ここは吸血鬼のいわば体内、赤き棺桶。血の槍は全方位から飛んでくる。


「斜め右、二秒後、上三秒半。下!」


 私が勘で感じ取った内容をそのまま声に出して伝える。那古野さんはそれに応え、まるで見えているかのように血の槍を躱し続ける。


「これじゃだめ……。近づけない」


 それはほかの二人も同じのようで、このままだといつかは攻撃に当たってしまう。


「那古野さん、ワープは?」

「見えてないと、無理です」


 ——手詰まりだ。どうする、どうする。私の攻撃で一時的に槍を散らすことができても、反動で吹き飛んでしまえば追撃はできない。その間に相手も体勢を立て直すだろう。


『みんな、一番大きな瓦礫に集まって!』


 頭の中に響いた声は、光葵さんのものだ。外で九条さんと一緒にこの様子を俯瞰しているはずだ。


『増見さんは左へ、できるだけ壁から離れて、水色の看板を目標に、宗二くんは右、崩れた骨組みに上って』


 私が瓦礫にたどり着くと同時に指示が出される。


『那古野さんはその位置で。——血の総量は把握した壁天井本体から均等に離れて一度の攻撃に多くのリソースを使わせて行動パターンは近づくにつれて攻撃量が増えるみんなの動き方は把握してる。——できる、できる、できる』


 早口の独り言。震えた声からは緊張が感じ取れる。

 天井に向けて拳を突き上げる。


『大丈夫、信じるよ』

『——はい! 増見さんは六十パーセントの速度で前進して二秒後に三メートル跳んで! 宗二くんは二メートル跳んで。着地と同時に全速力!』

『おい、六十パーセントって――』

「私はできる! 宗二も、ごちゃごちゃ言わない!」


 二人が指示通りに動き出す。攻撃が多く見えるのは槍が長く伸びているからだろうか。


『那古野さん、里桜さんは五秒待機。——三、二、一』


 瞬間、二人に対する攻撃が一層激しくなる。


『今だ――!』


 拳を力一杯突き出す。血は現在そのすべてが外に出ていて、自由に使える血は残っていない。防御不能、必中、壁すら吹き飛ばす必殺の風圧が、吸血鬼へと襲い掛かる。


『どうだ――』

「やったか⁉」


 巻き起こる粉塵。その向こうには、変わらず吸血鬼が立っている。


『鎧だ。血を固めて鎧にしている。たぶん、初めから。強度はあの槍よりずっと固いはずだ』

「駄目なら、もう一回です。——っ」


 尻もちをついて立ち上がる那古野さんが小さく声を上げる。歩き方に多少の違和感。


「大丈夫ですか」

「死ぬよかましですよ」


 那古野さんの口角が上がる。気丈にふるまってはいるが、限界は近い。私という重荷を抱えて動き回っていたのと、私の攻撃の反動によって体に負荷がかかっているのだろう。


『光葵さん、後一発。私のパンチを、直接。——確実に叩き込む』


 致命傷に入ったってはいないが、囮になってくれた二人も怪我をしている。後一発、それで片を付けるしかない。


『違う、これもだめだ、……」


 あの槍を破壊するには私の攻撃が必須。かいくぐって辿り着くのは不可能。私が攻撃をすると反動で吹っ飛んでしばらく動けない。吸血鬼は近づいてきた人から順に攻撃していく。

 ——だめだ、策が浮かばない。


『手詰まりか……。有矢くんを呼ぶ、いいな⁉』


 有矢なら、このぐらい簡単に片づけられる。だけど。


「だめ――!」


 私は気づいている。九条さんが、那古野さんが、私を守るために有矢がつけてくれた人だということを。

 いろいろと、心配かけっぱなしだ。——ここで一発かまして、有矢を安心させてあげるんだ。


「私のわがままだけど、あと十五秒、付き合って!」

「私はもとより、引く気なんて無かったけど」

「——里桜が残るなら、いいよ。やられっぱなしも癪だしな」

「よし、——那古野さん、ワープの用意を」


 那古野さんが眼鏡に手を掛ける。


『光葵さん、一瞬、隙を作って! そしたら瞬間移動で懐に潜り込む!』

『待て――。その超能力は視覚由来の認識異常だ、この暗闇じゃあ……』

『了解! 六花さん、信じるよ――!』

『話を聞け――!』


 止まった時間が動き出す。命を穿つ槍は今までより正確に、速度を増して私たちを狙う。

 光葵さんの指示で動く二人は一瞬の遅れすらなく指示通りに地面を駆ける。

 

「一瞬です」


 私は那古野さんを正面から抱きしめる。勘によってとらえた地形、人間の場所、瓦礫、巻き上がる砂埃、そのすべてをイメージして、完全な風景を頭の中で作り上げる。

 ——血の棺桶の中で動く三人に、同時に血の槍が襲い掛かる。

 躱す。——否。


「那古野さん、二歩前」


 ギリギリまで引き付けて、二歩動く。これで大半は躱せる。残りは私に当たる。

 鮮血、肉が裂け、骨が砕けるのが明瞭に伝わってくる。痛い、痛い、灼けるような痛みは、脳が知覚を拒むほど。

 けど、いい。これでいい。隙ありだ。

 穴の開いた肺で叫ぶ。


「今だ――!」


 魂の共有、昨日、有矢はそう言っていた。感覚は昨日と同じ。何度か試してみたが、有矢以外の人と繋げるのは一瞬だけ。有矢の時とは違う。

 そしてその一瞬、私は完璧に作り上げたイメージを那古野さんの頭の中に流し込む。

 那古野さんが眼鏡をずらし、その風景は平面になり、眼鏡を戻して立体に戻る。そのイメージの中央には私たちと、吸血鬼。


「もらった――!」


 成功、完璧。

 振りかぶった拳の前には吸血鬼。迎撃は不可能。再び必中。そして、今度こそ必殺。

 突き抜ける閃光は血の鎧を打ち砕き、吸血鬼の体を粉砕した。

 風圧は吸血鬼を貫き、その向こうの壁を打ち砕いた。

 

