第80話 人間は善か悪か
「ふぅ……大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます!」
ダンジョン内で人を助けるのも癖になってきたな。
土曜日で授業が無い日であろうとも俺はダンジョンに行っていることが多い。入ればその分だけ金が貰えるとか、最初はそんな気持ちで始めたものだが、今ではこうして人助けをするためにダンジョンに入っていると言っても過言ではない。
モンスターを片付けることはダンジョンのバランスを維持して、結果的にダンジョンが決壊しないようにすることで人助けをしているとも言える。なんなら、こうしてダンジョン内でたまに見かける危ない人を助けることで、こちらもまた人助けになっているのだ。
「主様には人が危険な目に遭いそうになるのを感知する能力でもあるのか?」
「ないけど?」
「それにしては人を助ける回数があまりにも多いと思うが……単純に主様がそう言う風に活動しているだけなのか、気になるところではある」
「イザベラは、人助けなんてしたくない?」
「いや、妾は主様がやろうとしていることに反対するような従者ではないからな。人間のことはあまり好きではないが、主様が人命を尊いものだとするのならば、妾もまた同じ価値観に合わせるだけ」
「ありがと……でも、別に人間のことを無理に好きになったりとかしなくていいからね?」
「……まぁ、そういうところが主様らしいところよな」
俺は人間のことを割と信じている。人間は善性も悪性も持って生まれてくるが、誰もが善性を表に出しているからこそ、人間社会は成り立っているのだ。だから俺は人間の善性を信じているし、人間の命は尊いものだと思っている。しかし、召喚獣であるイザベラやハナに対して、人命が尊いものであることや、人間の善性を信じろなんて思ってもいない。人間と言う生命に対してなんて思うかなんて、所詮は個人の価値観でしかないのだから。
イザベラは基本的に人間のことが好きではない。嫌っているわけでもないので、積極的に人間を殺したり、目の前で見殺しにすることなんてないが、基本的には人間なんてまともな存在ではないと思っているところがある。
それに比べて、ハナは無関心だ。人間というものを最初からそれ以上でもそれ以下でもないと思って見ている節がある。人間が道端を歩く蟻を大して気にしないように、ハナは人間という存在に対して特別ななにかを見出だしていない。勿論、イザベラと同じように俺が人間の命を尊いものだと思っているから、彼女もある程度の村長はしてくれているが、彼女はイザベラ以上にドライな性格をしているのだ。
「それで? 主様はこんなところで人助けばかりしていていいのか?」
「え? んー……いいんじゃない? アメリカに行きたいなって気持ちはあるけど、なんか大規模な問題が起きているわけでもないし」
「門の対処とやらは?」
「それは個人で近づいていいもんだいじゃなさそうだし、アメリカ政府が自国の力だけで解決したいって思っている所もあって、基本的には組織が関わることはなさそうかな」
本当に対処できない問題が起きたら別だろうけど、国としてのプライドをかけて事件解決には取り組む姿勢のようだから、しばらくは様子見でいいんじゃないかな。
海外に好き勝手に行かせろとは言ったけど、すぐに海外に飛ぶわけじゃない。俺がオーストラリアに向かった時の様に、海外で大きな問題が起きた時、高校生だからなんて理由で行けないなんてことがなくなればいいなと思っていただけだ。勿論、趣味で海外のダンジョンに行ってみたいなって気持ちはあるけど、授業があるから長期連休の時しか行けないんだよな。
「危ないっ!」
さっき助けた女性がいきなり声をかけてきたので後ろを振り向いたら、なんかピエロみたいな格好をしたやつが俺の背後に立っていて、大きな鋏を手に持っていた。
「……これ、人? それともモンスター?」
「人だったらどうする? 免許を持っている人間が、他の免許を持っている人間に襲い掛かっていることになるが」
うーん……でも、前例が無いわけではないんだよな。
ダンジョン内で殺人事件が起きたことは過去に何回も前例がある。どれもが、免許を持ちながらも魔法を使用して人を殺したとして、日本では死刑になっているはずだが……この男はそれを理解しながらも鋏を持って、俺に襲い掛かろうとしているのだろうか。それとも、人間に見えるだけで本当はモンスターなのか。
数十秒見つめ合う状態が続いてから、いきなりにやりと笑って鋏を振り下ろしてきたが、ずっと前にイザベラが発動していた俺を覆う結界に阻まれて鋏が止まる。
「今、息を吞んだな。ならお前は人間か」
本当にいるんだな……人間を襲う魔術師って。
過去の殺人の事例は殆どが私怨だったはずだが、俺はこんなびっくりピエロみたいな奴は知らない。ご丁寧に顔も真っ白に化粧して、完全にピエロですって感じの格好をしている癖に、表情がわかりやすいやつだ。
大型の鋏による攻撃は見えやすかったが、的確に俺の首を狙っていた。それも、首を切断するのが目的ではなさそうだった。首の動脈なんて切られたら、首が繋がっていても人間は簡単に死んでしまうから明確に殺意を持っていたのだろう。
「ひっ!?」
「俺が殺せないと判断して、即座にターゲットを切り替えたか。それとも元々殺す予定だったのか? なんにせよ、さっき助けたばかりの命を目の前で散らさせるわけねぇだろ」
俺が明確な指示を出す前に、イザベラが音を置き去りにする速度でピエロに近づき、素手で鋏を破壊してから思考が止まっているピエロの右手首をパキリと、音が聞こえる様な勢いでへし折った。
「ぎ、ぎぇやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 俺の右手っ!? 右手がぁっ!? ひぎぇやぁぁぁぁぁぁぁぁ!? い、いてぇよぉっ!?」
「……なんだ、こいつ」
手首を無理やり折られたんだからめちゃくちゃ痛いのはわかるが、ピエロの格好なんてして人を殺そうとしておきながら、あの姿はダサくないか?
襲われた女性は転びそうになりながらも俺の方へと走ってきたので、とりあえず背中に庇いながら、床をのたうち回るピエロを見つめる。
「え、獲物のくせ、に……お、お、俺の……邪魔、した……右手っ! お、折れた……ぜ、ぇったい、いに、……ゆゆ、ゆるさ、ない」
「は? まさか妾を前にして、まともに生きて帰れると思っているのか?」
「ひぎっ!?」
「おい、あんまりやりすぎて殺さないでくれよ? 普通に突き出すんだから」
イカレたピエロに襲われるなんて不運なことだが、こういうクズも世の中にいるって、また一つ賢くなれたかな。
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