第66話 混沌の街

「おっと」


 シドニーの地下から湧いてきたらしいモンスターたちだが、どいつもこいつも虫みたいな奴ばかりだ。


「もしもし?」

「とりあえず、君はそのまま──」

「シドニーのダンジョン内部って基本的に虫みたいなモンスターしか湧かない?」

「……いや、虫系のモンスターは確かに多いが、少し深い場所なら普通に異形のモンスターが湧いたりするけど」

「ふーん……なら、今回の騒動はダンジョンの決壊ってことでよさそうだな。さっきから出てくるのは虫みたいなモンスターばかりだし、ダンジョンの内部から外に向かって地面を食い破ってきたとかじゃないのか? まぁ……そんなことが可能なのか俺は知らないけど」


 さっきから巨大な蟻の大群が俺の方へと向かって来ているのだが、俺が召喚した鬼のような見た目をした魔人が全てを薙ぎ倒している。ハナやイザベラとは雲泥の差だが、それ以外の召喚獣で比べるとかなり上位にくる力を持った召喚獣だ。なにより、その体格に見合ったパワーは格別で、今も拳を振るうだけで蟻の身体が弾け飛んでいる。


「はぁ……ダンジョン内の異変を調べに来たのに、まさか人生で初めて街中で戦うことになるとは思わなかったな。しかも地味に気持ち悪いモンスターばっかりだし」


 別に虫がめちゃくちゃ苦手な訳ではないんだが……積極的に触りたいほど好きではないので、こうしてデカイ姿で出てこられると生理的嫌悪感が凄まじい。日本のダンジョンではこんなデカイ虫のモンスターなんてみたこともなかったので、ちょっと勝手が違うと言うか……いや、やっぱり気持ち悪いだけだな、うん。

 空を見上げると、蜂や蠅のようなモンスターが空を飛び回っているが……何処からともなくとんでくる魔法の嵐によってどんどん消し炭に変えられていく。イザベラが高速で空を飛び回りながら駆逐してくれているようだが……他の魔術師や召喚獣は見えないので、誰もが空はイザベラに任せているようだ。まぁ……あれだけ大量のモンスターが空にいるのに、制空権を完全に支配しているのはイザベラの魔法の力量ってことなんだろうけど……結構なスピードで空を飛んでいるはずの蜂型モンスターがそれより速いイザベラによって駆逐されていくのは、弱肉強食の野生を見ているような気持ちになってくるな。


「ん……それで、このモンスターたちはどれくらいいるのかわかるんですか?」

「それも含めて今、ダンジョン内を調査中なんだ。入り組んだ構造だから、君の仮説が合っていたとしても……どこからその穴を開けてシドニーの地下までやってきているのか見当もつかない」

「……なら、こっちからその穴を辿ってダンジョンに入ってみましょうか?」

「なっ!? 危険すぎる! そもそもダンジョンの穴は勝手に塞がってしまうようなものだから、そうやって不用心に侵入するのはあまりにも危険な行為だ!」

「そうかもしれませんが……このままではなにも解決せず、いつの日かまたシドニーの地下が陥没してモンスターが人間を蹂躙する日が来ることになりますよ?」

「し、しかし……」


 まぁ……俺も命を捨てる様な行為であることは認める。だってやっていることは敵の本拠地に裸で突っ込むようなもんだ。まず殺されて終わる……だが、それくらいの覚悟が無ければこの事件は終息しないと俺は考えている。

 何十匹目かの蟻が俺の召喚した魔人……オーガによって殺されていく。これだけ殺しているのに途切れる気配すらないなんて、あまりにも異常だ。俺は召喚してそれを見つめているだけで、基本的に魔力消費は少ないからまだ数時間以上は堪えられる。だがさっき俺に指示をくれた魔術師は? それ以外の魔術師や召喚士たちは? いつまでも人間がこの猛攻に堪えられる保障なんてどこにもない。ここは……命を捨てる覚悟で打って出るべき時ではないのだろうか。


「……だとしても、君がやるべきことではない。それは現地の人間がなんとかするべきことだ」


 それはまぁ……確かにそうなのかもしれない。

 俺から反論の言葉が無いことを察したのか、電話の向こうで幾つか指示を出してくれているが……目の前にデカイ蟻の更にデカイ女王のようなやつができてたので、電話から耳を離して俺はハナを魔力によるテレパシーで呼び出す。

 数秒もしないうちにい、周囲の蟻を吹き飛ばしながら現れたハナは、俺がなにか言う前に女王蟻を一撃で上半身を消し飛ばしてから俺の方へと近寄って来た。


「指示は?」

「さっきお前が倒した」

「……あの蟻か? 向こうには何匹もいたからこちらにも大量にいるものだと」

「ちょうどいいや。西側を見に行ってくれ」


 俺と手分けしよう的なことを言ってくれていたのであろうあの魔術師の安否が気になる。この地獄のような街の中で、彼はしっかりと生き残っているのだろうか。

 ハナはそんな語らない俺の心の内側まで察してたのか、頷いてから「あの男を見かけたらしっかり報告する」と言って西側の方へと駆けて行った。数秒後には、幾つかの破壊音と共に空中に虫の死骸が打ち上げられているのが見えたので、大丈夫だろう。





 現地に到着してから約1時間が経過した。

 無限に出現していたのではないかと思っていたモンスターたちが殆ど片付いたが……その代わりに街は悲惨な状況になっている。敵を倒すことと、街を守ることの両立は難しい。人手が足りないのならばなおさらのことだ。


「はぁ……これだけ派手に破壊しても、モンスターの死骸は塵になって消えていくんだから、まるでビルが勝手に爆破したみたいな光景に見えるんだよなぁ」


 せめて死体が残れば、激しい戦いの痕跡があるように見えたかもしれないけど……この状況ではそんな風にはとても見えないだろう。精々テロでも起きたぐらいにしか見えない状況だ。

 道路はバキバキに破壊され、ビルは幾つも倒壊している。街のモニュメントのようなものもバラバラに破壊されてそこら辺に散乱し、火災が広がり続けている。


「ふっ!」

「……イザベラ?」


 空を飛んでいたイザベラが俺の近くまでやってきて、燃えているビルを少し見つめてから魔法を発動して……大量の水をぶっかけて一気に消火してしまった。消防車なんかとは比べ物にならない速度の消火だなと思ったけど、街中でこれをやったらとんでもない水量で周囲に危険が及ぶから、こういう廃墟同然の場所だけだな……できるのは。

 はぁ……俺、これからダンジョンの調査に行かなきゃいけないのかなぁ。

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