「やった――」


 力が抜ける。他の三人も無事、みんな生きている。

 ——ごめんね。里桜ちゃんの口が小さく動いて、そんな言葉を口にした。——気がした。

 



   ◇



「これって……」


 ビルの屋上では、光葵と九条の二人が鏡を覗き込んでいた。鏡の中には血のドームの中が映っている。


「ああ、まだだ」

「へ……」


 九条は確信をもってそう言い切る。


「吸血鬼の再生には脳みそが必要なんですよね?」

「見ただろ、あの粉々に砕けた体、血を流していない。ダミーだ」

「じゃあ、本体は――」

「それを今探してる――」


 カバンの中を漁る九条。熱心に鏡をのぞく光葵。二人揃って、背後に気が付かない。


「え……」


 ぐちゃりと、不快な物音。

 光葵が振り向いたその先には四肢を削がれた吸血鬼。それは先程までの姿と違い、光葵の見慣れた少女の姿だった。

 そして、その正面に、一人の少年が立っていた。

 少年が右手を翳す。

 右手から流れる黒色。吸血鬼を覆いつくすと同時に、黒色は消滅した。


「有矢くん……」


 あっけなく吸血鬼を倒した少年は他でもない、六埼有矢だ。




   ◇




 吸血鬼は消した。次は怪我をしている六花さんだ。

 

「有矢くん……」


 振り向いた先には光葵が居た。目を大きく見開いて固まっている。当然だ、死にかけたのだから。


「大丈夫」


 顔に笑顔を浮かべてみる。もちろん素の表情ではない。黒色で作り出した偽物の表情だ。

 人差し指を立て、口の前に持っていく。


「今のは秘密で、よろしく」


 六花さんたちには六花さんの一撃で決着が着いたということにしておこう。

 ビルから飛び降りて、血でできたドームを突き破る。


「ちょ、怪我してるじゃん」


 あくまで今駆け付けたという風を装って、六花さんのそばに駆け寄っていく。

 

「有矢……」


 傷の位置は腹と太腿、槍で貫かれた傷。ショックで気を失っていないのは力のせいだろうか。

 黒色で傷を覆い、元通りの体をイメージする。理論上は、これで治療もできるはず。


「あれ……え、治った」


 六花さんが目を丸くする。何度か自分の体で試してはいるものの、他人にするのは初めてで不安だったが、成功だ。


「みんなも怪我してるから、お願い――。私は、ちょっと疲れちゃった」


 六花さんは満足そうに目を閉じる。みんなには、この力についてある程度話してもいいだろう。



   ・・・



「ねえ、有矢くん」


 何でも屋の外、人のいない小さな路地、光葵と二人で狭い空を見上げる。何でも屋の中では祝勝会と称したパーティーが行われている。発案は宗二、六花さんもノリノリで準備を手伝っていた。


「んー、どした」


 光葵は幼稚園からの付き合いの俺の幼馴染——、のはずだ。あの村に行って以来、記憶、特に人間に関することが曖昧になっている。


「ねえ、——大丈夫?」

「えっ……?」


 俺は怪我もしていないし疲れてもいない。


「全然、大丈夫だよ」

「いや、でも……」


 光葵は何か言い淀んでいる。何か言いずらいことでも――。

 分かっている、知っている、理解している。

 みんなが俺抜きでアレと戦った理由、光葵が俺の心配なんて似合わないことをする理由。

 俺は、早坂を――。

 殺した。殺した。必要だから殺した。俺の意志で殺した。そうしないと村のみんなに申し訳が立たない。不平等、不誠実だ。

 殺したとも、だけど、俺は平気だ。

 さて、どんな表情をしよう。やっぱり、心配いらないってアピールするべきだな。


「平気平気、何ともないよ」


 笑ってみた。

 光葵は顔を一層引きつらせた。


「なわけ、ないでしょ……!」


 光葵は叫んだ、らしくなく、声を震わせて。


「やっぱ、変だよ……。ねえ、いなくなってる間、なにがあったの。ねえ、私、何もできないけど、話ぐらいなら、聞けるからさ……」


 瞳を潤ませながら訴える光葵を見て、ようやく気が付いた。

 ああ、俺が馬鹿だった。

 くだらない思い込みだ。あんなことをしておいて、まだ、普通に戻れるなんて。

 

 返事の代わりに、首を横に振った。

 涙は流れない。黒色で覆い隠しているから。

 




   ◇




「ねえ、浅上くん」


 背の高い女の子が、浅上という名前の男に話しかけている。


「お昼、一緒に食べよ」


 快活に笑う少女。なんだか懐かしい。

 男が口を開く。


「そう! 今日こそばっちり、お弁当を作って来たのです」


 男は包みを開き、弁当を取り出す。


「うーん、いっつも凝ってるね……すごい」

「でしょー。……でもまあ、作ったのは俺じゃないし、俺は今日も寝坊だし」


 知ってる声だ。

 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。


 


 

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