異界への線路 4

「はッ!はッ!はッ!なんだコレ、なんだコレ、なんだコレッ!!」


 ショウメイは電車の中を走っていた。

 走る 走る 走る


 誰か人が居るかもしれない…。そう思い立ち、ひとつひとつの車両を見て回ることにしたのだ。だが───……。


 ・

 ・

 ・

「はッ!はッ!はッ!」3号車。誰も居らず。

 ・

 ・

「はッ!はッ!はッ!」5号車。誰も居らず。

 ・

 ・

「はッ!はッ!はッ!ひッ!はッ!はッ!はッ!」8号車。誰も居らず。

 ・

 ・


「どうして!!誰も居ないんだアッ!!?」


“無人列車編„。呑気にも、脳内にそんなが言葉が浮かんだ。誰も居ない。この電車に乗っているのはショウメイ、ただひとりだけだ。そう結論づけられてしまった。


「どういうことだ?どういうことだ?どういうことだ?ひとっこひとり居ない。運転主も居ない……。誰が運転してるんだ!?!おちつけ…おちつけ、おちつけェ!?」


 気持ちだけが焦る。ドバドバと濁流のように次から次に焦りばかりが押し寄せてくる。いったい自分はどうなってしまったのか。どうなるのか。どうすればよいのか。わからない。


 わからないから焦る。


「てゆうかこの電車ってこんなに長かったか!?いや長くない、長くないね!2両編成!でもこれ8両編成はあるじゃん!!」


 ショウメイが通学に使っている地元民愛用のこの電車は、2両編成だ。

 しかし今の状態のこの電車。ドタバタと駆け走っていたため、正確な数はわからないが、ざっと8両編成はある。


「なんだあの空はなんで赤いんだ赤すぎるだろ七ツ橋なのか?日本なのか?日本ぽいけど日本じゃないんだよ。あんなのアニメやゲームでしか見たことない日本だよ」


 頭を抱え、早口でぶつぶつと独り言を言う。心臓がドクドクとせわしなく、良くない意味で高鳴ってくる。


「……ふ~っ、ふ~っ、ふ~っ…」と荒くなる呼吸を歯を食い縛って耐える。焦りを押し込めて耐える。冷や汗が頬を伝う。

 恐怖と不安からガチガチと震えはじめた身体を、押さえ込むため歯をさらにギリギリと食い縛る。


 ショウメイは、ハ〜っと息を吐き、ス〜っと空気を吸い込んだ。


「!そうだ、携帯!」


 ────誰でもいい。父さんでも母さんでも

 ショウメイは、黒い上着の右ポケットの中に右手を入れ、ゴソゴソと探る。


 ────じいちゃんでもばあちゃんでも、田中でも村田でも池田でも誰でもいい

 左手のポケットみ左手を突っ込み、ゴソゴソとまさぐる。なにかを予感して、手を止めた。


 ────電話でもメッセージでもメールでも、繋がってさえくれたら


 ────……


 ズボンの両ポケットに両の手を入れ、せわしなく探る。

「………………」


 ────ん?


 バックパックの左ショルダーハーネスを、左手で荒くずり落とす。ジッパーを-ジャッ-と素早く開ける。ゴソゴソゴソゴソと教科書やノートに筆箱、菓子類を手でどかす。携帯電話端末機を探す。


 どこだどこだどこにある。


「────……な…、」

 ………顔が引き攣る。ワナワナと唇が震える。興奮して動悸・息切れ・汗までかいていたショウメイの顔から、血の気が一気に引いていく。


 ────ない!!!


