あくまでも蜘蛛の糸
ゲンガー(ロリコンクリエイター)
第1話 魔術師の少女
悪魔を捕まえるのは仕事だ。捕まえた後は何をしてもいい、らしい。
これは、魔術師が悪魔を成敗する世界のお話。
「悪ぃなァガチんちょ〜〜、これもオシゴトだからさ〜〜」
大男が嗤う。
人相は悪く、ひげは生えっぱなし。黒コートも着物も汚れていて、下駄は欠けている。およそ正規の魔術師とは思えないほどに汚い装いだ。
同じような格好の大人が20人ほど。まるで秘密結社だ。
教会の外は真っ暗。数年前に西洋から伝わってきた電気街灯は、整備されておらず暗いままだ。この時間でも都市部ではまだ明るいらしいが、にわかには信じられない。
外には人や虫の気配すらしない。助けは来ない。
大男が、ぶくぶく太った指をかざす。その一部が光を反射して、指輪を付けていると分かる。
「まずはオマエからだ」
「ひっ」
誰かが怯えた。
子悪魔だ。15にも満たない少女の姿をしている。綺麗な黒髪と対照的な、ボロボロの着物を纏っている。他にも小さな悪魔たちが手足を縛られて、まるでゴミのように集められている。大人たちの舌なめずりが耳に届く。
クソが。 バレないよう呟く。
「まずはオマエからだ、おじょ〜〜〜チャン」
顎をグイと持ち上げられる。痛い。微かに呻く。
大男に目を覗かれ、それが不快で目を逸らす。
「おいおいおいおい〜目ェ逸らすなよ、せっかくのべっぴんが台無しだァ」
べっぴん?…なるほど、そう見えるか。それは好都合。腹の中でほくそ笑む。
「オラ、“契約”すっぞォ〜〜!!」
大男が大声で叫ぶ。随分楽しそうだ。笑いをこらえる。
子分たちと子悪魔が息を呑む。
指輪によって契約させられてしまえば、もう逆らえない。魔術師の命令は絶対で、契約した悪魔は従うしかなくなる。自分がここで契約させられてしまえば、順繰りに他の子悪魔たちも奴隷にされるだろう。
…もっとも、『俺は』自らここに潜りこんだのだが。
そんなことも知らずに、魔術師は呪言を唱えるが、
「汝、いついかなる時も我の───待てよ」すぐ違和感に気づいたらしい。「契約が始まらねェ…?」
なんで、と狼狽える。 あぁ、笑える!
「───クハッ! アンタらが馬鹿で良かったよ」
つい吹き出してしまった。だってしょうがないじゃないか、あんなに滑稽なんだもの!
「コレをはめてなきゃあ契約はできない、……学校で習わなかったのか?」
種明かしと共に“指輪”を見せる。
あからさまに動揺する大人たち。そうそう、コレコレ。 コレが見たかった。
「いつの間に盗られて……ッ!? いや、どうやって」
「教えるワケないだろ、それも魔術師なんかによ」
俺の拘束は解けている。奥の手を使った。あとはあのクソ魔術師どもを蹴散らすだけ。
「くっ、抑えろォ!」
雑な号令を放った大男と、その子分は5分もかからず悪魔に敗れた。
瓦礫になった教会跡地に砂埃が舞う。
魔力の残穢がカラフルに漂ってキレイだ。それは砂埃に反射して、幻想的な空間を作っている。
「じゃ、コイツは頂いてくぜ」
魔術師たちから指輪を押収する。
子悪魔たちはとっくに逃げた。今この廃墟にいるのは、俺と馬鹿どもだけ。
「お前……何モンだ………。まさか他の結社の手先かァ…!?」
「は?悪魔が秘密結社なんかに入るかよバーカ」
踏んづける。とてもいい気分だ。
下駄のカドが顔面に突き刺さり、もともと汚かった大男の顔が余計に汚くなる。
「悪魔を助けんのが、俺の仕事なんだよ」
言い捨てて“女装を解く”。
さっきまで被っていた長い黒髪のウィッグと、女物の着物を投げ捨てる。
見たまんまを信じるヤツを騙すのは簡単だ。現実主義者が一番、カモなんだよ。
せせら笑うが、すでに魔術師は気を失っていた。
◆◇◇◇◇◇◇◇◇
あれだけ暴れたのに、人が寄ってくる気配が無い。さすがはド田舎。
せっかくだ、この機に乗じることにしよう。
「くははっ!コイツらめっちゃ金持ってんじゃん!」
神様仏様〜などと浮かれながら金品を漁る。目的は果たしたのだから、これぐらいご褒美があってもいいだろう。
コレ使って何食おう、つい浮かれる。コレだから魔術師狩りはやめられない。奴らは大抵、秘密結社を作っている。そのため貯蓄も多い。
悪魔を助けつつ、日銭を稼げる。一石二鳥だ。
…しかし、悪手だったらしい。
「…何してるんですか?」
慌てて振り向く。
人だ。辛うじて建っている教会の入り口に、少女がいた。
小さい。歳はたぶん俺とそう変わらない。
小柄だが、デカすぎる棺桶を背負っているのが目立つ。
そして着物を着ている。鮮やかな模様が彩られていて、随分とお高いものらしい。
何より、魔術師のコートを羽織っている。
つまり───魔術師だ!
