第17話グレン、二度目


目が覚めたら、俺の隣に裸のメリンダが横たわっている。

割れそうに頭が痛い。


メリンダはベッドの上で俺の隣に体を横たえ、気怠そうに首に腕を回してきた。


「今日は朝までいられるのよね?」



何を言っているんだ……

混乱する。


今さっき、俺は自宅でメリンダに刺された。

子どもたちの前でだ。


ゆっくりと薄暗い室内を見渡す。

今いる部屋は、いつもメリンダと逢瀬を重ねていた男爵家の離れだ。

状況からして、これはメリンダと抱き合った後。

事後だ。


俺は彼女の顔をもう一度確認すると、両手で頭を抱えた。

思考がぼやけるが、何とか今の状況を彼女に確認した。


「なんで、俺はここにいる」


メリンダは声を上げて、ふふふ、と笑った。


「最後だから、いちゃいちゃしてたんじゃない。何言ってるのよ」


「最後?」



上手く頭の中がしびれて目の前の現実が受け入れられない。


「一カ月後に私は結婚してしまうのよ?あなたとは今日でお別れ」


メリンダは俺を上から見下ろすと、嬉しそうに唇に吸いついてきた。

咄嗟のことに驚いて、俺は彼女を力いっぱい押しのけた。


「きゃぁ!」


メリンダは勢いでベッドから転がり落ちた。


「な……何するのよ!」


待て、なんで俺はいまこんなところにいるんだ。

子どもたちはどうなった?


俺は自分の体に傷がないかを確認する。

確かにあの時背中を刺された。痛みより熱を感じ、衝撃で意識がなくなり……



「おい、今何年だ!今日は何日だ……」



***


俺はどういったわけか、一ヶ月前に巻き戻っていた。

この世にはとき戻しの魔法という伝説の力を操る者がいると聞いたことがある。

まさか、その力が働いて、俺は一ヶ月前にまき戻ったのか?

だけど一体そんな高度な魔法を誰が使ったというのだ。



あの時、確かに、もう駄目だと思った。自分は死ぬと分かっていた。


しかし……


「なぜ!今なんだ!」


俺は真っ暗な道を早足で歩きながら叫んだ。


巻き戻るとしても、何故ひと月前の今なんだ。

もう、離婚は待ったなしだろう。

家に帰ればフレアが記入済みの離婚届を俺に差し出す。

命は助かったとしても、せめてもう少し前に戻して欲しかった。欲を言えば10年巻き戻してくれればまだやり直せたのに。


「くそっ!」


今日は大事な話があるから早く帰って来てほしいとフレアから言われ、分かったと返事をしながら帰らなかった日だ。

とにかく、朝まで彼女が起きて待っていることは確実だ。急いで帰らなければならない。

これからどうするか決めていない。もし、二度目のチャンスがあるなら、フレアとは絶対に離婚したくない。

考えがまとまらないまま俺は家までの道を走り出した。



***



家の扉を開けると同時に、俺はフレアの前まで行き土下座した。


「す、すまなかった!本当に悪かった」


床に頭をこすりつけ必死に許しを請う。


「フレア、申し訳なかった!」


室内はしんと静まり返っている。

フレアが、ダイニングの椅子に座っているのは分かるが動きがない。


筋肉が強張り、頭を上げて彼女の顔を見ることができない。

心臓が早鐘を打つ。


緊張した時間だけが過ぎていった。




「おかえりなさい」


ため息と共に、妻の声が聞こえた。

なぜかとてもゆっくりと俺の耳に届く。


「……遅くなってすまなかった」


「なぜ土下座しているの?」


低く響くその声は、一言一句しっかりと聞こえてくる。

怒りというより諦めに近いその疑問。


「いや、その……」


もう何もかも知っている妻に対して、土下座以外何も思いつかなかった。

俺が今日、メリンダと寝ていたことも妻は知っている。


何を言っても言い訳でしかない。


「遅くなったことに対しての謝罪?何に対してあなたは謝っているの?」


そうじゃない。全ての過ちに対しての謝罪だ。

まず無理だろうが、だが、今のところ離婚の話は出ていない。

ギリギリのタイミングに巻き戻っているんだ。

これからの、俺の出方次第で離婚の話にならないかもしれない。


俺のしでかしたことを自ら告白して、フレアに許しを請う。


「今まで、不倫相手と一緒にいた」


自分から先に告白だ。


「ええ。そうでしょうね」


フレアの声は冷たかった。

驚いているようでもない。巻き戻る前、俺は話し合いを避けて寝室に入って寝てしまった。

それは最悪の行動だった。


再度与えられたチャンスだと思え。

今度は間違えるな。

何を言えば、少しでも状況がよくなる?

考えろ、俺。


汗が背中を伝って、腰の辺りが濡れている。

不安と恐怖で心臓が跳び上がったように息苦しい。


「君のことを蔑ろにして10年苦しめてしまった。子どもたちにも寂しい思いをさせた。本当に申し訳なかった」


どうする俺……

フレアの出方を待つか……

俺はゆっくりと上体を起こして、恐る恐るフレアの顔を見た。




「い、ま、さ、ら?」



フレアは唇を閉じたまま微笑んでいた。


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