第10話 空とぶフリップガール

 各パイロットたちが強風で転倒しないように必死に機体を制御する中、先導していたオートバイが転倒し、運転手は放り出された。運転者を失ったモーターサイクルは地面を這いつくばって、コマのように回転していた。先頭集団は互いに接触しながらも、バイクを避けながら何とか通過。接触により破損した部品がわずかに飛び散った。

 紗良の真横をホバーバイクの集団が通り過ぎるのを見届けたが、地面を滑走するオートバイは向きを変えて今度は紗良に迫った。


 紗良の記憶の奥底から3年前の落車事故の映像がフラッシュバックする。


 きっと、あの車体は数秒後、私のところまでやってきて、私の右足を巻き込んで吹き飛ばすのだろう。ああ、余計なことをしてしまったものだ。あのまま、スタート地点に留まっていれば、何も起きなかったのに。

 紗良の瞼に、同時に荒川河川敷で見た光景も同時に流れ込んできた。ひょっとしたら、あんな感じに自転車ごとジャンプすれば、アクロバティックによけることもできるかもしれない。


「きっと、飛べる!!」


 とっさの思いで、紗良がロードレーサーバイクをぐいと引っ張った。不思議なことに自転車は空中にふわりと浮かび上がり、紗良の体は自転車ごとバック宙を開始した。


 その瞬間、紗良は風になった。


 紗良の髪の先端が一瞬だけバイクのボディに触れたが、オートバイは空中で逆さまになった紗良の頭の下の方を通過していった。

 自転車が地面に接地。ガシャンとフレームがたわむ音が聞こえた。前方にいたDOKANが一瞬、振り返ったが、そのまま飛び去って行った。

「え、わたし、いま、飛んだ???」

 心臓の高鳴りが止まらない。

 バックフリップの大技であった。しかも、乗っていたのはただのレーサーバイクである。

 すかさず、近くに潜んでいた記者が駆け寄って写真を撮った。

「ちょ、わたし、選手じゃないんで・・・」

「月刊ロードレーサーです。あなた、菊池紗良選手じゃないですか?」

「ちがいます!」

 紗良はとっさに拒絶し、そのままペダルをこいで現場から立ち去って行った。


 一方、DOKANの機体は、飛行速度が低下していた。

「くそ、ギアが動かねえ」

 ローターは回転するが、スロットルが奥まで行かない。さっきの接触でレバーのどこかが破損してしまったのだ。高さも通常の半分程度である。

「さっきからどうしたんですか?早くいかないと追い抜かれますよ」

 係長が追い立てる。それはわかってるんだが、ギアがどうしても動かないのである。その時、後ろの方から紗良の声が聞こえた。

「がんばって。ゴールまであと少しよ」

 自転車で移動してきた紗良にまで追いつかれてしまった。機体の速度が遅いのか、それとも単に紗良の移動速度が速いのか、それともその両方なのか。この時、DOKANに現状打開のアイデアがひらめいた。

 さっきの紗良の動き・・・・。

 そうだ。その手があったか。

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