第17話 博打

 美月に美晴の手紙を渡した女中は、鬼神家から出ると一人、ほくそ笑む。


 周りには誰もいない。

 自然に囲まれた道を歩いていると、急に立ち止まった。


 後ろでまとめていた髪を解き、顔を上げる。

 その視線の先から、一つの馬車がカラカラと音を鳴らし近付いて来た。


 女中の近くで止まると、窓が開かれる。

 そこから顔を覗かせたのは、桔梗家長女、美晴だった。


「渡せたかしら?」

「はい。鬼神家の守りは、雅様の名前を出せばすぐに通してくださいましたよ」

「ふーん。だいぶ緩いのね。貴方は、桔梗家に新しく雇った女中だというのに……。まぁ、貴方の事は美月も知らないと思うし、ちょうどよかったわ」

「美晴様のお役に立てて嬉しいです。お褒めの言葉、ありがとうございます」


 黒い艶のある髪を翻し、美晴は黒い瞳を鬼神家へと向ける。

 怪しく細め、口角を上げた。


「私の手紙を読んで、どんな顔を浮かべるのかしら。見られないのがとても残念だわ」


 うふふと、口元に手を添え楽しげに笑った。


「まぁ、これでも美月に何も反応がなかったら、次の手に移りましょう。私ね暇つぶしに付き合ってもらうわよ、愛しの妹ちゃん」


 甲高い笑い声を上げ、女中を馬車に乗せ走り出す。

 そのまま、桔梗家へと帰って行った。


 ※


 今日は、国についての勉強を主に行った。


「ふぅ……。よしっ、復習しないと」


 今日学んだことをもう一度自分で復習して、頭の中に叩き入れる。

 ここで覚えたと思っても、今後いざと言う時に思い出せなければ意味は無い。


 でも、このあとは剣術の時間。集中しすぎて遅れないようにしないと。


「えぇっと、深水は、雅様が当主になるまでは戦争が絶えなかった国……。鬼神家は、所有している領域が広いから、それを狙っての事と説明を受けたけど」


 雅様の父親も平和主義者で、戦争ではなく話し合いで何とかしようと心がけていたみたい。

 けれど、鬼神家は桔梗家みたいに力がある訳ではなかった為、穴を突かれる事も多かった。


 だから、戦争が耐えず、頭を悩ませる日々の繰り返しだった。


 鬼神家の最大の強みは、所有している領域の広さ。

 深水だけでなく、他の国にも顔が効き、円滑に物資の調達などが出来る。


 町への運搬も迅速に行えるため、他の家が欲しがるのも無理はない。


「当主が雅様へ変わると、事態は一変。無理のない話し合いへと持ち込み、お互い平等になるように案を出し、お互いが納得がいくように事を進め、争いごとは無くなってきた。お互いの徳を持ち込み戦争を少なくするなんて、凄いなぁ」


 それでも、雅様の悪い噂は広がるばかり。

 いつでも無表情で固いし、言葉使いも荒い時があるけど……。


 でも、一番の原因は、雅様が自分の功績を語らない事だと、私と響さんは話していた。


 まぁ、「俺様が国を広げたんだ、もっと感謝しろ」と言っている雅様はまったく想像できないけれど、少しは町の人に伝えてもいいと思う。


 そうすればきっと、本来の雅様を知ることが出来るかもしれない。


 本当は優しく、人一倍守りたい気持ちが強い素敵な方だと。


「むぅ……。雅様は素敵な方なのに~……」


 どうすれば、雅様が優しいということを広げられっ――って、違う違う!


 今は雅様ではなく、国についての復習をしないといけないんだった!


『美月様、いらっしゃるでしょうか。雅様がお呼びでございます』


 え、雅様が?


 ※


 女中さんに呼ばれ、雅様の部屋に行く。

 中に入り、向かいに座った。


「いきなり呼びつけてすまなかった」

「いえ、雅様に呼ばれて嬉しいです。なんでもお申し付けください」


 頭を下げると、雅様は頷き本題に入った。


「今回呼び出したのは、先日話した封筒の件だ」

「は、はい」


 美晴姉様からの手紙についてか。

 何か進展があったのかな。


「貴様に直接封筒を渡した女中は、どうやら桔梗家に新たに雇われた者らしい。だから、美月も知らなかったのだろう」

「な、なるほど……」

「だが、腑に落ちないのはここからだ。なぜ、こんなにも美月に桔梗家が執着しているのか」


 た、確かに。

 なんで、美月姉様はここまで私に手紙渡したかったのだろう。


 桔梗家は、私を捨てたというのに……。


「鬼神家を狙っているのはどことなくわかるが、やり方が遠回りすぎる。大きく出てくれた方がこちらとしては動きやすいのだが……」


 雅様が困っている。

 私も、なにか手伝えないかなぁ……。


「…………どうにも、美月からの返信を待っているみたいなんだ」

「え、私からのですか?」

「そうだ。桔梗家を疑いたくはないのだが……」


 あ、私の家族だから、遠慮しているんだ。

 でも、悩んでいるこの時間も、桔梗家は何かしら動いているかもしれない。


 父の事は心配だけれど、もう、私はあの家族を、家族だと思ってはいない。

 私の家族は雅様だけ。いえ、鬼神家だけです。


「雅様、遠慮なく、桔梗家について調べていただきたいです」

「いいのか? もしかしたら、戦争になる可能性もあるぞ。桔梗家とは、少々厄介な出来事があったらしいからな」


 厄介な事……。

 あっ、そうだ。今日、ちょうど授業で行った。


「まだ、雅様の第よりずっと前、桔梗家と鬼神家は同じ勢力を持っておりましたが、桔梗家の一人娘が治癒の力を宿し、神から与えられたと讃えられた。それがすべての始まり。桔梗家は自分達の血は特別な力を宿す効果があり、他の家より何倍も強いと思い込んでしまった。今まで手を取り合っていた鬼神家を裏切り、国の取り合い。だけれど、力は治癒。しかも、小さな力を治す程度。修行で身に着けた法力を使う鬼神家に勝てず、桔梗家は結局地まで落ちていった。それを救ったのも、その時の鬼神家当主。今は、グラグラな関係性をこれ以上悪化させないように、関わりは最低限にしている――でしたよね?」


 ちょうど習ったばかりだったから覚えている。


「そうだ、良く学んでいるな」

「あ、ありがとうございます」


 笑った、褒めてくださった。

 う、嬉しい。でも、今は喜んでいる時ではない。


「貴様が言った通り、桔梗家と鬼神家は今、仲間とも言えず、だが引き剥がせもしない関係だ。だからこそ、久光の動きは驚いたが、それがどちらの家にとっても大きな博打となった。その火種は、間違いなく貴様だ、美月」


 っ、わ、私が、火種……?

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