あの教室から始まった

小鶴

第1話 戦争が始まった日

「なあ三上みかみ、何か戦争が始まったらしいぞ」

 三上 星来みかみ せいらは、音を立てずに振り返った。


 夏は盛りを過ぎ、秋の口。鳥がぴーちくぱーちく鳴いているのが室内にいても聴こえてくる。窓の外は並木道の透明感のある緑に埋め尽くされ、その欠片の一つ一つが呼吸をするかのように震える。


 教室にいるのは担任教師、小野寺おのでらと星来だけだった。進路に関する個人面談があったのだ。それもまあまあ順調に終わり、去ろうとしていたところだった。


「何ですか、戦争って。どこの話で……」

「三上」

 教師は問おうとする星来を封じた。一区間の沈黙が降りる。彼は未だ足を組んで携帯の液晶を凝視したまま、動かない。




「驚くな、だがこの国らしい。ついさっき、B国にー」




ー宣戦布告したらしい。



 星来は窓の外を見た。相変わらず鳥がうるさい。鞄を落とす音がして、見ると自分のものだった。無言で拾い上げる。教師はこちらを見なかった。 


「嘘ですよね、流石に」


 去り際、星来は問いかけた。


「いやでも予兆はあったし、お前らの方がそこらへん詳しいんじゃないのか。何はともあれ…」


 校内放送のチャイムが鳴る。教師は口を閉じた。教職員は全員今すぐ職員室へ、との旨だった。


 耳を傾けながら、何が私たちの方が詳しいのだろう、と星来は思う。こんな夏の日に、セミがうるさくって、日照りがひどくって、そんなこと言われたって理解できる訳ないじゃないか。


「死ぬのかなあ」


 小野寺は席を立ち、ドアのところで立ち尽くす星来の脇をすり抜けていった。


「死ぬんですかね」


 星来も実感が薄いまま返した。


 夏期補修もあと一日で終わりだ。部活にも入っていないので星来は今日はこれで終わりだった。日焼け止めクリームを丹念に塗り、荷物を拾って帰途に着くことにした。


 戦争一日目はこのようにして終わった。









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