第83話 救援依頼

「終わった……はぁ、疲れた」


 人を殺したことだけを報告に来たんだけども、結局は様々な部分を詳しく報告書に書くことになってしまった。しかも英語で。

 英語なんて全くわからないので、日本で書いた文章をエドガーさんに翻訳して貰って、それを俺が自分で書くことになった。つまり、俺は2回も同じような文章を書くことになったのだ。エドガーさんが何を言っているのかわからないから、本当に俺が書いていた報告書が、そのまま英語訳されているのかなんてわからないけど、エドガーさんが大丈夫って言ってくれてるから大丈夫だろう、みたいな適当な感覚である。


「ん……ここに書いてあることが本当なら、君は確かに正当防衛になるかもしれないね。ただ、召喚獣に殺させたって言うのは少し印象が悪いかな」

「なんでっすか?」

「自分で手を下さなかった。それだけで君は罪悪感を感じていない人間って扱いにされるかもしれないってことさ」

「まぁ……確かに、自分で明確に人を殺したって感じではないかもしれないですね」「なんで肯定しちゃうのさ……いいかい? これに関して言いたいことは、事実とは関係ない受け取られ方をするかもしれないってことを言ってるんだ。君が人を殺して罪悪感を持っていたとしても、人を殺すことをなんとも思っていない人間、ぐらいに思われてしまうかもしれないの」


 む……それはなんか嫌だな。


「俺は嫌ですけど、それが直接的に問題になるんですか?」

「あ、あんまりならないけど……君はそれでいいの?」

「いいんじゃないですか? 正当防衛が認められるような状況で、過剰防衛になることを恐れて自分の命を投げ出すより」

「はぁ……君、本当に罪悪感ある?」


 失礼な……人を殺したってことに対しては全然罪悪感あるよ。ただ、既に終わってしまったことに対して、ぐちぐちと「あの時こうしていれば」なんてことを考えるのは、あんまり趣味じゃないってだけのことだ。


「エドガー……世界で有数の実力を持っている召喚士や魔術師なんてのは頭のネジが吹っ飛んでいる奴らばかりなんだ。そんな連中にまともな倫理観なんて求める方が無駄だ。彼は人を殺したことに対してしっかりと向き合って、仕方がなかったと折り合いをつけているだけマシな方だろう?」

「た、確かにそうですけど」


 いや、そうなのかよ。召喚士とか魔術師ってやべー奴らの集まりじゃん……俺も同じ連中なのかもしれないけどさ。


「人に襲われることに慣れすぎて、ダンジョン内で人を殺したことを報告することしなくなった奴なんて大量にいる。こうして報告してくれるだけまだマシなんだよ」

「人に襲われることに慣れるって、その人はなにしたんですか?」

「そいつは魔術師だが、痴情の縺れで裏社会を敵に回したらしくてな。1年で複数回の刺客を送られながらも、その全てを返り討ちにしていた男だ」

「……女性関係は、絶対に面倒なことにならないように気を付けます」

「そうしてくれ。お前の専属になってしまったから、もし問題が起きた時は全部俺たちの仕事になるんだからな」

「絶対にやめてね」


 おぉ……経験があるのかな?


「同情する部分はあるがな。ダンジョンなんて異世界も同然の場所で、モンスターなんて怪物と命のやり取りをしていると倫理観が段々と薄れていくものだ」

「簡単に薄れますかね?」

「その感覚がないなら最初からあんまりないんじゃないか?」


 すっごい酷いこと言われた。


「グリズリーさんはそこそこ詳しいんですね」

「あれ? 聞いてなかったんだ。彼、元々召喚士だったけど、両足を失って引退したんだよ」

「おい、余計なことを言うな」


 両足を失って?

 ちらっと彼の足を覗き込むようにして見つめると、別におかしい部分は全く見当たらない。


「特殊な義足を使ってるんだ。その義足を作ったのが今の組織ってわけ……だから、召喚士についてもかなり詳しいの」

「エドガーさんは?」

「そいつはただの翻訳家だ。才能が無かったからな」

「才能が無かったからって……事実だけど、もうちょっと言い方がないのかな。そんなんだから昔から友達がいないんだよ」


 おぉ……もしかしてこの2人は昔からの知り合いなのだろうか。でも、これはあんまり聞く様なことじゃない気がするから、ここはちょっと黙っておこう。


「ふぅ……そう言えば、海外での仕事依頼があったぞ」

「依頼?」

「調査依頼だ。召喚士も魔術師も、既に何人か送り込んでいるが、誰も彼もが怪我を負って帰ってくるから、実力のある人間を送り込みたいって依頼らしい」

「君は自由に動ける特権があるから勿論断ってもいいんだけど、組織としては相応の」

「受けますよ」

「はやっ!? まだ説明途中なんだけど!?」

「困ってる人がいるんでしょう? ならやりますよ」


 人助けはなにも命を救うことだけじゃないからな。それに、俺は自由に海外に行けたりする権利が欲しかっただけで、別に組織からの依頼を煩わしいと思っている人間ではない。基本的に所属している組織から命令されたら普通に受けるつもりだった。ただ……組織の方からは、面倒な連中と一緒に括られているから、断れる可能性も考えられていたんだろうけど。


「あんまり安請け負いとかしないほうがいいよ? 変な仕事なんか押し付けられることになったりして、最終的に損をするのは自分なんだから」

「受けて欲しいのか断って欲しいのかどっちなんですか」

「俺としては、無駄な仕事が減るから断ってくれた方がいい」

「あ、それは頑張ってください。受けますから」


 俺の専属になっているんだから、そりゃあグリズリーさんとエドガーさんは、俺が仕事すればするほど、処理しなければならない仕事が増えていくわけだもんな。でも、そこは全く遠慮するつもりはないぞ。


「で、どこに行けばいいんですか?」

「イギリスだ」

「マジっすか?」

「マジだ」


 イギリスかぁ……海外って言われてぱっと国の名前が思いつくのってアメリカとイギリスなんだけど、イギリスってどんなところって言われると全く想像できなくない? 人生で一度は行ってみたいなー、なんて思ってたけど、まさか仕事で行くことになるとは思わなかったな。


「エドガーさんはついてきてくれるんですよね?」

「お前が英語を喋れるならいらないがな」

「無理ですね。頼みますエドガーさん!」

「えぇ……ブリティッシュイングリッシュは苦手なんだよなぁ……」


 あ、苦手とかあるんだ。

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