少女はカツカツとブーツを鳴らしながら歩み寄ってくる。…マズイかもしれない。
「なんで、人のもの漁ってるんですか?」
再び問われるが、答えたくはない。見つかれば、捕まれば厄介なことになる。
「……俺の大事なものをコイツらに盗られたんで、取り返してたのさ。ホントだぜ?」
嘘をつく。動揺が悟られないよう目を逸らす。汗が着物に染み付く。大丈夫、バレてない。完璧な嘘だ。
「ホントですか〜〜?」
近い。近い近い近い!
眼前まで寄ってきた少女が前のめりに問うてくる。
ふわりと揺れた髪に鼻をくすぐられ、変な気分になる。ウェーブがかった綺麗な桜色の髪だ。
頭には白いウサギの仮面を付けているが、顔を隠してはいない。変なやつだ。
チラリと顔を窺うと、目が合った。
丸くて大きな赤い目。思わず逸らす。奥底を見透かされている気持ちになってしまう。
心臓がうるさい。少しは落ち着けと念じるが、あまり意味はない。
「……コレ、刀って言うんですけどご存じあります?」 ちゃきっ
「金品や指輪を奪うためにコイツら全員俺が蹴散らしましたゴメンナサイ」
即答した。
「あ、じゃあ私たち仲間ですね! いや〜、なんか先にやってくれちゃったみたいで助かりました〜」
ありがとうございます、と妙に丁寧にお辞儀される。なぜ感謝された?
俺は建物を破壊し、人間を…それも魔術師をボコボコにし、金品を盗んだのに?
意味がわからず困惑していると、更に困惑することを言われた。
「その指輪、私にくれませんか?」
そして少女は倒れた。
◇◆◇◇◇◇◇◇◇
この町の冬は特に寒い。
外套も買えない市民は着物一枚で歩かねばならない。そんな町民が既に多数、出歩いている。日が昇るまでもう少しあるが、彼らは仕事の準備を始めている。魚や野菜の新鮮な青臭さがする。朝市やら何やらで売り捌くのだろう。いそいそと並べながら、ご近所と井戸端会議などしている。
そいつらに好奇の目を向けられ、居心地が悪くなる。
ま、いつものことだ。余計に肌寒くなる。
いつも町は寒いが、今は背中が温い。
白いウサギの少女は、いま俺の背中で眠っている。体力の限界だったのだろうか。「指輪を寄越せ」などと言い放った直後倒れてしまった。
魔術師たちも倒れてはいたが、いつ復活するかもわからなかった。自分一人で逃げても良かったが、コイツを放っておくのも忍びなかった。
なるべく起こさぬよう、揺らさずに市場を抜ける。
「……実はさっきから起きてるんですけど、気づいてます?」
「もっと早く言えよ!」
雑に投げ下ろす。「ぐぅえッ」と呻き声をあげて落ちた。
「いや〜すみません、背負ってもらえる機会があんまり無いもので、ついつい。ほら私、普段は背負ってる側なので」
はにかみながら、背中の棺桶を示す。「重かったですよね…?」
「いや、少しも。余裕だったな」
「汗、かいてますよ」
「……通り雨がほんの少し降ったっけな」
「私は濡れてないですよ、棺桶も。…もしや、これが噂の『ツンデレ』というやつですか?」
「違え!違う、そんなんじゃねえ!勝手に推理して勘違いしてんじゃねえええ!」
否定したが、「君、イイやつですね」と朗らかに笑われる。周りの視線も笑っている気がする。顔が熱くなってきた。
「俺がイイやつなもんか、悪魔だぞ」
「それって関係あります?」
面食らう。
「…変なやつ」
たじろいで、つい呟いた。それをかき消すように、ぐううぅと腹が鳴った。
「おっと、お恥ずかしい」
照れ臭そうに笑う。「…俺も腹減った、なんか貰ってくる」少し待つように言い置いて、物陰に消える。
一度市場から見えない路地を経由して、市場の裏側に出る。人は少ない。居ても、いそいそと仕事している。いける。
10分ほどして、ウサギ少女のもとへ戻った。
「どれ食う?」 どさっと獲物を置く。新鮮なリンゴ、干し柿、干物や漬物…すぐに食べられそうなのはコレらと、あとは西洋菓子くらいだった。
