第33話 お嬢様、その勘違いは困ります!

 猫が元気になったら、そのまま外へリリースするつもりだった――が、奴がびっこを引いているのを見て、そういうわけにもいかなくなった。

 右後ろ脚に切り傷があり、素人目で見ただけど、深いものではなさそうなのが幸いだった。とはいえ、歩きにくそうにしている猫を放り出すのはあまりにも可哀想だったので、しばらく俺の部屋で世話をしてやることにした。

 しばらく一緒に暮らすのなら名前が必要、ということで、俺はそいつに『ねこきち』と名付けた。

 オスだからそれっぽい名前がいいかなって思って。『きち』ってついてたら可愛いし、運気上がりそうな気がするしなかなかいい名前をつけてやったと俺は思ったが、そう呼びかけた途端、ねこきちのオッドアイは冷ややかに細められてしまった。

 ……解せぬ。




 ねこきちのことは、同僚のクロエさんにも秘密にしていた。

 俺が男である秘密よりよっぽどマシだから、本当だったら彼女にくらいは明かしてもいいと思った。けど、今やクロエさんは料理を通してお嬢様と親しい上に、彼女は結構うっかりやな一面もあって、何かの弾みで口を滑らせて暴露してしまう、なんて展開が起こる可能性もなくもなかったから、迂闊には漏らせなかったのだ。

 そんなわけで、ねこきちには俺の部屋で大人しくしてもらう必要があった。

 今の所、足の怪我があるからか部屋から出ようとはしていない。できれば完全に回復するまではこのままでいてほしい。まあ、ねこきち、俺の言うこと理解してる賢い猫っぽいから、多分大丈夫だろう。

「じゃ、ねこきち。今日も大人しくしてろよ。お昼にまた来るからな」

 俺がそう告げると、ベッドで寛いでいたねこきちはニャア、と鳴いた。


 


「――ねえ、ジュリー。何か……あったの?」

「へ?」


 本日の勉強を終えたお嬢様のためにペルルの紅茶を淹れていたら、急にそう尋ねられた。

 ポットを傾ける手を止めてキョトンとする俺に、お嬢様はモジモジと体を揺らしながら続ける。

「その、最近あなた、ずっとそわそわしているような気がするから」

「え?! そ、そんなことは、な、ない……ですよ?」

 慌てて作り笑いを浮かべるも、お嬢様はエメラルドグリーンの目を吊り上げて、不満げに唇を尖らせた。

「やっぱりそわそわしてるじゃない」

「え、いや、本当に何でも……」

「ブラン様からのお手紙、そんなに待ち遠しいわけ?」

「……へ? ブラン様?」

 思ってもみなかった名前に目を丸くすると、お嬢様はさらに険しい目つきになって刺々しい声色でおっしゃった。

「一週間前に出したでしょ。あたしのマリー宛の手紙と一緒に」

「確かに同封させて頂きましたが……ブラン様は普段バルテル侯爵家ではなく学校の寮にいらっしゃいますしお忙しい方ですし、お返事どころか私の手紙を読んでいるかも怪しいと思いますよ」

「そ、そうかもしれないけど……でも、ジュリーは、そ、それでいいの?」

 親の仇かってくらい激しく睨んでいたかと思えば、今度は悲しげに眉を下げてお嬢様が尋ねてくる。

「それでいいも何も、当然のことかと思いますが……何故お嬢様はそのようなことをお気になさるのですか?」

「っべ、別に!! 気になってなんかいないわよ、勘違いしないで!!!」

「いや、でも、お嬢様」


「ほんっとに、どーでもいいわよ! ジュリーとブラン様の身分違いの恋なんて! そんなの全然、全然気にしてなんかないんだからねっ!」


「…………え」

 お嬢様の口から飛び出したトンデモワードに、俺はあんぐりと口を開いた。

 みっ、身分違いの恋って……俺とブランが?

 いや、有り得ないだろ、つかあってたまるか、乙女ゲームの世界やぞ……と思ったけど、側から見ればなるほど、お嬢様の見方も分からないでもない。

 俺とブランの事情を知らなきゃ、歳の近い男女が手紙のやりとりをこっそりしてるなんて、この乙女ゲームの世界なら尚更恋愛的なアレやソレだと思うだろう。しかも身分違いなんて、お嬢様の愛読されている恋愛小説にも出てくる設定だし。


 が、違うから! その勘違いは勘弁してくれ! 場合によっちゃお嬢様とマリー嬢の友情にヒビが入りかねん! マリー嬢はブランを慕っているし、兄に近づく友人の侍女なんて印象悪すぎだろ!


「お嬢様、誓ってもブラン様と私はそのような関係ではございません」

「……っ、じゃ、じゃあ、何で手紙でやりとりしてるわけ?!」

「それは…………その、ブラン様に頼まれたからですが……」

「他の家の使用人と手紙のやりとりなんて、余程のことじゃなきゃありえないじゃない!」

「う、ま、まぁ、そうですが……別にやましいことは何も……」

「なら手紙を見せなさいよ」

「……ブラン様とのお約束なので……」

「ほら、怪しいじゃない! これで疑わないって方が無理あるわよ!」

 ぐっ……その通りすぎて何も言えない。

 でも、だからってブランに秘密にしてくれって言うことをばらすわけには……くそ、「すげえ、まじでルート通り!」って暢気に感動してないで手紙は断ればよかった……。

「ジュリー、あたしは別に反対したりしないから」

「えっ」

「っそ、そうよ、別に、どーでもいいことだし! あたしに迷惑かけないなら別に! あなたとブラン様がその……恋人でも……」

 そっぽを向きながらそう話すお嬢様は、何だか今にも泣き出しそうだ。

 な、なんでお嬢様が泣きそうになってるんだ? 実はお嬢様、ブランに気がある……ようには今の所見えないんだが。

「いや、本当に私とブラン様は……」

「いいのよ、ジュリー。あたしは分かってるから。本当に、応援、するし……」

「いや、ですから、お嬢様……」

 必死に弁明しようとする俺の手を取ったかと思うと、お嬢様は真剣な顔で見上げた。

 なんか、今日のお嬢様は表情が忙しい。秒でコロコロ変わる。

「お父様には内緒にしておくわ。事情が事情ですもの。でもね、ジュリー、覚えていて」

「は、はい?」

「決してあたしに黙って駆け落ちはしないでちょうだい。あたし、できる限り力になるわ。だから、あたしの侍女を辞めないで。ジュリー、あなたはあたしに取って必要な存在なのだから。お願いよ」

 エメラルドグリーンの瞳を潤ませて言うお嬢様は思わずドキッとしてしまうくらい、愛らしかった。

「……えと、や、辞めません、お嬢様。と言うか、駆け落ちもしませんから……」

「ほんと?」

「ええ……というか、私とブラン様には本当に何も……」

「いいの。あたしの侍女でいてくれるならそれで……あたし、何も望まないから」

 にっこり笑うお嬢様は、結局最後まで俺とブランの関係を勘違いしたままだった。

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