第4話 異世界に伝説のアイドルを呼んでみた

クロロン「着いたよ、ここが異世界ガターニア中央大陸連合王国の王都フルマティの冒険者ギルドだ」


 妖精クロロンに案内された立派な中世洋風館を前にし、おれは感心していた。建築様式は18世紀程度か、なかなか進んだ文明もあるんじゃないか。街並みも小綺麗だし、商業も発達してるようだ。これなら生活に不便は無さそうだ。


 しかも森近くの草原から1時間は歩いた筈だが、ちっとも疲れていない。これも神与特性って奴の恩恵なのか。でもまあ徒歩は飽きるし時間が勿体無いな。移動手段についてはまた考えよう。


クロロン「それから、街に入る前に言っておくべきだったけど、ボクの存在はキミ以外には見えないからね。注意してね」


 妖精がそう言うが、そうなのか。そう言えばコイツうっすら半透明な気もする。ここに転生する前の神脳空間とかいうやつと同じ仕組みなのだろう。


ミキオ「わかった」


 そう答えておれはギルドの玄関の前でさてどう入ったものかと思案していた。


ザザ「兄ちゃん、見かけない顔だけど新人? 用があるなら入ったら?」


 いきなり声をかけられた。見れば褐色の肌の若い女だ。ただ耳が長い。これはもしかしてエルフってやつか? 相変わらず期待を裏切らない世界だな。


ミキオ「ああ、すまない…おい妖精、やはりこの世界にはエルフがいるのか」


 おれは空中の妖精クロロンに訊ねた。


クロロン「その通り。この女性はガターニアの総人口20%を占める森の支配種族エルフみたいだね」


ザザ「…兄ちゃん、誰と話してるんだ?」


 怪訝な顔でエルフが聞いてきた。


ミキオ「いや、すまん。ちょっと他の人間には見えない妖精と会話しててな」


 あ、この発言はまずかったか、エルフがいっそう怪訝な顔をしている。いや、ドン引きしている。


ザザ「そ、そうか…そっち系の人か…失礼したね…」


 目を合わせないようにして言っている。これは絶対良くないな、誤解を解かねば。


ミキオ「いや、妖精は単なる冗談だ。おれはギルドは初めてで右も左もわからなくてな」


 そう言うとエルフの女は安心した表情になって言った。


ザザ「初対面の人間にきわどい冗談言うのはやめといた方がいいよ」


 おっしゃる通りだ。しかしよく考えればエルフだの魔法だのと言ってる世界で妖精と言っただけでドン引きされるとは失礼な話じゃないか。同じようなもんだろうに。


ザザ「あたしはここのギルドの職員でザザ・ダーゴンて言うんだ。ついてきな」


ザザ「で、兄ちゃんの名前は」


 受付に通され、女エルフのザザがそのまま受付してくれた。


ミキオ「ミキオだ。ミキオ・ツジムラ」


ザザ「不思議な響きの名前だね、まあいいわ、ここに名前書いて」


 おお、この世界の文字も普通に書けるぞ。どういう仕組みなんだろう。天才のおれにもわからんが、まあこれも神与特性という奴なのか。


ミキオ「すまないが、まだ住所は不定なんだ」


ザザ「仕方ないね、じゃそこはとりあえず空欄で。職業は?」


ミキオ「召喚士だ」


ザザ「なかなかレアな職業だね、これは仕事には困らないだろうね。で、何を召還できるんだい?」


ミキオ「機会があったら見せるよ」


 そんな会話をしていると、奥にいた大柄のトカゲ顔の男…リザードマンてやつか? と、同じく大柄の狼顔の男、ワーウルフとかいうやつとが大声で怒鳴りあい始めた。


ワーウルフ「いい加減にしろ、このウロコ野郎!ハンミアちゃんは俺に惚れてるんだ!」


リザードマン「ワン公、勘違いも甚だしいぜ!てめえのツラ考えてモノを言いな!」


 どうやら女を巡って言い合いになったらしい。馬鹿な連中だ。恋愛なんかにエネルギーを注ぐのは無駄という他ない。


リザードマン「野郎…っ!」


 リザードマンの方がついに剣を抜いた。それに応じてワーウルフも抜刀する。あーあ、何やってんだかこんな所で。職員の女性たちの悲鳴が聞こえる。誰か止めればいいのにと思いよく見ればおれと奴ら以外にはこの部屋の中に男がいないようだ。


クロロン「ミキオ、召喚魔法で止めてあげなよ」


 妖精がそう言うので仕方ない、おれは懐からサモンカードを取り出して呪文を詠唱した。


ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム…」


クロロン「やっと呪文覚えてくれたね」


 妖精にツッコまれつつもおれは詠唱を続ける。


ミキオ「我が意に応え、出でよ!汝、河合奈保子!」


 魔法陣が紫色の炎を上げ、中から八重歯の可愛らしい日本人女性が出現した。これぞアイドルという感じの可愛らしい純白のワンピースを着ている。そしてボリューム感のある髪型と、ボリューム感満点の胸。おれはよく知らないがたぶん80年代前半頃の河合奈保子だろう。


河合奈保子「けんかをやめて〜♪」


 河合奈保子はこの状況を見て躊躇せず歌い出した。今時のアイドルと違って昔のアイドルは繰り返しのボイスレッスンに裏打ちされた確かな歌唱力がある。リザードマンもワーウルフも喧嘩をやめて一度は振り上げた剣をすっかり降ろして河合奈保子の歌声に聴き入っていた。


 歌が終わるとみな呆然としていたが、やがて頬を染めたワーウルフが口火を切った。


ワーウルフ「おいウロコ野郎、ハンミアはおめぇに譲るぜ」


リザードマン「えっ」


ワーウルフ「俺ぁこの娘に惚れた!なぁあんた、名前はなんてんだい」


リザードマン「ずりぃぞ、ワン公!俺が先に目を付けていたんだ!」


 くだらん連中だが、おれが召喚した80年代アイドルにそれだけの魅力があるのも確かだ。5分が経過し時間となったので河合奈保子は消えていったが、消える間際におれにくれた笑顔は太陽のように眩しかった。流石だ。


リザードマン・ワーウルフ「あ、あ…」


 リザードマンとワーウルフが消えていく河合奈保子を残念そうに見つめ、やがてうなだれた。


ザザ「喧嘩がすんだら出ていきな、二人とも!」


 ザザの一声でとぼとぼと出ていく二人。


クロロン「ミキオは昭和の人ばっかり呼び出すね。トシごまかしてる?」


 妖精がそうツッコんできたが、実際に召喚して意味のある人物が昭和の偉人ばっかりなんだから仕方がない。今回の人選だって大正解だったじゃないか。何だコイツは。ツッコミ妖精か。


ザザ「え、召喚魔法てこういうのだっけ?」


 ザザまでそんなことを言ってくる。そんなに変か、おれの召喚魔法は。


ミキオ「まぁいいだろ、それより登録はまだかかるのか」


 そう返してやるとザザはやっとペンを取り直した。


ザザ「あ、そうだったね…ごめんごめん。ハイこれで終わりだ。ミキオは今日からFランク冒険者だよ」


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