「ふぉお!これがお菓子!頂だいへも!」
「叙述トリックやめろ。もう食ってるじゃねえか」
獣のように貪る。そうとう腹が減っていたのか、元からこうなのか。
幸せそうに目を閉じて味わっている。ソレを見ていると、なんだか良いことをした気分になる。
「ひなみにこれはどちらで?」
「あぁ、スってきた」
「またですか!」
まぁ悪いことしてるんだけども。仕方ない、悪魔を雇ってくれる場所なんて無いんだから。農家さん方の愛情がこもったリンゴをかじる。
「君っていふも盗んでたりふるんへふか?」
「もちろん。あと、ウラミでいい」
つい名乗ってしまった。相手は魔術師なのに。
名乗った上に、悪事を見られながらもてなしている。調子狂うな…。
「ならほど!私、《白兎》のイナバと言います。ここで知り合ったのも何かの縁です、仲良くしましょ!ウラミ!」
明るく手を差し出してくる。握手か。
「……悪いがイナバ、俺は魔術師を信用しない。契約する気もない。仲良くできはしないさ」
「えー、別に私、契約しようだなんて一言も言ってませんのに〜」
頬を膨らませて不満を露わにする。が、コチラにも譲れない事情がある。
「だから指輪は渡さねえ」
プイッとそっぽを向く。我ながらガキっぽいかもしれない。
「コレを使って契約させられれば、俺たち悪魔は魔術師の言いなり。そんなのはゴメンだ。だから少なくとも、魔術師には渡さない」
その辺の石を蹴っ飛ばす。それは誰にも当たらずにどこかへ消えた。
イナバが「…あの───」と言いかけた時、
「《鬼》を見てねェか?」
不意に耳が拾った。ヒソヒソ声が聞こえる。「ウラミ?」不思議そうにするイナバに口をつぐむよう言って、物陰から窺う。
魔術師だ。
さっき襲った秘密結社の奴らと同じ黒コートを着ている。仲間か。おそらく他のロッジにいた子分に連絡が入り、探しに来たのだろう。
「逃げよう」
「え?正面から叩き潰した方がよくないです?」
「蛮族かよ。…ここじゃ目立つし、また増援が来るかもしれない。捕まったら契約させられる…それは御免だ」
イナバの手を引いて音無くその場を去る。俺はまだ捕まるわけにはいかなかった。
◇◇◆◇◇◇◇◇◇
「《鬼》ってなんですか?」
道中、イナバに訊かれた。
町の外れにあるゴミ捨て場。生臭さが充満していて、肌にこびりつきそうだ。余りの臭さに、ゴミ捨て以外では人間が寄ってこない。一時的に身を隠すのにもってこいだ。
ここなら説明してるヒマもあるだろう。
「俺のことだよ。自分で付けた二つ名じゃねえけどな」
「え、そうなんですか? 私なら自分で名づけるのに!」
「…じゃあ、お前の《白兎》ってのも」
「えぇ!カッコいいでしょう!!」ふふんっ
「あぁ、似合ってる似合ってる」
褒めてやると、心底嬉しそうにはにかむ。一瞬目を奪われて、話を戻す。
「…鬼っていう、伝説上の生き物がいてさ。悪モノなんだけど。ソイツは村娘や宝物を奪ってくんだとさ。で、ソレが俺のやってることにダブるから、そう呼ばれてる。まぁ呼び方はなんでもいいけどさ」
元から嫌われ者だし。自覚して、喉が痛くなる。なにか苦しい。それを気にしないように努める。
「なるほど。じゃあなんで盗んだりとか、するんですか?」
あ、責めるつもりはないですよ、と付け加える。
…悪いやつじゃないのはわかった。が、鬱陶しい。
「聞いてどうするんだよ。お前ら人間は悪魔のこと嫌いじゃねえか」
「他の人は知りません。私は理由が聞きたいです」
「そうか、でも言いたくはない……と言ったら?」
「じゃあ」
大ぶりの刀を引き抜く。棺桶に負けじとバカデカい。
「コッチで語り合いましょっか!!」ちゃきっ
「クッソこの脳筋魔術師が!!」
臨戦態勢をとる前に斬りかかってくる。大上段の一撃。見切るのは簡単───のハズが、着物の端が切れる。何かの魔術か?