「ウソだろ!!?どうして、だってついさっきまで、使ってたのに!手に、持ってたのに!」

 バックパックの中身を呆然と見つめたまま、こう結論づけた。

「もしかして落とした…?」


 ────可能性としては、ある。わけがわからないまま、走りまわってたしな……。


 ショウメイは無我夢中で駆け回っていた。今さっきの出来事を思い出した。何にせかされていたのかわからないが、とにかく自分以外に人がいないか知りたくて、ドタバタと電車内を一両ずつ確認して回ったのだ。身の振り構わず。

 そのときに、落としたのか…。



 ────探さないと。この、電車の中を………

 誰もいないこの、電車の─────────────────────


 ────────『 コ ノ デ ン シ ャ ハ  キ サ  ラ ギ 』────────────



 車内アナウンス。

 思いがけない状況に圧倒されて、意味不明のこの現実にどう対処していいかわからなくて思考の一角に放置していた。それをふと、思いやった。


「まさかほんとうに………、『きさらぎ駅』?」

 すると次の瞬間────……。


「〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?????!!───────!!??!?!?!?????!!??!!!!?!!!!!!!!!!!!!!!」

 ショウメイは「ぎょえーーーーー」とも「ヒぎょわぇああアア」ともとれない、声にならない悲鳴をあげた。


 あまりに突然に、後ろの貫通扉が急にガラリと開いたからだ。



「「「 切 符 を ハ イ ケ 〜 〜 〜 ン 」」」



 そしてそれと同時に、声が……、電子音のような《声》が聞こえた。

 なんだ、声か?声なのか?コツコツと、足音が聞こえる。こちらに、ショウメイの元に一歩ずつ近づいて来る。


 身体がフリーズする。でもこのままじゃダメだ。真実を…真実を知らなければ。ソレが誰で、なんであろうとも。ショウメイはおそるおそる、振り向いた。……するとそこには────……。


 ……鴉が居た。


 いや、俗に言うカラスマスク。正式名称ペストマスクのような頭の、ヒト?が居た。鴉だ。

 鴉頭にしか見えない。でも、マスクだよな…。そうにチガイナイ。そしてなによりその格好。大正ロマン全開の衣装だった。

 羽織の上に黒く袖の長いコートを着て、紳士マントを羽織っていた。頭には制帽を被っている。身長も高い。猫背なのとその頭部もあいまって、ファンタジックで、人外感が半端ない。ショウメイは一目で気圧されてしまった。


「……………」無言でじっと、鴉をみる。

「切符をハイケ〜〜〜ン」

「へ?」

 アホみたいに呆けた声が出る。


「切符」


 切符?切符とは?

「え、なん………。え?」


 なにがなんだかわからない。誰だ。なんなんだ。


 いや、まて。「切符を見せろ」とこちらに要求してきたんだ。人外染みた只者ではない雰囲気を醸し出しているが、もしかしたらひとつの可能性として、意思の疎通はできるのではないか?


「切…符?切符、とは…」 

 ショウメイはおそるおそる返事を返してみた。


 鴉男は、指を差した。ショウメイの、上着の右ポケットを。無言で、左手で。


「え?」

 まさか───と思いながら、左ポケットに手を入れた。

 ………切符だ。


------------------------

       ┌─┐   ┌─┐

       │于│   │鬼│

       │現│ ➡️ │沙│

       │世│ ⬅️ │羅│

       └─┘   │祇│

             └─┘

    本日10月10日から無限有効 一回きり

        ■■■■■駅発行

------------------------



 *ショウメイはきっぷをてにいれた!

 脳内でテッテレ〜♪という軽快なBGMと共にでバカげた文字が浮かんだ。


「なんだコレ?」


 疑問不安心配恐怖猜疑心……疑心暗鬼になりながら、その切符を見つめる。見つめて3秒後、それを鴉男に素早く奪い取られてしまった。

「あ」


 -ガチン!-と痛々しい音が鳴る。改札鋏だ。右手に持っていた改札鋏で鴉男が切符に穴を開けたのだ。


「ん?」

 鴉男が切符のナニカに気付き、-じ…-とソレを見つめる。そして、つぶやい

 た。

「…于都世ウツシヨ…」


 ウツシヨ?ウツシヨとはなんだ?現世のことか?

