間男デュシャ〜王国お抱え破壊工作騎士〜

花麒白

邂逅編

序幕 没落令嬢

「ようやく五年と四ヶ月分の未納金を返済し終わったわ……!」


 アウローラは元・子爵令嬢。今となっては名字しか残っていない実家ルニェール家は貿易事業に力を入れていたが、「十年戦争」と呼ばれる隣国との大戦によって事業が崩壊した。


「船が造れない!」


 船を新造するために契約した造船業者は、戦争の影響で資材不足になり工事を中断。


「船を造れないから商品を届けられない!」


 すでに他国や国内の商社との取引契約を結んでいたが、肝心の船がないため商品を輸送できず、契約不履行による違約金が発生。その結果、多額の損害賠償を請求された。


「それで、あらかじめ買っていた商品の代金を払えない!」


 貿易を成功させるため、商品を先に調達していたものの、船の建造や維持ができず、これらの商品は滞留するばかり。そのため、前借金も返済できない。


「あと、税金!」


 戦時中、政府が戦費を賄うために貴族に高額な税金を課し、収入は激減。税金を支払うための借金をした上、徴用された船や資源の補償金も期待できず、経済的打撃。


「くたばれ海賊!」


 さらに、海賊の活発化によりルニェール家の商船が襲撃され、船や商品を失った。損失を補填するための保険会社も、戦争中であることを理由に保険金の支払いができず、さらなる損失を被った。


「そんな中で投資に大失敗!」


 なんとか苦境を打開するため、ルニェール家は需要が急増した武器などの軍需物資に投資を行ったが、戦争の終結が予想外に早く訪れ、これらの物資は一気に価値を失ってしまった。その結果、借金は雪だるま式に増え続けた。


「爵位と屋敷もってけドロボー!」

 

 最終的にルニェール家は、子爵位や屋敷を売却し、その資金のほぼすべてを借金返済に充てることに。


「ここまで不幸が積み重なると、感動すら覚えるわね」


──アウローラ・ルニェールは、没落令嬢になった。


「それより、大問題は婚約者よ!」


 アウローラには一度も会ったことのない婚約者がいる。


 フォルダーン王国騎士団連隊長デュシャ・ナイトレーデ。


 なんと彼が敵将を何人も討ち取って王国に勝利をもたらし、見事「十年戦争」を終結させた──との速報が届いたのである。


「きっと、次期騎士団長の座も、しょうしゃくも、何もかもの名誉を手に入れるわね……」


 国王から生涯使いきれぬほどの褒賞金を賜り、老後は悠々自適な退役生活──。


「まあ、生命をかけて王国を守るために戦ったのだから、当たり前だわ」


 そして、そんな男には相応に見合う婚約者がいるべきだ。


「それは、私ではないわ……」


 アウローラは、デュシャが王都に帰還してきたら離縁を申し出るつもりだった。すでに、両親にはその旨を相談してある。しかしながら、両親からは逆に心配されてしまった。おそらく、デュシャの妻となればアウローラが安定した生活を送れるのになぜ離縁したがるのか、という当然の考えだろう。


「私は一人で生きていく」


 頼りたくないのだ、デュシャに金銭を。彼が人格者ではなかったら? 生活費を盾にされ、どんなぞんざいな扱いを受けるか、分かったものではない。どうせ、浮気されて捨てられるまでがオチだ。他人など、簡単に信用できるものではない。特に、戦争の英雄として有頂天になっている者など……。


「でも、そのためには、もっともらしい理由が必要ね」


 アウローラは散々考えあぐねた末に、このような結論を出した。


「浮気される前に、自分が浮気すれば良いのよ!」


 ……と。


 アウローラは元々ルニェール家が運営していた貿易会社の手伝いをして細々と生活費を稼いでいた。元・貴族令嬢として読み書き計算と教養はできるからだ。会社のそばにある安いアパートメントを借りて独り暮らし。


 クローゼットから取り出したのは平民用の質素なワンピース。ドレスも宝飾品もほとんど全て売り払った。プラチナブロンドの髪と、南の海のような薄い青緑の瞳が貴族令嬢らしさの面影を残しているが、やはり平民にしか見えないし、実際に平民なのである。


 こうして、アウローラは自宅近くの酒場に繰り出した。店内には、帰還してきたばかりなのか、ぽつぽつと軍人らしき男たちの姿もある。ようやく王国が元に戻りつつあるということか。


「──というわけでして、私の浮気相手と言いますか、間男と言いますか、とにかくそのような役回りを、ぜひともあなた様にお願いしたいのです!」


 アウローラはエールの酒盃を片手に、酔った勢いで隣の席に座る男へと自らの生い立ちを明かし、最終的にはそのような、淑女としてはとんでもない頼み事をしていた。


「は、はあ……」


 薄暗い酒場のわずかな明かりに照らされて暖色に艶めく黒髪に、くしゃりと無意識に触れて困惑気味の男は、今年で二十五になる。そして、現在の状況に対して、涼しげな紺碧の瞳に困惑の光を宿していた。


 男の名は、デュシャ・ナイトレーデといった。


 つまりはこうだ。


──目の前の婚約者、アウローラはデュシャに浮気をしたがっている。しかし、選ばれた間男もまた、他ならぬデュシャなのである。

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