「チッ」
つい舌打ちをする。こっちは既に消耗している。仕方ない、逃げるが勝ちだ。
魔燃性のライター。着物に忍ばせていたソレを着火して、ゴミ山に投げる。
途端、爆発する。「わふぁあっ」「ぐぎっ」お互いに吹き飛ばされる。
魔具や家庭廃棄物の混じったゴミは引火しやすい状態になっている。魔力と反応し、少しの火でも爆発を引き起こす。
まだ煙と土埃が舞っている。粉々になった破片が身を隠してくれる。
「う、ウラミーっ!どこですかぁ〜〜!盗みをする理由、教えてくださいよ〜〜」
誰にも言いませんからー!と、まだ叫んでいる。
「…バカ正直に出てくかよ」
魔術師から逃げた。それはこれで二度目だった。
◇◇◇◆◇◇◇◇◇
昔々、いや割と最近。あるところに痩せ細った餓鬼がいました。彼は子どもながら腕っぷしが強く、気持ち悪いウデをしていました。悪魔だったのです。当然、人間たちは彼を疎み恐れ憎み、よそ者扱いして石を投げました。
鬼退治は良いことです。
噂を聞きつけ、大人の魔術師がたくさんやってきました。鬼は泣きながら逃げて、行方をくらませました。その町は平和になったので、めでたし。
クソみたいな記憶だ。
あの時、孤児院のマザーに食べものを分けてもらえていなかったら、ガキの俺は餓死していた。
あの恩は忘れない。
◇◇◇◇◆◇◇◇◇
町の外れに孤児院がある。
外壁はコケが増えて、前来た時より古臭そうになっている。敷地を守る門は閉じていたが、何度も忍び込んでいるので簡単に攻略できる。
さくっと入り、裏口へ回る。
耳を澄ますと、大人や子どもの声がたくさん聞こえる。見知った奴らだ。とは言え、ちゃんと話したりしたことはないが。
「とりあえず、今日はこんだけ」
イナバから逃げながら更にスった、大量の食べものを置いていく。主に子どもの喜びそうなものにした。その中には、イナバが「美味!美味!」と舌鼓を打っていた団子や饅頭も含まれている。
孤児院は今の時代、貧乏だ。
捨て子が多すぎる。拾っても拾ってもキリが無い。食べものの配給もあるにはあるが、足りない。
だからせめて、コレぐらいはさせてもらう。
盗品とはいえ孤児院が責められることはない。責められ、やがて捕まるのは俺だ。悪魔に生まれた以上、いつかは捕まって終わる。それがいつかは分からないが、だからこそ出来ることはして終わりたい。
せめてもの恩返しができれば後はまぁ、不満は無い。
満足に口元を緩める。
……が、誰かに肩を掴まれる。大人の手だ。
見ると、黒コートの魔術師がいた。何人も。
どすっ!と針がぶち込まれる。急激に意識が無くなっていく。ドクドクと何かが流入してくる。
「通報、感謝する」
黒コートの一人が礼を述べたその視線の先には、孤児院のマザーがいた。
彼女は昔、ウラミに食べものをくれた恩人だった。
◇◇◇◇◇◆◇◇◇
悪魔の処刑は最高の見世物だ。
捕らえられた悪魔は基本的にその日のうちに処刑される。首を刎ねるか、指輪によって契約させられるか。契約させられた場合はショーが続く。悪魔は屈辱を味わうことになる、そんなショーだ。観客にとってはただの嗜好品だが。
そんな楽しい楽しい見世物を、退屈な町民が見逃すハズも無い。
捕らえた魔術師の結社により、知らせが届き、誰も彼もが広場に集まる。
赤黒い公園だ。遊具には乾いた血がベッタリと固まっている。中には、魔導式のギロチンや、拘束具が無造作に放られている。
「早く悪魔を見せろ!」「醜い顔を晒せ!」「鬼退治万歳!」「魔術師様、ありがとう!」 方々からの煩い声に目を覚ます。
すでに日は暮れていた。何時間か眠らされていたようだ。
どれくらい集まっているのだろう。目隠しされているので正確な数は分からない。見えない目で天を仰ぐ。
あーあ。
こんなもんか。
なんで悪魔は悪モノなんだろう?
