第20話 お嬢様、お料理しましょう!

「じゃあ、改めまして。クロエさん……いえ、クロエ先生。ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」



 ここはメルセンヌ家の台所……と呼ぶには広々としているので、調理場、としておこうか。普段なら立ち入ることのないその場所に、俺とお嬢様、そして本日の講師のクロエ先生がいた。

 俺が深々とお辞儀をすると、クロエさんは水色の目を大きく見開いて、ぷるぷると首を横に振った。

「そ、そんな、先生だなんて、やめてください、ジュリーさん! 私はただの洗濯係メイドでシェフじゃないですから! お教えするのもクッキーやパウンドケーキだけですし……」

「いいえ、クロエさん、いえ、クロエ先生。こういうのは形が大切なんです。お嬢様、クロエ先生のことは一メイドではなく、家庭教師の先生方と同じ方だとお思いください。決して、反抗的な態度はとってはいけませんよ」

 恐縮して小さくなるクロエさんの肩を抱き、俺はお嬢様に言い含めた。

 ふわふわのフリルつきのエプロンを身につけ、髪をひとつに束ねたお嬢様は一瞬むっとしたが、思い直したように首をふるふると振った。

「よ、よろしくお願いするわ……先生」

「お、お嬢様、そんな……」

「今のあなたは先生よ。気にしないで堂々としてちょうだい。あたしは何をしたらいいの? 先生」

「え、えっと……じゃあまず、材料を測るところから……」

 おどおどしながら材料を手に取るクロエさんに、お嬢様が真剣な顔で頷いてその手つきを観察し始めた。

 俺は手を組んで、そんな二人を見守る。



 俺が提案したのは、お嬢様がお茶会を開いてはどうか、ということだった。

 王子の件の反省を生かして、他のお茶会に積極的に顔を出すのもアリといえばアリだ。が、お嬢様の対人関係を築くスキルはあまりないから、時間がかかるしお嬢様にとって良い影響のある令嬢とお知り合いになれるかどうかは運が絡む。

 それならば、いっそお嬢様がホストとなり、ご友人になって頂きたい令嬢をもてなせば、自然と仲良くなれるのではないだろうか。

 相手は、前回知り合ったマリー嬢一択だ。

『今度はゆっくりとお話できることを楽しみにしていますわ』

 十中八九社交辞令だろうけど、一応別れ際にマリー嬢がそう言ってくれていたので、その言葉を思い切り鵜呑みにすることにしたのだ。

 で、マリー嬢はペルルの紅茶が好きだから、そのペルルを使ったお菓子を用意すれば、仲良くなれるんじゃないかと思った。シンプルだが、好きなものでもてなされて嫌な気持ちになる奴はいない。……多分。

 ちなみに何故手作りにするのかというと、より気持ちがこもるし、マリー嬢は自分で紅茶を淹れるのが好きだと言っていたくらいだから、お嬢様がお菓子作りをすると知れば、親近感がわくんじゃないかなって思ったんだ。



 ーーという内容を、俺は拒絶されることを予想しつつもお嬢様に伝えてみた。

 まあ、拒絶されても公爵の名前を出して上手い具合に転がせてでも「やる」って言わせようと思っていた。

 が、お嬢様から返ってきたのは意外な言葉だった。

『……それなら、あたしでも、おともだち、作れるかしら』

 ぽそ、と小さな声で呟いたお嬢様に、俺は力強く頷いてみせた。

『お嬢様が仲良くなりたいと思えれば、マリー様もきっと答えてくださると思います』

 俺の言葉はお嬢様の背中を押すことに成功したようだ。

 早速お嬢様は公爵から許可を得て、マリー嬢をメルセンヌ家に招くことにした。散々悩まれながらも書いた招待状には、『喜んで』と快諾の返事が来た。マリー、本当に天使すぎる。ありがとう。

 こうして、お嬢様は一週間後のマリー嬢訪問に備え、菓子作りの上手なクロエさんの指導を受けて練習することにしたのだ。

 俺も料理はできなくはないが、クロエさんの腕前には全く敵わない。どうせ先生にするなら、より腕のいい先生がいいと思ったし、それに、クロエさんとの関わりはお嬢様にいい影響を与えるんじゃないかと思った。



「く、クロエ、先生。こ、これでいいのかしら?」

「は、はい、それで……あっ、お、お嬢様! それは入れすぎです!」

「え?! い、いいって言ったじゃない!」

「っご、ごめんなさい! でも、それは入れすぎちゃうと生地が膨らみすぎてしまうので、その……」

「……そうなの。分かったわ。じゃあ、もう一回最初からやってもいいかしら?」

「は、はい! もちろんです!」

 お互いに別の意味で緊張しているせいか、動きもやり取りもぎこちなさが拭えないが、お嬢様はいつものように怒らないよう自分を必死にコントロールしながら、クロエさんの指導を受けていた。クロエさんもお嬢様がいつ爆発するのかびくびくしていたようだが、お嬢様が頑張っていることを感じ取ったようで、丁寧に指示を出している。

 そっか。まずは身近なところから始めても良かったんだな。

 お茶会では気が合わなければそれきりになるかもしれないけど、屋敷内なら毎日顔を合わせようと思えば合わせられる。お互いに歩み寄る心さえあれば、その機会を生かして仲を深めていくことができる。すぐにうまくはいかなくても、お嬢様が変わりたいと願うならば、少しずつでも変わっていくはずだから。

 頑張る二人の背中に俺も何かしたくなって、思い切り手を挙げた。

「クロエ先生、私にも何かできることないですか?」

「できることですか? えっと……」

「ううん、ジュリーは見ていて。その代わり、お菓子ができたら一番に食べて、感想を聞かせて」

 粉を顔のあちこちにつけたお嬢様が、真剣な表情でそう告げた。

 その言葉に、俺もクロエさんも揃って微笑んだ。

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