第二十七話 新妻、古志加、其の一

 午後。


 可須美かすみが、自分の部屋───毛止豆女もとつめ(正妻)の部屋でくつろいでいると、


日佐留売ひさるめ、また来たよー。」


 気軽な声であらわれたのは、古志加こじかである。


「可須美さま、ご機嫌麗しゅう。」


 耳に紅珊瑚の耳飾りを光らせ、綺麗な礼の姿勢をとる。

 所作は女性らしいが、とにかく背が高い。肩幅も広い。

 美しく化粧し、髪も高く結い上げ、椿の花を飾っている、美しい女だ。

 彼女は、可須美が上野国かみつけのくにに来た夜の祝宴で、たった一人の女の衛士えじとして、男の衛士たちのなかに混じって笑っていた、その人である。

 今では衛士をやめて、大川の従者、三虎の妻になった。

 日佐留売ひさるめが、頬に片手をあて、困ったように、おっとりと笑う。


「また遊びに来たのね。可須美さま、迷惑でしょうか?」

「いいえ。古志加が遊びに来てくれるのは、歓迎よ。」


 可須美は、日佐留売から、古志加の恋路を微細に語ってもらった。なんともウズウズ、むずむずする恋愛の末に、古志加は恋愛を成就させた。

 そんな話を聞くと、古志加のことを可愛いと思ってしまう。

 恋の話の効果である。

 ちなみに、この恋の話は本人不在のところで語られた。


「わーほーい、ありがとうございます!」


 無邪気に笑った古志加は、ぴょん、とその場で飛び跳ねた。


「まあ……!」


 可須美はつい、ゆっさと揺れた胸に目が釘付けになった。背子はいし(ベスト)で隠されていても、尋常じんじょうでなく、たわわなのが良くわかる。


「おおきい。」


 以前、 嬉嬢キジョウ………嬉嬢きのいらつめと仲良くお風呂にはいった時、嬉嬢きのいらつめは、可須美を見て、唐語で同じ意味の言葉をつぶやいた。

 可須美も大きいほうだと思うが、古志加は、可須美より、立派であった。

 人は、────同じ女性同士であっても────豊かすぎる胸を見ると、つい、おおきい、とつぶやきたくなってしまう生き物であると、可須美はこの時になって悟りを得た。

 古志加は、自分の頭の上をおさえて、てへっと笑った。


「えへへ、良く人から言われます。あたし、普通の男と同じくらい、背丈あるんで。」


(ああ、ちがうわ、古志加。それはね………、きっとあなたの胸………。

 いえ、言わないほうがいいわね。)


「また、衛士としての話をしてちょうだい。女なのに、剣をふるって、いつ話を聞いても、感心します。」

「はい、いくらでも!」


 古志加はよく日焼けした顔で、明るくにこにこ笑う。


「可須美さま、ご機嫌麗しゅう………。あ、古志加だ。」


 ふらりと穎人かいひとさまがあらわれた。


「可須美さま、ごきげんうるわしゅう。古志加だーっ!」


 穎人かいひとさまの後ろから、ひょっこり顔をだしたのは、多知波奈売たちばなめだ。

 日佐留売ひさるめが、


「あら、穎人かいひとさま?」


 今は来る時間ではなかったはず、と、首をかしげた。


「ふきのとうを見つけて、可須美さまがご存知かどうか、と思って、ふきのとうを持参しました。このあと、すぐに博士のところへ向かいます。」


 穎人かいひとさまが照れくさそうな顔をする。


「ふきのとう、何かしら? 見せてください。」


 可須美は好奇心でわくわくする。


「これです………。」


 穎人かいひとさまがそばにきて、手に握りしめていた、小さな芽を見せてくれた。


「隷冬花ね。唐でもありますわ。」

「そうですか。」

「見せてくれて、嬉しいです。

 また、何か見つけたら、見せてください。」

「はい!」


 多知波奈売たちばなめは古志加に突撃した。


「古志加だー! 遊んでー!」

「いいよお。があおお。たーけびすざくだぞぉぉ。」


 古志加は、五歳の多知波奈売たちばなめにむかって、襲いかかるように手を広げる。


「きゃっ、きゃっ!」


 多知波奈売たちばなめはおおはしゃぎで、古志加から逃げはじめる。古志加は子供のあしらいに慣れている。

 左腕を治療してもらった霽成はるなりが、部屋に戻ってきて、多知波奈売たちばなめを見て、


「ひっ。」


 と顔をひきつらせたが、古志加に遊んでもらってるのを見て、あからさまに、ほっとした顔をした。











↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818792439501860829

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