人間に迷惑をかけるから?見た目が違うから?得体の知れない力を使うから? どれだ?
いや、全部か。
「クソッタレども…」
せめて口では抵抗するが、「つっ!」 腹を蹴られ、息が詰まる。くそ、この手錠さえ無ければ奥の手が使えるのに…!
魔封じの手錠は、契約の指輪ほどではないにしろ、魔力制御力を持つ。これが破壊されるか、それと連動している術者の起動用の指輪を外させるまで、俺は抵抗できない。
「黙れ悪魔。罪深きゴミよ」
地面に叩きつけられ、顔を潰される。ちょうど昨晩、俺が魔術師にやったのと同じように。
天罰か。
唾を吐きかけられる。
どっと観衆が笑う。拍手をして、ゲラゲラと笑っている。顔が熱くなる感覚。
場が盛り上がったのを見て、魔術師たちが俺から距離を取る。……これなら逃げるスキがあるか?
と、思ったのも束の間。
「いッ…!」
何かが頭にぶつかった。痛い。手で触れると血が出ている、硬いものを投げられた。手探りで拾うと、石だった。それを理解したと同時に、更に数十発。
あらゆる角度から投擲される。
「食らえー!」「まぁ汚い血!」「これは天罰だ!」
「怯えてるぞ!もっとやれ!」「写真撮って拡散しとけ!!」
痛い。
身を丸めるが、痛みは止まない。笑い声も止まらない。ドクドクと流れる血が公園を染める。
悪人を裁くのは、さぞ気持ちがいいだろうな。
「……くはっ!効かねーよ、この程度…… ホラ、もっと投げろよ。気持ちいいんだろ?」
無理やり笑って挑発する。
なんだとー!と乗ってくれた観衆を黒コートが手で制する。
次いで、そのお仲間たちが俺を囲み、大仰な道具を運んできた。目隠しをされたままなので分からないが、恐らくは断頭台。
「では刑を始める。愚かな悪魔よ、最期に言い残すことはあるかね?」
「………そうだな、じゃあ───」
「死刑執行。罪状は、窃盗と存在そのもの」
ほら、聞いちゃくれない。
やったことは悪いことだろうけど、それは解ってるけど、でも少しくらい、ワケを聞いて欲しかった。
何の理由も無く、覚悟も無く悪事を働くわけねえだろ。
「…アイツなら、聞いてくれたのかな」
後悔しながら、諦めて目をつぶった。
短い一生だった。みんなに嫌われながら成敗されておしまい。めでたし、めでたしだ。
「では断頭台へ移動」
「──なんてさせませんよぉおおおお!!」
咆哮と共に、断頭台が縦に斬裂された。
ばぎゃあっというものすごい炸裂音と共に、地面まで切り破ってしまう。危うく俺まで斬られる所だった。 この“伸びる斬撃”には見覚えがあった。
「ウラミっ!無事ですか!?」
「……ッ お前…」
目隠しされていても分かる。アイツだ。
小柄な体躯に似合わない、デカい棺桶と刀を携えたケモノみたいな少女。
俺を処刑しようとした魔術師たちも、観衆も、唖然としたまま状況を飲み込めないでいる。
まだ砂埃が舞っている。ガチャリと手錠が落ちた。もちろんイナバの仕業だ。
───コイツ、一瞬で拘束具を解いた…!?
