06女神様の加護

 目を覚ますと、片目に傷のある女性が俺の顔を覗き混んでいた。

「おっ、目を覚ましやがったか」

 その女性はボサボサの赤い髪で鋭い目付きをしており、かなりガタイのいい体格をしている一見すると盗賊の頭領かと思ってしまうほどの風格がある。

 しかし、そういった印象に反して彼女が身に付けているのは紫色の修道服だった。

 俺が目覚めた場所はさっきの酒場ではなくベッドの上――そして、修道服を来た女性がいるということはおそらくここは教会の施設なのだろう。

「とりあえず立ってみな。しっかり回復させたから特に後遺症はないはずだ」

 彼女に促されベッドから出て立ち上がると、確かに足がふらつく感じも頭痛も残っていない。酒を飲んで倒れたというのが嘘のようだ。

「おい、ランカ! ヒイラギ! お前らがつれてきたやつが目を覚ましたぞ!」

 彼女に呼ばれランカさんとヒイラギさんが俺のところへやって来た――そして、ヒイラギさんの手には木製のコップが握られていた。

 見覚えがある。あの酒場で出されたやつと同じだ。

 つまり彼女が手にしているその中身は間違いなく酒だ。

.

 ――さっきあんなに吐いていたのにもう酒を飲んでいるのか。


「ん? そんなに見つめてどうしたの? 美人過ぎて見とれてた? いや~若者には大人の色気は刺激的すぎたかな?」

 珍獣に向けるのと同じ視線を送っていたのだが、都合のいい解釈をされてしまった。

「しかし、一口ぐらいしか飲んでないんだろ? 流石にそんなに酒に弱いやつは始めてみたぜ」

「まぁ、誰でも最初から強いわけではないから。君もそのうち私みたいな立派な酒飲みになれるよ!」

「……まぁ、ヒイラギみたいにはならない方がいいと思うが」

 呆れたようにランカさんがそうツッコミをいれたが、ヒイラギさんは全く聞いていなかった。

 このマイペースさはお酒のせいなのか彼女の元々の気質なのか。今のところ素面の彼女を見ていないので判断しかねる。

「それで、こいつはいったい何者なんだい? 我が町を代表する冒険者二人がわざわざ世話を焼いているってことはただ者じゃあないんだろ?」

「彼はヒイラギと同じ別の世界からやって来たタケシだ。今日、森の中でオークに教われているところを保護したんだよ。今後、どうするかも含めて、ヒイラギと話すためにこの町に連れてきたんだ」

「おいおい。ヒイラギが数年前にこの街に現れたときにも結構な騒ぎになったのに、また転移者が現れたっていうのか? 一応、転移者なんてそうそう現れない存在のはずだぞ。転移者がよく現れる街ってことで街おこしでもしちまうか?」

「いいねぇ、私の名前のついたお酒でも造ろうよ」

「……これ以上飲んだくれが増えるのは私の仕事が増えるから嫌だよ」

 呆れるようにシスターは呟いた。

 まるで盗賊の女頭領のような外見をしたこのシスターの名前はエライザというらしく、この街の教会にいるシスターの中で一番偉い立場にいるらしい。

「なら、とりあえずは女神様の加護を受けさせようか。ヒイラギと同じでいきなり高ステータスな可能性があるからね」

「加護ってなんですか?」

 俺が尋ねると、エライザさんは詳しく説明してくれた。

 この世界の人々は生まれた時に教会で女神さまの加護を受け、そうすることで能力が解放され、魔法を学んで使うことが可能になり、魔物に殺されても教会での蘇生が可能になる。生まれたときには誰もが能力はレベル1で、その後多くの人間はせいぜいレベル5までしか上がらないらしい。

 しかし、中にはそれ以上にレベルを上げることができる者たちがいて、高レベルになるほど、高い戦闘力や強力な魔法を得ていく。それを活かし魔物と戦い、様々な依頼をこなしていく存在を冒険者というそうだ。

「そして、転移者が加護を受けると、最初から高いレベルになる上に固有の特殊なスキルが付与されるらしい。私も転移者なんてヒイラギしか見たことないから、絶対なのかそうなりやすいだけなのかは分からないけどね」

 ランカさんとヒイラギさんには外で待ってもらい、俺はエライザさんと教会の中へ入った。

 中央には目をつぶり胸の前で手を握っている女性の像が立っている。

 おそらくあれが女神教の女神様なのだろう。

 教会の中には椅子がたくさん並べられているが他に誰の姿もない。シーンと静まり返り冷たい空気が流れている。

 エライザさんは女神の像の前に立ち、こっちに来いと俺に手招きした。

「それじゃあ始めるよ。片膝をついて、頭を下げ目をつぶりな」

 俺は言われるままに、エライザさんの前で片ひざをつき、目をつぶる。

 しばらくすると頭のてっぺんがかすかに暖かくなって言うのを感じた。


「《名前を言いなさい》」


 それは不思議な声だった。エライザさんの声と、泉の底から聞こえるような綺麗で透き通った声が重なっていた。優しく、心に染み込んでいくような声だ。

「オオヤタケシです」


「《オオヤタケシ、貴方に加護を与えます》」


 頭の上から仄かな熱が全身を包んでいく。

 まるで誰かに抱き締められているような心地のいい気分だ。

 爪先の先までその熱が伝わり全身を覆ったとき、耳元で声がした。


 ――この世界を頼みましたよ。


 その声は今までと違ってエライザさんの声と重なっていなかった。

 そして全身を包んでいた温かさが消え、エライザさんの呼ぶ声が聞こえた。

「おい、終わったぞ。目を開けろ」

 目を開き立ち上がったが、特に何か体に変化かが起こっているような感じはない。

「これからどうすればいいんですか?」

「とりあえずギルドに行って冒険者の登録と、どういったステータスが解放されたのかの確認だな。詳しくはあの二人に聞きな」

 とりあえず、女神様からの加護を受けるのは済んだらしい。

 俺はエライザさんにお礼を告げ、外で待っている二人のもとへ向かった。

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