第38話 奇襲

 森の中を走りながら周りを見てみると、夢と少しだけ違うのがわかる。


 被害が少ない。早くに動けていたから最低限の被害で済んでいるのかな。


 それなら、ここまで美晴姉様も来ていない?


 ――――ガバッ!!


 右の草むらから一人の武士が刀を振り上げてきた。

 視界の端に武士が映ると、体が勝手に反応する。


 体を捻り、まず武士からの攻撃を避ける。

 すぐに竹刀を握りしめ、下から上へと振り上げた。


 顎に直撃、武士はすぐに後ろへ倒れ込み、動かなくなった。


「はぁ、はぁ…………」


 今までの鍛錬が実を結んでいるみたい。

 よかった、これならいける。


 ────ゾクッ


 油断、それが良くなかった。

 周りの気配が濃くなるのを感じるのが一歩、遅かった。


「やられたかも…………」


 周りには、複数の武士。

 やっぱり、隠れていたんだ。


「おかしいなぁ。ここには、雅とやらが一人だけ来る予定のはず」

「まぁ、いいだろう。こやつも、目標の一人だ」


 目標……。なるほど。

 私諸共──それを考えていたんだ。


 雅様をここで足止め、鬼神家を崩す。

 起死回生すら出来なかったところで、私を殺す。一人残った雅様を桔梗家が引き取る。


 杜撰な考えね……美晴姉様が考えそうなことだわ。


 竹刀を握り、構える。

 けど、勝てる気がしない。


 もう、囲まれてしまっている。

 一対一なら何とか戦えるけれど、複数人相手は流石に無理だ。


 だけれど、こっちに武士がこんなにも来ているということは、屋敷の方は少ないはず。

 私が囮になれば、他の人は助かる。


「ふぅ…………」


 少しでも時間を稼いで、雅様が戻ってくる時間を作る。


「お嬢ちゃん一人で、この人数を相手にするつもりか?」

「そのつもりよ」

「命を大事にしたいのなら、辞めた方がいいと思うがね」


 心にも思っていないくせに。

 その言葉に甘え、背中を向けたところを殺すつもりだろう。


 絶対、そんなの許さないから。

 私は、簡単には負けない。

 ほんの少しだとしても、時間を稼ぐ。


「言葉だけでは駄目らしいな、わかった」


 武士達も、刀を構え始めた。


 もう、雅様に会えないかもしれない。でも、鬼神家が守られるのなら、私はここで死んでもいい。


「絶対に、雅様の帰るべき場所は、私が必ず守るの!!」


 地面を蹴り、武士に竹刀を振り上げる。

 同時に、私を殺すため武士も襲い掛かってきた。


 全てを防ぎきるのは不可能。

 少しでも急所を外して――……



 ――――伏せろ!!



 上から聞き覚えのある低い声。

 頭で理解するより先に体が言葉の通りに動いた。


 私がその場に伏せると、同時に頭の上を強い冷気が横切る。

 吹っ飛ばされた武士は、木に背中をぶつけ、呻き声を上げた。


「な、なにが…………」


 困惑していると、頭にいつも感じている優しい温もりが乗っかる。

 顔を上げると、そこには待ちわびた人が周りを睨みながら立っていた。


「み、雅さま?」

「よく耐えたな、美月よ。ここからは、俺様に任せろ」


 雅様の隣には、式神であるユキさんが口元を抑え、赤い瞳を鋭く光らせていた。


『いかがいたしますか、主』

「殺さん程度に、凍らせろ」

『御意』


 体を起こす武士達の前に、ユキさんが立ち塞がる。

 戦闘態勢になる前に冷気を吹きかけ、顔だけを残し凍らせた。


「すごい……」

「油断するでないぞ」


 雅様は言いながらユキさんとはまた違う方向を見る。

 そこには、立ちあがり臨戦態勢になってしまった武士が数人。


 咄嗟に竹刀を構えると、雅様に下がるように言われてしまった。

 するりと竹刀を取られてしまい、何も出来なくなる。


 見ていると、雅様が竹刀を構えた。

 まさか、雅様自身が戦うのですか?


「あっ……」


 雅様が構えると武士が皆、怯え始めた。

 後ずさっているけれど、雅様は構えを解かない。


「今更怯えても遅いぞ。貴様らは俺様を怒らせた、ただでは帰さん」


 言うと、足を一歩、踏み出した。

 瞬間――――え?


 雅様が、消えた?


「「「ぎゃぁぁぁぁぁああ」」」


 …………え?


 武士の方を見ると、誰一人残らず地面に倒れていた。


「…………ナニガオキタノ?」


 雅様は、ふぅと息を吐き、竹刀を上から下に勢いよく振り下ろした。


「怪我はないか、美月よ」


 雅様が焦ったようにこちらに駆け寄ってきた。


「は、はい、おかげさまで」

「それならよかった」


 いつも通りの雅様。見たところ、無理をしている様子もなければ、怪我もない。


 良かった。

 本当に、良かった。


「っ、やはり、どこか怪我をしたのか!? どこだ。は、早く屋敷に――……」


 雅様が焦る中、戻ってきたユキさんが落ち着くように肩に手を置いた。


 焦らせてしまい、すいません。ですが、怖かったのです、恐ろしかったのです。


 雅様を見た瞬間、ほっとしてしまい、涙が止まりません。

 死ぬことすら覚悟したんですから……。


「……美月よ、まだ終わってはいない。今すぐに場所をっ――……」


 雅様が途中で言葉を止めた。

 なんだろうと顔を上げると、道の奥をジィ~と見ていた。


 視線を辿ると――――っ。


「美晴、姉様?」


 なぜかそこには、片手に刀を持っている美晴姉様の姿。

 その表情は、困惑。驚愕とも言っていい。


 そのような表情を浮かべ、私を見ていた。


「やっぱり、ここにいたんだ……」


 美晴姉様は驚きで開いていた口を閉じ、歯を食いしばる。

 刀を強く握り、私に向かって歩いて来た。


「貴方が、なんで。……なんでそんな幸せそうな顔を浮かべているのよ!!」

「っ!」


 途中で走り出し、私に刀を振り上げる。

 すぐ、雅様が竹刀で受け止めてくれたが、美晴姉様は引かない。


 力で勝てる訳もないのに、押し続ける。


「なんで、なんで不吉なあんたがそんなに幸せそうなの。なんで、嬉しそうに笑うの!!」


 そ、そんなことを言われても……。


「駄目よ、そんなの。私より幸せになってはいけない。私が、貴方の上に居なければないの。貴方は底辺、私は頂点。私より幸せそうに笑うな!!!」


 ギリギリと、竹刀を押す。

 けれど、雅様に勝てるわけもない。


「そ、そんなことを言われても――……」

「お前が!! この私に!! 意見をするの!? あんたみたいな嫌われ者が。家族に虐げられていたお前が!! 愛されなかったお前が、愛されている私に意見をするのか!!」


 愛されていない……。

 たしかに、私は愛されていなかった。


 家族に愛されず、一つの部屋に追いやられていた。


「愛されもしなくて、冷酷な男に自分の意思とは関係なく嫁がれて。本当にいい気味!! あんたは今後も誰からも愛されることなく、一人で生き続けるのよ!! あんたみたいな不吉な女が笑って過ごすなんて、出来る訳がなっ――……」


 ――――バキンッ


「――――え?」

「へ?」


 竹刀が、刀を、折った……?

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