まるで怪盗の技だ。そのまま目隠しも取ってくれる。
やがて煙が晴れ、兎仮面の少女が姿を見せた。
魔術師のコートを纏った奇妙な少女。今は顔を白いウサギの仮面で隠している。
刀を構え、まるで悪魔を守るかのように立つ。
「貴様…なぜ悪魔を庇う! 何者だ…!」
どこかでも聞いたことのあるような台詞だ。魔術師たちがイナバを包囲する。
しかし、少しも動じず少女は言ってのけた。
「お取込み中のところ失礼。この悪魔は……ウラミは、この
◇◇◇◇◇◇◆◇◇
夜更けだというのに、広場は賑わっていた。
人が人を呼び、大観衆と化している。海の向こうの国の大スターが来訪してきた時のような状態だ。
そのせいで、最前で観覧に興じていた市民は逃げたくても逃げられないでいた。
悪魔の拘束が解けた。しかも悪魔の味方をする人間も現れた。誰もが逃げだしたい気持ちのまま、その行く末を見守っていた。
「お前……なんで、俺を助けた…?」
以前は問われる側だったのに、今度はウラミから訊いていた。
「カッコいいからです!」
「は?」
「ほら!“人間が悪魔を”助けたらどうです?カッコよくないですか!?」
「単純過ぎるだろ!もっとこう…大義とかねぇのかよ!」
思わずツッコんでしまった!さっきまで、いや今も大ピンチなのに! 気が抜ける…。
「それにお前、魔術師だろ?いいのかよ」
「え?いや私、魔術師じゃないですよ」
「はぁ!?じゃあそのコートは……」
「カッコいいから着てます!!」ふふんっ
そういう感じかあああああ!! なんだお前、ホントなんなんだ…!?
自分が滑稽だ。
見たまんまを信じるヤツを騙すのは簡単だ。現実主義者が一番、カモだ。
……もっとも、ソレは俺自身だったのだが!
「……じゃあ俺、無意味にお前を警戒してたってワケか…くはははっ!」
イナバは魔術師ではなかった。敵ではなかった。
あぁ、なるほど。仲良くやれそうだ、これからは。
「いや、おかげで助かった。……………………ありがとう」
「ふおっ? これが………デレ」
「ツンデレじゃねえええー!!」
否定するが多分あまり意味は無い。
仮面越しに、にんまり笑っているのがなんとなく分かってしまう。
「おい貴様ら、イチャつくな。殺すぞ」
「イチャついてはいねぇ!あとなんか私怨混ざってねえか!?」
見かねた(?)黒コートの魔術師が横槍を入れてくる。恨まれるようなことはしていないハズだが。……邪魔だな。
「イナバ、俺たち思ったより気が合いそうだな?」
「私は初めからそんな気がしてましたけどね、ウラミ」
目配せは一瞬。
「「魔術師退治だ」」
逆方向に跳躍し、視線を分断する。
「くっ、悪魔よ──『あの悪魔と少女を退治しろ』」
呪言だ。魔術師の指輪が鈍く光るとともに、彼の影から巨躯の悪魔が出てくる。建物と同等のサイズで、その体は骨と粘液で構成されている。悪魔というより、“がしゃどくろ”のようだ。計5体。親玉の魔術師が一人で使役しているらしい。証拠に、左手に指輪を五つはめている。
がしゃどくろのような巨躯の悪魔が腕を振るう。
それらはギリギリ標的に当たらない。
当たらないが、凄まじいパワーだ。それを証明するかの如く地面が爆ぜる。
「お前の刀ならッ何とか、なるんじゃねえのッ!?」
「それは、無理ッです〜〜!」
巨躯の一撃をかわしながら文句を飛ばす。
あの“伸びる斬撃”は威力も申し分なかった。 あれなら突破できるはずだが。
「悪魔は斬れません〜〜〜っ」
「相変わらず悪魔には優しいな!」
以前斬りかかられたことも忘れてツッコむ。
おかげで防戦一方だ。巨躯の一撃を避け、避け、避ける。避けるのはいいが、巨大な体が邪魔して指輪持ちの魔術師に近づけない。
(せめて俺がゼロ距離まで近づければ……)
