第14話:出版のルール

 出版社)


 ここは東北の小さな出版社である央端社。「文豪」が殺人予告をすると同様の原稿が小説形式で書かれた原稿が持ち込まれている出版社である。持ち込まれていると言っても、会社のホームページの原稿受付のファームへの投稿だ。メールアドレスはでたらめだし、名前は「文豪」となっていて、犯人に辿り着く情報はなかった。


 問題はその内容で、殺人事件がミステリー形式で書かれていた。文章としてはそれほど悪くないもの。本人が「文豪」と名乗る程度には読める文章となっていた。それよりも、その作品の中の殺人事件が実際に行われていることで小説に厚みが出ていたのだ。


 少々稚拙に感じるトリックも実際にその方法で殺害されていたら茶々の入れようがない。「実現不可能だろう」などと横やりを入れようとしても、実際に行われているのだから返す言葉もないのだ。文章の中に「こうして警察の目をごまかした」と書かれていて、「そんなことができる訳がない」と思っても実際に人は死に、1件目は自殺と判断され検死、つまり解剖すらされていない。2件目は殺害こそ失敗しているものの女子高生が手足を切断され、宅配便で自宅に送りつけられるというショッキングな事件だった。彼女は死ぬ寸前までいっている。3件目は心臓まひとして自然死扱いで処理されたという。これも「文豪」の小説に書かれていた通りだったのだ。


「文豪」の小説でWEBに公開されるWEB版と央端社に送られる原稿の違いは被害者の名前が実名で書かれていることだった。WEB版では被害者の名前は「〇〇〇〇」などと伏字になっていた。住所も名前も職業も特徴も分からない人間を探すのはほぼ不可能だ。


 しかし出版社に持ち込まれる原稿の方は「伊藤重三」「会社員」、あとは殺害方法が詳細に書かれていた。2件目は住所まで書かれていたほどだ。特に殺害方法については1件目は首吊り自殺、3件目は心臓まひに偽装されていた。そのため、この原稿が無ければ警察も殺人だと把握できなかったのである。


「編集長、警察から連絡がありました」


 出版社の机の上に雑然と本や資料の紙がうずたかく積み上げられたオフィスで新人編集員和田が言った。


「なんだって?」

「第4の殺人予告が行われたそうです。『文豪』からの原稿を提出してほしいとのことでした」


 前回は和田が近所の交番に原稿を持って行ったが、あまりいい反応はされなかった。むしろ、書類を書かされる分、対応した警察官の反応は良くなかったのだ。しかし、既に3件目の殺人が行われた後だ。そこに犯人が書いたと思われる記録があるのならば警察は提出を求めてくるのが当然だろう。


「うちで原稿を持っていて、本として出版できたらその本は売れますよね!?」

「警察に非協力だと犯人隠避とかって言われたら出版差し止めにされる」


 世の中にはルールがあり、そこから外れると商売としては成り立たない。


「依頼があったんだったら、出すしかないだろ。印刷して持って行ってやれ」

「……承知しました」

「ちなみに、内容は読んだのか?」

「はい……一応……」


 和田は浮かない表情をしていた。


「どうした?」

「その……今度は……今度こそは現実味がないというか……さすがにイタズラだと思います」

「どういうことだ?」


 編集員和田は編集長小室に読んだ内容をかいつまんで説明するのだった。


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