強くなるためにVRMMORPGで自宮したんだ。え、僕が女装なんてするわけないじゃん!

玲音

第一回

「お……お店員さん……」


「何?」


「な……なんでもないです……」


 店員さんに睨まれた瞬間、僕はすぐに縮こまった。反射的に謝りながら後ずさりして、手に持っている箱を見つめた。【武侠仙蹤】って書かれたその文字を見て、後悔がこみ上げる。でも、また店員さんのところに戻る勇気が出ない。


【武侠仙蹤】は新しく発売されたVRMMORPGで、なんと人の意識をサーバーにアップロードできるという新技術を使用しているんだ。視覚や聴覚だけじゃなく、他の五感までもシミュレートできるって言うから、これまでのVRゴーグルの限界を超えて、まるで現実世界にいるかのような体験ができるんだって。


 ゲーム会社はとても野心的で、一気に四つのゲームを開発したんだ。中国武侠スタイルの【武侠仙蹤】、剣と魔法の世界の【奇幻秘境】、SF未来風の【星海之夜】、そして西部劇の【荒野恋曲】。将来的には教育ソフトとしても使われる予定だって聞いたことがある。


 僕は正直、ゲームにあまり興味がないけど、友達の裕貴と亜美がテストプレイヤーで遊んでたから、彼らに勧められてつい予約しちゃったんだ。


 もちろん、僕が注文したのは【奇幻秘境】だよ。だって、裕貴と亜美がそのゲームでテストしてたから。でも、なぜか僕の手元にあるのは【武侠仙蹤】!絶対に店員さんが間違えたんだよ!これ、どうやって二人に説明すればいいんだ……あああああ!


 でも、さっきの店員さん、めちゃくちゃ怖かったよ……。間違いを指摘しに戻ったら、怒られて殺されそうだ……うう~~~。


 もういいや、家に帰って考えよう。幸い、僕は中国語を第二外国語として勉強してるからね。それは、父さんの仕事の取引先に中国人が多いからなんだ。自然と耳にする機会が多くて、僕も興味を持つようになったんだよ。だから、中国の小説サイトで武侠小説とかも読んだことがあるんだ。


 仕方ないから、僕は【武侠仙蹤】の箱と新しいVRヘッドセットを抱えて店を後にした。もっと悲惨なのは、帰りの電車で痴漢に遭っちゃったことだよ。最悪の日だ……。


 家に着くと、すぐにゲームをインストールして、指示通りにベッドに横になってVRヘッドセットを装着した。メタルのゴーグルが目もすっかり覆ってくる。起動すると、まずゴーグルに扉が映し出されて、扉が開くと光が漏れてきて、そのまま僕を吸い込むみたいに包み込んでいった。


 光が消えた時には、僕は広々とした場所に立っていた。周囲は真っ暗で、どこまでも続いているように感じるけど、僕が立っている場所だけがライトで照らされていた。目の前には鏡があって、ゲーム内の僕の姿が映し出されていたんだ。


 このゲームは、普通のVRMMORPGと違って、性別や外見を大幅に変更できないんだ。身長や体型も少しだけ変えられるけど、あくまで微調整って感じ。基本的には髪型や髪の色、耳の長さ、タトゥーや傷の追加くらいしかできない。


 だから、鏡に映っているのは現実の僕の姿……。


 そう、そうなるはずだったんだけど……。


 なんだかちょっと違和感がある……。


 髪型じゃない。現実では顔を髪で隠していたけど、ゲーム内ではポニーテールにされていて、顔が丸出しになってて、なんか恥ずかしい……。特に髪がないと、他の人と直接目が合うからさ……。


 髪の色でもない。ゲームでは僕の髪の色をアッシュブロンドに変えているみたいだけど、現実の僕の髪も黒じゃないけど、こんなに淡くないんだ……。


 手足でもない。少し細くなってる気がするけど、誤差の範囲だし……。肩も別に狭くなったわけじゃない。もともと広くないし……。


 たぶん腰が細くなったのでもないし、お尻が丸くなったのでもないんだ……。いや、もう考えたくない。現実逃避してるって言われても構わないよ……。


 そして、名前を入力する場面になった。目の前にバーチャルキーボードが表示されて、いつも使っているハンドルネームを入力したんだ。「じえ」ってね。次のステップに進むと、門派を選ぶ画面が表示された。


 やっと少し安心できたよ。


 ゲームには15個の門派があって、正道せいどう、中立、魔門まもんに分かれていて、さらに五行属性に基づいて分類されてるんだ。その中には、男性しか入れない門派もあるんだ。例えば少林しょうりんがそうで、少林寺は中国の少林寺しょうりんじで、武侠小説ではよく武功の祖として描かれる場所なんだ。少林寺は男性しか修行できないから、僕はここを選んでホッとしたよ。少なくともゲームは僕を女性として扱わなかった。


 これが初めてじゃないんだよね。僕は小さい頃からよく女の子に間違えられてたんだ。身長がちょっと低いだけで、すぐに女の子扱いされるなんてひどすぎるよ……。


 でも、僕がそうやって愚痴るたびに、裕貴と亜美は「まず自分の顔を鏡で見てみなよ!」って言ってくるんだ。なんだよそれ!でも、ゲームが僕をちゃんと認識してくれたおかげで、ちょっとこのゲームが好きになったかも。ただ、女性っぽいビジュアルの強化は、どうにかならないかな……?


 ともかく、安心したからゲームを楽しむことにしたんだ。門派をじっくり一つ一つ見て、どれにしようか決めることにした。間違っても、そこまで大事にはならないと思うけどね。


 門派は自分の武器を決める上で重要なんだ。各門派には、それぞれ得意とする武器が2つあって、例えば少林寺しょうりんだと棍と拳、五毒教ごどくきょうだと鞭と暗器なんだ。


 次に、属性が決まるんだ。門派ごとに属性があり、その属性は中国の五行に基づいてるんだ。金、木、水、火、土っていう五つの要素があって、それぞれが相生相剋の関係にあるんだよ。例えば、木は火を強くするから、木と火は相生関係。逆に、土は水を弱めるから相剋関係なんだ。


 最後に、門派には正義、中立、悪の三つがあって、同じ属性の門派同士なら武功を学べるんだ。正義の門派なら、少林寺しょうりんとか武当派ぶとのように、他の正義の門派の武功を学ぶことができる。ただ、悪の門派、例えば五毒教ごどくきょうには入れないんだ。


 よし!門派を決めたら、いよいよゲーム開始だ!


     *


 五行相生相剋の関係:


 金生水、水生木、木生火、火生土、土生金

 金剋木、木剋土、土剋水、水剋火、火剋金

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