歯噛みするが状況は好転しない。
悪魔を使われては、イナバの刀は満足に振るえない。
かといって、格上の悪魔複数体を相手に真正面から殴りかかるわけにもいかない。
逡巡しているとさらに、間を縫って火球が飛んでくる。
「ンのっ!モブ魔術師が!」
俺たちにかすりもしなかった火球が爆発する。煙に紛れて子分の魔術師をノしていく。
「ほっ!とおっ! コッチなら遠慮要らないですね!」
意図を察してくれたらしい、イナバが後に続く。俊敏な足捌きで火球を避け、刀の峰で魔術師を討っていく。みねうちだが、重い一撃だ。30人は居た魔術師たちが次々に倒れていく。
巨躯の悪魔は未だ俺たちを捉えられないでいる。『さっさと捕えろ!』
焦って指示を飛ばすが、当たらない。それどころか、砂煙のせいで余計に視界が悪くなる。
確かにこの巨躯の悪魔たちは強力だが、上手く扱いきれてはいないようだ。
手下の祓魔師たちはほとんど蹴散らした。あとは親玉、指輪持ちだけ。
これなら余裕……と、思ったが、
「『我が僕たちよ、爆ぜなさい』」
直後、がしゃどくろが爆散した。「うわぁっ」
「なっ」骨と粘液が降りかかる。あまりの量に避けられない。5体の巨躯が全て爆ぜたのだ。
「くっ……悪魔に、なんてことを…っ」
イナバが指輪持ちの魔術師を睨む。今にも斬りかかりそうだが、全身に粘液が絡みついて動けない。
もちろん俺も同じように動けないでいる。
「悪魔はな、こうやって使うんだよ」
勝ち誇ったように魔術師が笑う。
陽は完全に落ちていた。
◇◇◇◇◇◇◇◆◇
魔術師がイナバのコートを剥ぐ。
「あぁっ!それはお気に入りの!」
イナバは抵抗しようと試みるが、粘液に全身の関節を極められ動けない。むしろ動けば動くほど粘液が絡みついてきて、着物の中に侵入してくる。全身を締め付けられるせいで体のラインが強調される。数センチ着物がはだけ、歳の割に発達した肌が露出しかける。それを押さえることすらできない。
「ぐえッ」
抵抗できない体で蹴飛ばされる。さらに「やれ」と指示を飛ばす。すでに復活した魔術師の子分がファイアボールを放つ。イナバは爆風に包まれた。
「イナバッ!」
返事は無い。歯噛みして魔術師を睨みつける。
視線に気づいて、指輪持ちの魔術師がブーツを鳴らして近くへ来る。
指輪を五つはめている手をかざし、「選ばせてやる」……「手駒にしてやると言っているのだよ!」俺の頭を踏んづける。今日何度目だ、頭を踏まれるの。
「悪魔は大人しく、人間の奴隷として働いていればいいのだよ。」
「くはっ!死んでもイヤだな!俺たちは、モノじゃねえッ!」
「モノだよ。それを今から貴様自身が証明するんだ」
首を締め上げられる。呻くが、簡単に片腕で持ち上げられる。大人と子どもじゃ、力には歴然とした差がある。
そして契約の呪言を唱える。
「汝、いついかなる時も我の僕としてその命を捧げよ。この誓いは永劫絶対である。悪魔に拒否権は無い───」
簡易版だが呪言を詠み終える。
ガクッ、とウラミが項垂れる。それを見て満足げに口の端を上げる。
「では手始めに……『鬼よ、仲間の少女を殺したまえ』」
そう言って、イナバを指差す。火球の魔術をモロに食らった上に、まだ粘液で拘束されている。ぐったり動かないイナバを粘液が締め上げると、鈍く声を上げる。まだ生きてはいるようだ。
それをウラミ自ら殺せと命じている。
絶対の命令だ。契約させられた悪魔は逆らえない。絶対だ。嘘じゃない。
………契約できていれば、の話だが。
ウラミは動かない。怪訝に思って魔術師が近づく。
そしてもう一度「『仲間の少女を殺せ』」と命じるが、
「……くははっ!イヤだね馬ぁぁぁぁ鹿ッ!!」
「ぐがっ……はァ!!」
魔術師の顔面に思いっきり頭突きを喰らわす。
