第18話:「文豪」とのコンタクト

 出版社)


 ここは央端社。東北の小さな出版社。新人編集員和田はわくわくしていた。入社して一年は新しいことに次々触れるので意欲的に仕事をしていたが、2年目、3年目となると良く言えば仕事に慣れてくる。悪く言えば新しい刺激が減り、大変さが見えてくるので仕事の嫌な面ばかりが見えてくる。


 大手と違って央端社レベルの出版社では毎月何冊も本を出す資金力も編集力もない。もちろん、自社でも本を出すが、作家が資金を出す自費出版もある。そこまでやって月に2〜3冊だ。


 自費出版のほとんどは店頭には並ばない。店頭に並べるだけの費用も力がないのだ。ネット書店と注文だけだと、無名作家の本は1000冊も売れない。300から500冊いけば健闘した方だろう。


 そういう状況の中、自社で出す本は失敗は許されないのだ。今回は新人編集員の和田が本の原稿を書くことになった。


 先行で「文豪」の暴露本を出版し、世間の話題を集めたところで和田の本が発売される計画だ。なにを置いても「文豪」とコンタクトを取る必要がある。


 ネットに公開されているWEB小説によると、「文豪」は出版を希望している。それを可能にしようというのだから、連絡さえ取れれば実現の可能性は極めて高い。


 その上、和田が書く本の内容にもなるのだ。事の顛末は詳細にメモに残していく。「文豪」からメールなどが来たらそれも公開すれば、本の内容にリアルさが増す。なにしろ本物なのだから。


 ひとまず、ここでは「文豪」とのコンタクトを成功させたいところだった。今までは、「文豪」から一方的に原稿が送られてきていた。それは会社の原稿受付フォームからだった。申し込み者から言えば、央端社のホームページ上で名前や住所、電話番号など必要事項を記入して、原稿データをアップロードしたら「申し込みボタン」を押せば完了だ。


 逆に央端社側からはメール形式で和田のところに届くようになっている。一応、WEBからも一覧で申込者が見れるようになっているのだが、以前の担当者がずっとメールで受信していたらしく、慣例的にそのようになっている。


 通常ならば央端社の編集員の和田としてはメールを見て、そこに書かれているメールアドレスにメールを送ればコンタクトが取れる。ところが、「文豪」は名前も住所も電話番号もメールアドレスもでたらめだったのだ。名前は「文豪」、住所は央端社の住所が記載されていて、電話番号はつながらない。メールアドレスにメールを送ってもあて先不明で送信ミスになるのだ。


 それでも「文豪」にコンタクトを取らないと出版にこぎつけることができない。原稿があるだけでは本にできないのだ。そこで、和田が考えた方法はWEB小説のサイトである。WEB小説のサイトは読者が感想を書き込むことができる機能がある。これを使うことにしたのだ。既に、一般の人からの書き込みは多い。「文豪」の事件がワイドショーなどで放送されるようになると、それに比例してWEBサイトのアクセスも増えていった。当然書き込みもあり「人殺し!」などの罵倒から「つぎはよ」など煽るもの、「世の中の全DVを破壊してくれ!」などと崇拝にも似た書き込みがあるのだった。


 和田はいたずらと思われないように、ひたすらに硬い文章で書き込むことにした。


『私は東北の出版社の編集員で和田と申します。

 貴殿の原稿を最初からいただいています。返答が遅くなって申し訳ありません。

 つきましては、貴殿の原稿について出版のお打ち合わせをさせていただきたく、ご連絡させていただきました。お手数ですが、当社ホームページへ連絡のつくお電話番号もしくはメールアドレスを投稿いただけないでしょうか。よろしくお願い申し上げます。

 株式会社央端社 編集部 和田進一


 弊社ホームページのURLは、https://~』


 書き込みを行った翌日から、「偽文豪」が数人申し込みをしてきた。以前の原稿を再送付してもらう様に依頼したところ、そのほとんどから返事が無くなり連絡がつかなくなった。1件をのぞいて。


 そして、その1件はこれまでの殺人が1人1章の形で書かれた原稿を送ってきた。その原稿を見ると、被害者の名前、住所、年齢、職業が記載されており、それは新聞やワイドショーで発表になっているものと合致していることが分かった。もちろん、被害者の住所についてはワイドショーなどで公開されていなかったので、Googleマップのストリートビューでその住所の建物が存在するかの確認に留まった。


「文豪」と央端社編集員和田とのやり取りはメールのみで行われたが、和田がメールを送ったらいつ送っても10分以内に返信がきた。そのため、メールなのだけれど、チャットの様なやり取りになった。伝えたい事だけ簡潔に返してくるので、和田も段々と簡潔な文章になって行った。


 その一部は以下のようだった。


 和田『央端社の和田です。貴殿の原稿を出版させていただきたくご連絡させていただきました。よろしくおねがいします』


 文豪『了解。特に条件はない。いつ店頭に並ぶのか?』


 和田『校正だけは一応入れさせていただき、順調に行けば4か月ほどで店頭に並ぶと思われます。本のサイズ(文庫本、単行本など)、扉絵、挿絵などご希望ありますでしょうか?』


 文豪『特にない。貴社に一任する』


 和田『ページ数は概ね170頁ほどを見込んでいまして価格は1650円でいかがでしょうか? 印税は10%を考えています』


 文豪『了解』


 和田『通常はお打合せする項目ではないのですが、印税のお渡し方法になります。どのような方法が可能でしょうか?』


 文豪『不要。被害者とその家族へ分配を希望』


 和田『被害者様とそのご家族様ですか……了解いたしました。では、事前に弊社から各ご家庭にご連絡させていただいても構わないでしょうか?』


 文豪『貴社に一任する』


 和田『ここからは出版には影響しないお話なのですが、弊社分の利益も実は被害者様とそのご家族様にお渡しすることを考えていたのですが、問題ないでしょうか?』


 文豪『不問』


 和田『出版に当たり、世の中からのバッシング等により出版が止められることも予想されます。出版を成功させるためにも、弊社としてはあくまで情報を開示して今後の被害を減らすためというスタンスを取らせていただけたらと考えております。問題ございませんでしょうか?』


 文豪『不問』


 和田『個人的な興味で恐縮なのですが、被害者の方にはなんらかの共通点というか、選定方法がおありなのでしょうか?』


 文豪『今後公開』


 和田『今回の連続殺人には何かしらの目的がおありなのでしょうか? また、出版以外のご希望、ご要望がおありでしょうか?』


 文豪『今後公開』


 和田『本のページ数などの関係で知りたいのですが、今後も殺人は続くのでしょうか? なにかご要望が満たされたら止まるものでしょうか?』


 文豪『今後公開』


 あとは、内容を訊ねても同様の返答のみで踏み込んだことが聞けることはなかった。ちなみに、メールアドレスのヘッダを開いて、送信元は海外のサーバーとなっており、VPNなどを使ってどこから送信したかすら特定できないようにしていると思われた。もしかしたら、この情報を警察に届けた場合、なにかの手掛かりになるかもしれないと一瞬和田の頭をよぎったが、それが分かった瞬間に出版の話も無くなることは自明の理。警察に聞かれたわけではなかったので、黙っておくことにした。無意識に最初に交番に原稿を持ち込んだ際、邪険にされたことが働いていたのかもしれない。

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