第19話 はじめてのぼうけん



  一回目のコールが終わらぬうちに、かすかな緊張感をともなった父親の声がスマホ越しに聞こえてきた。


円巳まるみ――本当に円巳なんだな。無事か? 学校で魔力の暴走事故があったんだろ? ニュースでも連日やってるし、大変な騒ぎだぞ」


 事故。そういうことになってるのか。

 それもそうか――と円巳は思った。

 この剣と魔法とダンジョンが主流になりつつある世界で、宇宙人のロボットが暴れたなんて言えるわけがない。大変な混乱を招くか、そもそも信じてもらえまい。

 一方で、国衛軍がメルトと魔導書を即座に手に入れようとしたことを考えると、この情報操作はどこかキナ臭くもあった。

 もっとも、それを企んだ連中の心臓部は、進んで邪神の生け贄になってしまわれたわけだが。


「怪我はないか? 今どこだ? お前が行方不明になったって聞いて、俺は――父さんは――母さんに会わせる顔が無いってよお――」


 スピーカーから聞こえた嗚咽に、円巳も胸がつまりそうになった。しかし、感傷に浸っていられる時間はそう長くない。


「ぼくたちは事故のとき、この国にとって不都合なことを見て、聞いて、関わってしまった。……だから、しばらくは帰れない。この電話も長くはできない。父さんが危険になるかもしれないから」

「……冗談……じゃないよな。お前はそういう嘘をつく子供じゃない。だが、ひとつだけ教えてくれ。これからどうするんだ?」

「冒険に出るよ。これは自分で決めたことなんだ。自分のスキルを活かせる道が見つかったから」

「そうか……冒険か。母さんの息子だもんな、お前は。……無理だけはするなよ、マル。父さんがひとりきりになっちまう」

「……わかってる」


 最後に父の顔を見たのが、遥か昔のように感じた。あの日の朝、食卓で何の話をしたんだっけ。確か、夕飯のメニューのことだったろうか。


「……もしかして、帆波ほなみちゃんも一緒か?」

「うん」


 途端に、朗らかな笑い声がスピーカーから溢れた。


「あっはっは。ならよかった。あの子も行方不明って聞いてたから、心配してたんだよ。帆波ちゃんがついてれば安心だ。楽しんでこい、せっかくの冒険だからな」


 ――いやどういうことだよ、その態度の変わりようは。


 円巳の男としての自尊心がサクっと蹂躙された思いだった。

 ちなみに、その帆波の方は親の説得に数十倍の時間を要することになった。

 男女の違いはあれど、実に対照的であった――。



* * *



 スキル授与とともに発行されるギルド証があれば、各所のギルドで装備品やその他のアイテムを購入もしくはレンタルすることができる。

 三人は学園からなるべく離れたギルドに向かい、手早く冒険の準備を整えた。


 帆波の防具については、左前腕に固定式のチタン製ラウンドシールド。

 服装は手甲以外ほぼ制服そのままだが、特殊繊維で編まれているため見た目以上に防御力は高く、また非常に軽い。


 円巳の場合は、活動限界がありクールダウンを必要とする『魔鎧』と併用するため、かさばらず、さらに軽装にする必要があった。

 最終的に選んだのは魔物の毛皮を加工したジャケットである。

 こちらも非常に軽く、体の動きをほとんど妨げないが、簡単には引き裂かれない程度の防御力もあった。


 武器については、円巳の体格に合わせて軽量なジルコニアソード、帆波には魔法力を補強する銀水晶の剣を購入した。


 資金面は、幸いメルトの所蔵していたレアメタルが地球でも高値で取引されるものだったため、換金してまかなうことができた。

 その他、回復用などの消費アイテムを買い揃え、突貫だが準備は完了した。


「ねえ円巳、ダンジョンで見つかったアーティファクトも色々売ってるみたい。面白そうじゃない?」


 道具屋の一角、どこか思い詰めた表情でたたずむ円巳に、帆波は努めて明るい声で話しかけた。

 買い出し中、目立ちやすいメルトはアーウィルで待機している。


「ムダ遣いしない方がいいと思うが……」

「円巳は魔法を使えないしスキルも変化球なんだから、いざという時のために何か持っておいても罰は当たらないでしょ? ほら、このへんの使い切りアイテムはどうかな」

「なになに……手足が伸縮する薬、虫を呼び寄せるスプレー、雨を降らせる箱……!? すげっ、すげぇーっ!!」


 すっかりおもちゃ屋に来た子供状態になった円巳に、帆波はほっと胸を撫でおろしていた。

 この日、円巳にとって重大な意味を持つ事実が明らかになっていたからだ。

 彼は父親にさえその内容を伝えはしなかった。



* * *



 ――数時間前。夜明けとともに魔導書の解読作業が開始された。呪いを防ぐために円巳が本を手に取り、ページをめくる。

身の毛もよだつ冒涜的な魔術の秘儀、人類が触れるべからざる宇宙の真実の中から、『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』に関する記述をさらう。横から覗き込むようにして内容を解読するのは、もちろんメルトの仕事だ。


「地球にも『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』の伝承が残っていたということは、そのどれかがこの星に隠されている可能性が高い。まずはそいつの回収だな」


 幸い、その記述を発見するまでそう時間はかからなかった。


「……どうやらここらしいな。読むぞ」


 禍々しい字体で記された文字列に、ゆっくりと指を沿わせていく。


『――その太陽系では青き星が三つ目の軌道をめぐる――その星に秘宝あり――隠されし場所は迷宮、キベリスプの竜洞なり――』


「キベリスプの竜洞……!?」


 メルトの読み上げた迷宮の名に円巳は息を呑み、耳を疑った。

 忘れもしない。

 キベリスプの竜洞。それは、円巳の母がロストしたダンジョンだった。



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