吹っ飛ばされこそしないが、膝をつかせる。よろめきながら、荒い息を整えている。額を抑える。痛そうだ。
「な、ぜ……自由に動ける…ッ」
息も絶え絶えに問うてくる。体はまだ粘液で動かないので、『なぜ契約命令が効かないのか』という意味だろう。間をたっぷり置いて答えてやることにする。
「指輪が無きゃ契約はできない、初歩だろ?」
魔術師から盗み取った五つの指輪を、余裕で見せびらかす。そう、スったのだ。
契約される前に指輪を盗んでしまえば、呪言に効力は無い。
「嘘だ!粘液で手足は封じていた…動けたハズが無い!」
「あぁ確かに手も足も出ないさ、今も。
───《オクノテ》を除いてな」
黒い何かがうごめく。よく見ると、指輪を持っているのはその黒い何か────ウデだ。
ウラミの背中から、黒い毛皮に覆われた長過ぎるウデが生えていた。
「これが俺の魔法、《オクノテ》だ」
3本目の腕を生やすだけの単純な魔法。
他の悪魔ほど万能で突出した魔法ではない。弱点は多い。が、不意を突くにはもってこいだ。
「それがどうした……貴様は結局動けない!仲間の少女も戦闘不能。詰んでいる!」
「そうかよ。あー、がしゃどくろサンはどう思う?」
骨と粘液の悪魔に声をかける。体に絡みついている粘液がモゾモゾと反応を示す。
今、魔術師は指輪をはめていない。指輪は効力を持たない。
つまり────コイツらはもう、魔術師に従う必要が無い。
「がしゃどくろサン、アイツらどうする?」
問いかけに応じるかのように、粘液がウラミの体から離れる。イナバの体からも離れているようだ。それらはそれぞれ広場の瓦礫を拾って纏い、体を再構築していく。粘液が本体だったらしい。
巨躯の悪魔たちが5体、一人の魔術師を囲む。
魔術師が土下座するまで時間はかからなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◆
後日、これは記事になる。
号外!! 秘密結社デイブレイク、崩壊!
盗人の鬼と共謀した白兎の仮面の少女により、所持していた魔具を失った。公安はこれを他陣営の秘密結社による差金とし、捜査を進めている。なお、これによる市民の死傷者はゼロ。鬼の少年と白兎の少女を見かけた方は、国属の結社または公安にご連絡を。
記事になるなんてことは気にせず、この日、鬼と白兎は指輪を全て奪って行った。
「いやー大漁大漁! ざこざこ秘密結社さんのクセにこんなに持ってたんですね」
「お前、魔術師にはけっこう容赦ねえよな」
「ムカつくので! あれ、でもいいんですか?」
私がこれ貰って、と指輪を示して小首をかしげる。
首肯で返して言う。
「お前は、悪魔をモノ扱いしないだろ」
俺は魔術師が嫌いだ。
アイツらは俺たち悪魔を下に見て、モノ扱いしやがる。それは我慢ならない。
俺自身をちゃんと見てくれるやつは今までいなかった。孤児院のマザーでさえ。
「お前には、感謝してるんだ。………デレじゃねえからな?」
「ちょっと自覚あるじゃないですか。アレですね。ウラミは《鬼》っていうより、《天邪鬼》って感じですね」
けらけら笑われる。なのに心地いい。
他のやつに笑われるのは腹が立つのに。
「んー、じゃあとりあえずこの指輪は私が頂きますね。……あぁでも、無理やり契約したりはしないのでそれはご心配なく!」
「…………………いや、イナバ」
指輪を使って契約させられれば、俺たち悪魔は魔術師の言いなり。そんなのはゴメンだ。だから少なくとも、魔術師には渡さない。
絶対に、契約なんかしない。
「俺と契約してくれないか」
これは、魔術師が悪魔を成敗する世界で悪魔を助けるお話。
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