恩返し(Strike Back)
ソウナは意識を取り戻した。
いや、無理矢理覚醒させられた。
背骨に沿ってある端子に差し込まれた
「──お目覚めかな?」
唯一動かせる「ANZAI」の
その手に握られた
「たった今、親分が裏切者の処分を決めた。殺せ、との仰せだ」
玩具で遊ぶ子供のように、サモジローは日本刀を振り回す。
尾を引く赤に照らされた顔には、下卑た薄笑いが浮かんでいた。
「ただ、俺は殺さないぜ? 簡単に殺して成るものか。たっぷりと俺を楽しませてくれよ、ソウナ?」
灼け付くような切っ先が、ソウナの前に突き出された。
じりじりと、それが自分の左頬に近付いて行く。
「──ずっとお前が欲しかった。親分のお気に入りじゃなくなったなら、俺が何をしたって──」
肉の焼ける臭いと、最大化された
それでもソウナは、眼球をしっかり相手に固定、怒りと威厳を示し続ける。
「それだよ──その目だ。
サモジローは笑い、
「ただ、お楽しみの前に邪魔者を片付けよう。──さあ、出て来いよ! 隠れているのは知ってるんだ!」そう、辺りに広がる廃墟群に向かって怒鳴った。
いけない! ソウナは心で叫ぶ。
絶対に出てきちゃダメ!
願いを込めてさ迷わせた眼球が、しかし薄闇の中から現れた
抜き身の
「刀を捨てろ。──それとも、ソウナの首が落ちるところが見たいか?」
シノは一旦動きを止め、何事か考えるかのように間を置いた。
「──解った」
そして背中の鞘に
なんて事を──
ソウナは悲しみを通り越して、怒りを感じた。
自らの不始末で、自分の命が失われるのは理解できる。
けれども、自分の為に誰かが犠牲になる──それは絶対に許せないことだった。
視界の中で、シノが目を瞬かせる。
何度も、それも執拗に──
やがてソウナは気が付いた。
アイコンタクト、いや──
ま か せ ろ !
それがメッセージだった。
※ ※ ※
シノは両手をあげ、無抵抗を装いながら獲物が罠に掛かるのを待った。
「──ほう。これがあのネコヅカの。昔から、こういうのが欲しかったんだ──」
ひび割れたアスファルトに転がった
ざん、と
「お前、これでネコヅカを殺ったんだろ? 感謝しろよ、同じ刀で葬ってやる──」
サモジローが鞘を走らせ、村雨丸を引き抜こうとする。
しかし──抜けなかった。抜ける筈がなかった。
オフライン者による未認可アクセス。
抜刀はエラー。抜刀はエラー。使用不可。
「クソ! 何だと!」慌てたサモジローはオンライン、村雨丸にアクセス、
しかし、それこそが命取りだ!
ネコヅカと違って最新鋭のデバイスと
全てを掌握するのは一瞬では済まないだろう。
けれども、制御を遅らせることは幾らでも可能だ。
奴がライセンスを得る前──
あるいは目の前の
飛び込みながら繰り出したシノの
ぷるぷると震えながら最後まで抜刀を試みた間抜けな姿──シノが爪を引き抜くまで、その動きは止まらなかった。
激しい金属音をあげ、サイバー
シノはソウナに駆け寄った。
まるで糸の切れた人形のように、ソウナは地面に座らされ、焼けた左頬が痛々しかった。
忌々しい
制御を取り戻したソウナがこちらを見上げ、「──ありがとう」と言った。
「ごめん、本当はもっと早く助けたかったんだけど。──顔、大丈夫?」
「周辺を制御死させたから問題ないです。でも、どこかで修理しないと」
ソウナの話によれば、換えの身体を置いている貸し倉庫がニュー・グンタマにあるという。そこまでの移動に、サモジローのマクシムスは使えそうだった。奴に潜ったとき、その制御系も掌握していたのだ。
そういえば、
アボシの死体に近寄ろうとして、シノは驚いた。
無くなっていたのだ。アボシの
「クソッ! どうなってんのよ!」
シノは怒鳴り、もう一度奴にアクセスする。しかし、完全にオフライン。
周到に村雨丸もオフラインにされているらしく、一切辿れない!
いや、もしかしたら、頭部そのものに簡易の
「クソ! まだ近くに居るはずだ! 絶対に見つけ出す!」
暗闇に向かって駆け出そうとすると、ソウナがそれを押し留めた。
「シノ。私もあなたも、
確かにそうだった。
ソウナの顔が焼かれる間、それを苦い気持ちで眺めていたのは怯んだからではない。
実をいえば
※ ※ ※
二人の近くに、マクシムスが着陸した。
シノは未だ不服そうで、ぶつぶつと文句を並べ続けている。
そんな彼女の激情を見ていると、ソウナは少し可笑しいのと同時に、申し訳ない気持ちになった。
シノが大事にしていた
彼女と繋がり、深く通じ合ったこともあるが、それだけではない。
自分にとってのキジローと同じなのだと、腹の底から思えたからだった。
彼女の為に出来る限りのことをしよう。そう、心に誓っていた。
シノが制御するマクシムスに乗り込んだとき、ソウナはやり残した仕事に気が付いた。「で、貸し倉庫ってどこ?」との質問に答えつつ、意識を飛躍させる。
彼女の
もしものときに用意した、ある一体のドローンだ。
銀色の板を張ったような、縦に伸びるエアダクト。
その中を、ソウナは上昇する。
目指す部屋はただ一つ、事務所の十階。あの男の部屋だ。
ダクトの蓋を脚で外し、室内へと忍び込む。間の良いことに誰も居ない。
吊り下げられたシャンデリアをかわし、革製のカウチの上を越えて、ソウナは巨大なテーブルへと近付く。
飴色に磨き上げられたウォールナットの一枚板。
その端に、同じく木製の小箱がある。
ドローンの脚で蓋を持ち上げた。
入っていたのは幾つもの、細長い円筒形のタンク。プロピレングリコールにニコチンを配合した、ヴェポライザー・リキッドだ。
蓋を閉め、エアダクトに戻ったところで意識を束ねた。
「──ありがとう」
車を運転するシノに向かって、そう言葉を掛ける。
唐突過ぎるお礼に対し、彼女はキョトンとした顔だ。
それでも、ソウナは続けた。
「あなたのお陰で、やるべきこと──もっと早くに決断すべきことを実行できた。本当にありがとう──」
ソウナが箱に置いたのは、勿論ニコチン・リキッドではない。
次にヤヤ・ヤマがタンクを交換し、一服しようと電子的な信号を走らせた瞬間、親分は正真正銘の煙と熱に包まれるだろう。あるいは、摂氏二千度の消えない炎に──
「なんか、良い顔してるじゃない。どうしたの?」
シノが探るように、しかし面白そうにこちらを見る。
ソウナはニヤリと笑い、
「──汚い仕事は一番遠くから。だって、
と言った。
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