第27話

「風ちゃん、大丈夫?」


 顔を覗き込んだのは小百合だった。

 小百合はそう言って、水の入ったペットボトルを風花に手渡す。


 のそのそと上体を起こして、ペットボトル受け取る。


「さっちゃん……ごめん、飲み過ぎた」


 頭がクラクラする。


「ううん」


 小百合は首を振るなり、デスクとお揃いの北欧風の椅子を引いて風花の方を向いて腰掛ける。


「その……この前は言い過ぎた」


 反射的に俯いてペットボトルの蓋を強く閉める。部屋の中にエアコンのモーター音だけが響く。



「私、何度も振られてるんだ」


 思いがけない言葉に、風花は思わず小百合を見た。


 見つめた先の小百合は嘘のように柔らかい表情をしていた。


「この前、試合の前日も断られちゃった……」


 小百合は小さな椅子の座面に膝を曲げて足を乗せる。


「ずっと見ていたい世界があるんだって」


 そう言って笑う小百合の瞳が揺れていた。


「気取っちゃってさ」


 膝を抱えた小百合の腕がキュッと膝を抱え直す。


「さっちゃん……」


 ただ、お互いが羨ましかったことに、気がついた。


「――逢夢のこと、大事にしてあげてね」


 小百合の口元は膝で隠れて見えなかった。


「……うん」


 小百合の気持ちが風花には、鮮明に分かってしまった。



「おはよ」


――12月25日のクリスマス。


 冬の海風は、分厚いコートさえ通り抜け、身を縮めた。


 息を吐いて、かじかむ指先を擦り合わせる。


 逢夢は、そんな風花の手を引っ張り自分のコートのポケットに突っ込む。


 窮屈な空間で、結ばれた手。


 指が長い割に男らしい手があたたかい。


「どうして誕生日のこと、教えてくれなかったの?」


 はっきり口を開くのにも、もう慣れた。


「教えるもの?」


 首を傾げる逢夢。


「ふつー、教える」


 そう言って風花は口を尖らせる。


「私だって、祝いたかったよ」


 できることなら、一日中、祝いたかった。

 一緒には居れたけど。


 知ってるのと知らないのでは違う。

 誕生日は特別だから。


「――プレゼント、何がいい?」


「風花の絵」


 即答だった。


「そんなんでいいの?」


 逢夢が強く頷く。


「風花の絵、一番好き」


――逢夢の笑顔を思い出す。


――そんなことを言ってくれるあなたが、

  私にとっての、一番だった。



「一番が絵って、なんか複雑……」


 風花の苦笑に、逢夢が頬を掻く。

 それから、逢夢はおもむろに立ち上がり、浜辺に向かった。


「逢夢?」

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