところを見逃してなるものか、という子供じみた好奇心で転移魔法陣を一心に見つめていたリュアンだったが、あまりの眩しさに、ついには目をつむってしまった。


 やっとのことで眩しさが収まって、リュアンが目を開くと、魔法陣に一人の女性が、というより見た目は少女と言ってもいい人物が立っていた。


「じゃぁああーーーーん!」

 その少女は派手なポーズをとって大きな声で言うと、

「恋する魔女っ娘イルニエちゃんの登場だよーーん♡」

 とウインクをしながら高らかに宣言した。


(恋する魔女っ娘!?)


 ゾーラが頼りにする魔女は、リュアン達の予想をはるかに超える登場の仕方をした。

 そんな魔女をリュアンは呆気にとらて見つめるのだった。

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