 じっ…と背中を丸めて切符を見ていた鴉男は、瞬間-バッ!-っと勢いよく顔を上げて、ショウメイを見た。


「ん?」今度はじっ…とショウメイを見る。


「んンっっ?」しゃがんでいるショウメイに、鴉男は-ずずい!-と近づき、身体を彼の目線の高さまで折り曲げ顔を近づけた。あまりの事にショウメイは尻餅をつく。心のなかで、「イヤああああああああああああああ」と叫んだ。そんなショウメイに鴉男は、


「…………やべ」と一言発した。


 ───やべってナニ!!?!!!?


「ンーーー…、ソうかア。ンーーー………」

 鴉男は、なにかを思案し、納得した。


「キミ、どーやってココに来たノ?」

「!?」


 ───やっぱり。意思の疎通ができる!


「…っえ、えぇっと。あのっ…電車に、乗ったらあたり一面真っ暗になって、頭がキーーーーーンて、目眩とかがして変になりそうになって。それで、えぇとそれで明るくなったら誰もいなくて、いったい何がどうなってるんだかわかんなくて…っ」

「ウん。ウんウんウん」


 手をせわしなくあっちこっちに動かし、つっかえながらもわかって貰おうと懸命に話す。それを鴉男はじっ…と沈黙して聞いていた


「…やべ。やっぱりかァ…」

 ───またやべって言った…。


 ショウメイは不安とショックを受けた。効果音にするなら-ガーン-だ。


「あのっ、なんなんですかコレは……!僕どうなったんですか!?どこなんですかココは。あなたはいったい……何者なんですか!!?」

「う〜〜ん矢継ぎ早」


 このチャンスを逃すまいと無意識だかなんだかが悟ったのか、ショウメイの口がベラベラと喋りだす。フリーズしている脳ミソを無視して口が勝手に動く。


「 コ コ ハ 『 クリ 』 」

 鴉男は折り曲げていた身体をヨイショと正す(けれど猫背だ)。


「ココはマア、『異世界』みたいなモノだヨ。君たち風の言い方ヲすればネ」


 ────…『異世界』。その単語に、ショウメイは目を大きく見開いた。


「「異世界!!!!!??????」」

「「ワア!!!?????!!!!!」」


 ショウメイは勢いよく立ち上がる。鴉男との距離約1メートル。大股で右足を前に出し、一歩詰め寄った。

 混乱と恐怖からの怯えや警戒、モゴモゴした様は何処へやら。丹田から発せられる生命エネルギーとパッションをふんだんに使った発声法で発声する。


「異世界ィ!?異世界なんですかここは!!?」

「うンそウだヨ。そウ言ってルじゃなイ……」

 ビックリした……と自身の心臓のあたりに触れながら鴉男が言う。


「近年おおイんだよ。迷イ込む 于都世人ウツシヨじん 。インターネットが普及してカらが、マア多い」


 イセカイ、カクリヨ、ウツシヨジン……。どれも現実味がなさすぎる言葉だ。あまりにも、フィクション染みている。この場所も言葉も状況も、目の前のヒトも。


「ワタシはコノ時空電車『ヨマイガ』の車掌ダ。シンパイしなくテも、ダイジョブ!元の世界に帰すヨ」

 はい、と言い穴の空いた切符をショウメイにさしだす。


「!!?本当ですかっ!!?」

「うン」


 切符を受け取る。


「よかった、よかった…!ほんとうによかった…!」

「ヨカッタネ〜」


 ────よかった〜〜〜。何はともあれ何が何だかだけど、よかった〜〜〜。


 ショウメイは心の底から安心しきった。とうに床の上にへたり込んでいるのに、さらに沈むがこどく床に全重力をかけた。ショウメイは返された切符を右ポケットにしまう。


 ……安心したら、先程まで感じていた、自分ではコントロールしきれない恐怖感や不安感、心配が薄まっていった。脳がクリアになっていくのがわかる。ナニヤラ、高揚感もある。テンションが上がってきた。鴉男をジ…と見つめた。


 ───まさかこんな事になるなんて。

 コノ現実を、体験を、はじめてキチンと噛み締めてみた。


 ───都市伝説は本当だったんだ!現実ではあり得ない体験を、今僕はしているんだ。ウソくさいと散々言われた都市伝説の体験を、今僕は、現実に、しているんだ!そらみたことか。きさらぎ駅は…異世界は、本当にあったんだ!


