第148話 力と責任

「犯人死亡で事件解決か……しかし、口封じされてしまうほどの秘密を抱えていたということでもあるな」

「それに関しては何とも言えないですね。もしかしたらなにも知らなかったかもしれないけれど、念のためにってことで消された可能性だって充分にありえます。それぐらい慎重な組織じゃないと、今までどこの国にも捕捉されずに犯罪を重ねてくることなんてできなかったでしょう」

「しかし、今回は失敗したわけだ」

「……もっとも恐ろしい敵とは、無能な味方のことです。人間の集団と言うのは必ずそういう無能が紛れているものですから」


 あの青髪の快楽殺人鬼のせいで、組織は尻尾を掴まれることになった。ダンジョン内で襲って来た組織の暗殺者たちの死体はしっかりと回収しているので、直に身元が判明するだろう。まぁ……そこまで隠しているのならば見つけることはできないかもしれないが。


「事件解決の手際は素晴らしいものだった。犯行の法則性を見抜き、しっかりと襲ってきた相手も返り討ちにして完璧な成果を上げられたと言っていいだろう。情報を得られなかったことは残念ではあるが、100点以上を求めるのはこちら側の傲慢というもの……素直に称賛しよう。恐らく、国連からもなんらかの報酬が出ることは間違いない」

「そうですか」

「ただし」


 やっぱり来たな。


「今回の単独行動は、あまり褒められたものではない。実力者なのだから放っておけばいいというのは国連の考え方のようだが、俺はそう思わない。実力がある人間だからこそ、他人と協力してよりよい結果を残すべきだ。優れた召喚士や魔術師は利己的な人間か、精神が破綻しているようなやつばかりだが……お前は違うと思っていた」

「違わないですよ」


 それにはしっかりと反論しておこう。


「人を殺しても少しの罪悪感と、自分の身を守る為だったなんて言い訳の言葉しか出てこないような人間が、まともな精神を持っていると思いますか? 俺も、凰歌さんも、そしてグリズリーさんも……力を持った人間って言うのは、通常の人間からどんどんと外れていくものなんですよ」


 これは仕方のないことだ。割り切りたくはないのだが……割り切っていくしかない。

 力を持った人間というのは普通の人間として生きて行くことができない。力を持つことそのものが特別なことだからだ。力を持った人間と言うのは、それを自覚しながら気を付けて生きなければならない。そして……誰かの為にその力を使わなければならないのだ。そうでなければ……人間として生きて行くことすら許されなくなってしまう。世間は、特別な人間に対して厳しいのだ。

 俺の言葉を聞いてグリズリーさんが大きな溜息をついた。なにかしら思うところはあるのだろうが、どれだけの言葉を重ねても俺が納得することがないと察してしまったのだろう。


「……今後はあまり単独での危険な行動はしないように」


 少しの注意だけでその場は終わった。

 別に、俺はグリズリーさんに反抗したいわけではない。ただ、単純に今回は俺の正義感という観点から、どうしても許せない相手だったからグリズリーさんを無視して動いただけだ。危険なことであったのは自覚しているし、今回は少しの傷だけで済んでいるが……もしかしたら命が危なかったかもしれないことは理解しているつもりだ。それでも、今回の事件は許せなかったし、また同じように魔法で他人の命を弄ぶような輩が出たら、俺はグリズリーさんを無視して再び駆け回るだろう。これは俺の信念の問題だ……簡単に折れる話ではない。


「こんなじゃじゃ馬を、よくも行儀がいい人間みたいに言えるわね」

「……貴女ほどじゃないと思うんですけどね」


 何故かオフィスでくつろいでいる凰歌さんの言葉に俺は反論した。

 今回の事件は全て終わったのだからさっさと国に帰ればいいのに、何故かここに残ってぐだぐだしている。なにか用事があるのかと思っていたのだが、どうやら単純に休暇でここにいるらしい。俺から頼っておいてなんだけど……ダンジョン内ではすごい頼りになるのに、日常生活では邪魔になるタイプの女性だ。


「私はいいのよ。自分で全てができるから……書類も自分で処理するし、通訳だっていらないもの。そして、私は国にも縛られない魔術師として生きてるから問題ないのよ」

「あの国でよくもそんな自由な活動が許されますね」

「許さなかったらどうなるかわかってるからでしょうね……私からなにかしたわけじゃないわよ? ただ、最初からあっちが顔色を窺うようなことをしてくるから、そのまま利用しているだけのことよ」


 自覚してないだけで絶対になにかやらかしてるわ。そうでなければ国が個人の魔術師を相手にそんな下手に出ることなんてない。日本みたいに平和ボケした国ですらそうなんだから、中国みたいな国ではもっとありえないだろう。

 凰歌さんにその自覚がないってのが恐ろしいところだけど……もしかしたら世界中の実力者ってのはそういうものなのかもしれない。そう考えると、国や国連と積極的に協力しながら働いてるヴィクターさんって滅茶苦茶偉いのでは?


「貴方ももう少し自由に生きてみたら? まだ子供だからって理由で遠慮しているのか知らないけれど、力がある人間ってのは自由に行動することができるのよ」

「それはあまりにも無責任では? 力を持った人間には相応の責任が伴うものでしょうし、力を持っているから自由だ、なんて言っているのは野蛮人だけでしょう」

「ダンジョン内でモンスターを殺して、秩序を保つ以上に責任を取る必要がないって言ってるのよ。数か月前まで、貴方も国内で自由に人命救助とかやってたでしょう? あんな感じにすればいいのにって言ってるだけよ」


 それは……まぁ、その……嫌な方向に大人になったんだと思う。

 力がある人間として人類の為に、なんて考えだしてしまうと止まらなくなってしまうもので、少し前まで子供のように無邪気に使えていた力が、相応の責任を感じて使えなくなってしまったのだ。

 それを臆病だと表現することもできるかもしれないが、俺はやはり自分がなにかをしでかした時に責任がとれるのかと考えてしまって……手が動かなくなってしまう。


「……好きにすればいいと思うわ。けど、そのまま飼い馴らされている間は、貴方は絶対に最強の召喚士になんてなれないわよ?」

「強さは自由の中にしかありませんか?」

「何かに縛られている人間が強いとは、思えないわね」


 んー……まぁ、別に最強になれなくてもいいんだけど、なんかちょっとムカつくな。

 それに、自由が必ずしも素晴らしいものだとは俺は思わないのだ。

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