呪いを受けた王太子

城ねこ

第1話 呪い

  王太子の率いる辺境騎士団と王国騎士団が、いにしえの神を崇める一族を一夜にして壊滅させた報せは瞬く間に王宮まで届き、父である王は祝賀会の催しを配下に命じた。


  一夜で壊滅できるほどの規模の粛清に大袈裟な祝賀会は必要ないと王太子から言い含められていた宰相は夜会程度に留めるため、国の重鎮やその令息令嬢に招待状を送った。後処理を終えた王太子の帰還は二月と目処をつけて準備をし、予定どおり王太子と王国騎士団、壊滅に加わった辺境騎士団の帰城を待った。




「呪われたぞ!この国はこれで終わる!」


 煌びやかな祝賀会の場に広がる大きな声と紛れ込んだ不審者に謎の液体をかけられた俺に高位貴族らの視線が集まる。白い近衛の制服を身にまとった騎士が駆けつけ、給仕の姿をし興奮する醜い男を取り抑える。


「殺すな。四肢ししを縛り猿轡さるぐつわを。地下牢へ連れていけ」


 俺の声がこの騒動に音楽まで消えた会場に広がる。


「殿下…御召おめし物が…」


  後ろからかけられた声に謎の液体をかけられため息を吐いてから応える。


  隣に立っていた婚約者を盾にしようと腰に手を回したがかわされ、逆に盾にされた。煮え繰り返る腹を隠し微笑んで自身の婚約者を振り返る。


「リリアーナ、そなたは無事か?何もかかっていないか?」


 先ほどの呪いという言葉を気にしてか、婚約者リリアーナ・マイルは少し離れ、上目使いで緑の瞳を潤ませ顔を振った。


「殿下のおかげでリリアーナは無事ですわ。呪いだなんて…大丈夫ですの?」


 謎の液体をかけられた体で抱きしめてやったらどんな声を上げるかと想像しながら婚約者を見つめる。


「なんともないよ。……液体をかけられたけど濡れていない…」


 確かに何かを体に受けた感覚があったのに、騎士の正装服にはなんの染みもない。


「ロイ!無事か!?怪我は!?」



「父上、触らずに。痴れ者の尋問をせねば…」


  顔面蒼白になりながら近づく父王に止まるよう、手を伸ばす。


「皆、騒がせてすまない。残党が紛れていたのは指揮を取った私の落ち度だ。会を楽しんでくれ!私には仕事ができた」


 ざわめく会場に向けて声を発し、気にすることはなにもないと微笑みを絶やさずに伝えると止まっていた音楽が奏でられ、いつもの夜会に戻った。


「父上、私は処理に…この場は任せます。リリアーナ、悪いが私はやることがある。マイル公爵と共にいてくれ」


 ロイはリリアーナの肩に触れ、エスコートはもうできないと伝えた。


『いやっ…肩に触れないでよ!呪いが移ったらどうしてくれるのよ!殿下は平気そうだけど気味が悪いわ…邸に戻るわ…イリヤに慰めてもらわなくちゃ…お父様と帰るわ』


「殿下…帰還したばかりですのに…無理はなさらないで」


 リリアーナの肩から手を離し桃色の波打つ髪を揺らし涙ぐむ愛らしい顔を見つめ、長く細い息を吐いてから、顔の前で組まれた小さな手に触れる。


『なっ…なんでまた触れるのよ!あの男を尋問して無事を確認してから触れなさいよ!』


 大きな緑の瞳を見つめて小さな手を掴んだまま持ち上げ、甲に口づけをする。


『やめて!』


 へえ…ふむ、くくっこれが呪い?愛らしく俺を心配する姿は外面だけで、心では止めろと叫ぶ…だが証明できてはいない。俺の頭がおかしくなったか?


「リリアーナ、顔色が悪い。マイル公爵と帰るか?」


『帰るわよ!お父様とすぐに帰る!離して!ああ、イリヤ…清めてもらわなくちゃ』


「えぇ…驚いてしまったみたいですわ。殿下の祝賀会ですのに申し訳ありません」


 掴んでいた手を離し、心配そうに見ていたマイル公爵を手招く。


「マイル公爵、リリアーナは疲れたようだ。ゆっくり休ませてやってくれ。未来の王太子妃だ…大事にしなくては」


 公爵の頷きを確認してからリリアーナの隣を離れようと体を傾げ、すぐ元に戻して彼女に一歩近づくと可憐な顔が強ばり口許がひきつった。だが公爵令嬢は淑女のかがみ、すぐに微笑みを戻し目尻を下げて俺を見つめる。その姿を目にして一つ確信に近づく。


「では」


 今度こそ婚約者に背を向け王宮の奥へと足を進める。


 会場の扉が閉まり、音楽から靴音に変わった響きの中を複数の近衛を引き連れ牢へ向かう。


「生きているだろうな?」


 頭を下げ待っていた騎士に問いかける。


「は!直ぐに猿轡を。手足も縄で後ろに」


 地下牢へ降りる階段で報告を受ける。


「一族の生き残りか。全て駆逐したと思ったが」


「森を焼きましたが、逃げたのか元々離れていたのか」


 隣を歩くライドの呟きが狭い階段に響く。


「殿下、お体は?」


 答えずに牢へ向かう。鉄格子の向こうには冷たい石床に転がされた醜い男が足音を聞いて暴れている。


「ライド、他の騎士を下がらせろ」


「しかし殿下…」


 俺は二度は言わない。視線をライドに移し、早くしろと伝える。地下牢には俺とライド、醜く転がる男だけになった。


「開けろ。猿轡を緩めろ。決して外すな」


 俺の命じにライドが動き、鍵を開けて転がる男の体を起こし、後ろから抑えながら猿轡を緩ませる。


「話せ」


 俺の言葉に男は血走る目を見開き、邪魔な猿轡を気にもせず声を上げる。


「よくも俺の一族を!復讐だ!この国を滅ぼしてやる」


「どうやる?」


 男は汚い歯を剥き出し笑う。


「貴様を呪った!余生を楽しめ!」


「私は余生を楽しめるのか。ありがたいな。呪いではなく祝福か?」


 男は笑みを消して下から俺を睨む。


「もう効いてるはずだ…まだ誰にも触れて…?いや…どんどん強くなる…苦しめ!お前は俺に助けを乞うさ!」


 なるほど。やはり触れることに意味があるのか。ならばリリアーナの本心が聞こえたというのが正しい結論?どんどん強くなるか…


「ライド、猿轡」


 再び猿轡をされた男はまだ話し足りないのか何かを叫んでいるが無視をする。


「殿下…本当に何もないのですか?」


 牢の鍵を閉めたライドが心配そうに問いかける。


「ああ…確かめてみるか、行くぞ」







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