第10話:3人目の被害者の詳細
警察)
「飯島の働きでガイシャの身元が分かった」
署内の捜査会議だった。福岡のいくつもある警察署の中の一つ、西早良警察署での会議室で行われている捜査会議。刑事課のメンバーが集まっている中、刑事部長が飯島の成果を褒めた。
「いえ、刑事としてのカンと執念でガイシャを見つけ出しただけです。これからも犯人逮捕に邁進します」
捜査会議には刑事ばかり10人以上参加していたが、口々に「すげえ」、「さすが」と飯島を称えていた。飯島は警察署の中では古株でちゃんとした刑事に見えた。その理由の一つが、佇まいというか外見である。長身で186センチもあり、テレビドラマの刑事のように様になっていた。そして、もう一つがイケボだった。時として豊川悦司にも見えるほど声も姿もイケていた。
静かなどや顔で長テーブルの席に座り直した飯島の隣には相棒として海苔巻が座っていた。彼女は飯島に顔を近づけ耳元で他の誰にも聞こえない程度の小さな声で言った。
「私、うなぎ……食べてみたかったんす」
無言のまま難しい顔をして海苔巻を見返すベテラン刑事の飯島。海苔巻はニコニコの笑顔だった。いや、少しニヤニヤの要素が入っていたかもしれない。被害者の見つけ方のアイデアは海苔巻あやめのものだった。それを黙っておくから、うなぎをごちそうしろ、という飯島の優越感と承認欲求を人質にした取引きの持ちかけだった。
「……分かった。でも、給料日の後だ」
「了解しました。じゃあ、『松』で」
海苔巻は鼻の頭を親指で触ると、いたずらっ子の子どもの様な表情だった。
「そこはせめて『竹』だろう」
「じゃあ、『竹』で。私、う巻きも食べてみたかったんすよねー。楽しみにしてるっす」
「……」
どうやら交渉は成立したらしい。頭を下げさせてうな重の「竹」を勝ち取るあたり海苔巻あやめは交渉ごともいけるらしい。さらに、うなぎを玉子焼きで巻いたような料理、「う巻き」もおごらせるつもりらしい。
「じゃあ、飯島から。ガイシャについて説明してくれ」
「……はい」
刑事部長の声で飯島が立ち上がった。自分の優越感と承認欲求を満たすことで財布の中の大事な何かを失ったことに疑問を抱き始めた飯島だったが、当てられてしまったのだから今は色々考えずに手帳を見ながら説明を始めた。
「『文豪』の連続殺人と見られている3件目の被害者は
ペラリと手帳のページをめくり続けた。
「妻、
飯島が発表を終えると席についた。その後、各刑事からいくつかの質問が出た。分かる範囲飯島が答え、分からないところは聞き込みをすることとなった。それを踏まえ、最終的に刑事部長が捜査の方向性を話し始めた。
「伊藤が自然死だとして、どうやってそれを『文豪』が知ったかってことだ。やつは実際には殺してなくても虚偽に殺したと言って世間を騒がせている可能性もある。伊藤の交友関係を当たってくれ。あと、1件目との関連もあるかもしれん。伊藤の周囲で最近死亡した人間がいないかも当たってくれ」
「「「はい!」」」
刑事課一同が返事をした。まるでドラマの1シーンであるかのようだった。
***
「はあ〜〜〜! 刑事って感じでしたねぇ」
少し後、パトカーで移動中に新人刑事海苔巻あやめが感動しながら言った。刑事ドラマなどに憧れがあったのか、目がキラキラしていた。雰囲気はぽわぽわしている。
「これから科捜研に行くぞ」
そんな新人を引き締めるため、ベテラン刑事飯島がイケボで言った。もちろん、運転はベテラン刑事飯島だ。
「偽沢口靖子に会いに行くんですか? 見た目は全然違いますよね! 詐欺です詐欺! でも合法ロリは好きす」
「バカ、被害者の状況を詳しく聞きにいくんだよ。相手は本物の女優だ。あんなのが警察内部にいてたまるか。現実はドラマとは違うんだよ」
「飯島さん、『科捜研に行く』って響きに酔ってる訳じゃないですよね!?」
「……」
パトカーは科捜研に向かったのだった。その後、飯島は科捜研に着くまで一言も口をきかなかった。
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