 もとの世界に帰れることを知ったとたん、ショウメイのハートの奥底のクローゼットの中に、毛布を頭からかぶりビクビクしながら隠れていた《探究心》が、そのドアを壊さんばかりに開けはなたれた。


 ────なんだか楽しくなって来たぞ。なんなら帰るのがもったいなくなって来た。てゆうかなんで帰りたいと思ったんだろう?もったいなくない?こんな、あり得ない体験を、してるのに!


 ショウメイはヨイショと立ち上がり、背中にバックパックを背負いなおした。交通安全のお守りが振動でゆらゆらと荒ぶりゆれた。


「いや〜。でも、きさらぎ駅って本当にあるんですね!作り話って言う人もたくさんいるけど、本当だったなんて。なんかちょっと、感動しました!」

「ん?あア。君らの間で言わレてる、『きさらぎ駅』ネ」


 あ〜、と言い鴉男が自身の顎のあたりを撫でる。


「う〜んそうネ。ソの駅と同じではなイけど、あるヨ。時空ッていうのは───────────………」



《《《  ビ ー ! ビ ー ! ビ ー ! ビ ー !  》》》



 ───突然だった。電車内に、大音量の警報音が鳴り響いた。異常事態と緊急性をあらわす甲高い音に、ショウメイは身をかたくした。


《《《  ビ ー ! ビ ー ! ビ ー ! ビ ー !  》》》

「な、なに!!?」


《《《 エラーです エラーです エラーです 結界システムを確認して下さい エラーですエラーですエラーです結界システムを確認して下さい 》》》

「エラーだ……」


 鴉男が小さな声でポソリとつぶやいた。ショウメイは聞き逃さなかった。


「エラー…って!?」

『エラー』…。その、心配・あやまり・失策を意味する単語に、ナニヤラ嫌な予感がした。


「ヨマイガの"結界装置"が………、エラーを起こしタ!バグっタ!」

「なに…どういうことォ!?それってヤバいんですかーーーーー!!?」

「ヤバいネーーーーー!!!」


 爆音の警報音に負けないように両者声が大きくなる。


「結果装置は!!時空電車の命綱ナんだヨ……!!壊れたラ最後。電車を守っている結界ガ消えて、敵がわンさか寄って来ル…コトもある!」

「ナニソレこわい!!!」

 こわい。なんだソレは。なんなんだ。


「敵ってナニ敵って!?ほんとに居るのそんなのが!!?そんなの本当にフィクションの世界じゃん!アニメやゲームの世界じゃん!」

「ヤツらが…来るカもしれない…」

「ソノ、やつらってナニ!!?」


「『乖无カイム』」


 鴉男は簡潔に、重く、その一言だけ発した。なぜかショウメイはその単語を聞き…、頭から背中、そして胸の奥腹の中に、ずっしりとした嫌な重圧を感じた。


「そうとなったらこうしちゃいられない。ダイジョブ!今電話するヨ!」

「ど どこに!?」

「ん〜〜〜?」


 鴉男はコートの右ポケットに右手を入れゴソゴソゴソ漁りながら、こう告げた。


「『しゃばウォッキー』に」


 ……しゃばウォッキー。場と状況にそぐわないその、謎で軽快な名称に、ショウメイの脳は本日何度目かの「???」になった。

「……娑婆…?」

「なんだかんだでココのチームが、イチ番頼りになるヨ。アノ子のセーカクに、目ヲ瞑ればネ」

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