第9話
(一体何なのよ、あの小娘は!)
女は自分の屋敷に戻るなり怒りを隠そうともせず物に当たった。
力任せに投げられたティーカップは壁にぶつかり破片が部屋に飛び散る。
「その様子では失敗したようですねマノン伯爵夫人」
「いたのか、シア殿」
気配を消していたのか、女が怒りでいっぱいだったからか声を掛けられてから存在があることに気づく。「シア」と呼ばれた人間は全身ローブで覆われ顔は見えず体型も分からないが唯一透き通るようなやや高めの声で女性だということがわかるそれが地声かは定かではない。
一旦落ち着きを取り戻しソファーに座ると大きな溜息を漏らす。
「護衛が一緒ではないようですが」
「事情も知らない冒険者の女にやられたよ。ほんっと使えない」
「へぇ~……それは興味深い」
ローブの女は伯爵夫人と呼ばれた女の話に興味を持った。マノン伯爵夫人が連れていた男2人は彼らからすれば貴族である彼女を守る護衛、彼女からすれば自分の手足となる奴隷のようなもの。
そんな存在がどうなろうと興味はないものの、邪魔をされて不機嫌だというのにその元凶であるアニエスの話を聞いてニヤリと笑ったシアという女のせいで不愉快でしかたない。
「いつも邪魔するあのガキどもだけでも面倒なのに……」
「まあ、そう焦らず。2人で駄目なら10人ほど連れて行ってみてはどうでしょう。このお屋敷には使える人間がたくさんいるではありませんか」
この屋敷は大きさに比べ使用人の数が多い。それも若い人ばかり。与えられた仕事を黙々とこなし表情一つ変えず屋敷と屋敷の主人の為に作業する。
どこを歩いても使用人がいるくらいよく見かける。もちろんそれぞれ別の人間ではあるがよく見ればみな共通して同じものを持っていた。
「
ここにいる使用人は全員女によって集められたコレクション。美しい容姿を持った子供から若者を、生きた人形としてまるで店で商品を買うが如く街で誘拐していた。
夫人の基準に満たない子供は私腹を肥やすための道具として奴隷商に売られていくか使い捨てのように扱われる。
ローブの女はその事実を知りながら犯罪の片棒を担いでいたのだ。
「適当な人間を連れてきて頂戴。謝礼は弾むわ」
「かしこまりました」
伯爵夫人は欲望を満たし、ローブの女は懐を満す利害関係の上で成り立っている。
「集まりましたらまたお伺いさせていただきます。それでは」
移動魔法を使って屋敷から消えていった。
「首を突っ込んだこと後悔すればいいわ」
そういって女は1人あくどい笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アニエスが宿に戻ると出かける前と部屋の中が違っていた。
何度も確認するけれどその部屋は確かにアニエスたちがいた部屋だった。今は家具はそのままでいろんな飾りが壁一面に施され、入って正面の壁には『Cランク昇格おめでとう!』と布に書かれた垂れ幕かかけられてある。
「お帰り!これどうかな」
「すごい……い、いいと思う」
イオはこういったことはしないからすぐにダミアがしたんだろうなということは分かったもののまだ試験が終わったわけでもないのに気が早いのではと思わざるおえない。少なくともイオはそう思っていた。
だがアニエスは違った。ダミアの飾りつけを見てとても感心する。なにせ自分の時間を使いレトにあれこれ冒険者としての知識と魔物との戦い方を1週間教えたのはアニエスだから、レトが必ず合格すると確信していた。
「アニエスもこれを持って」
渡されたのはクラッカー2つ。
「レトちゃんが入ってきたら鳴らしてね」
「わ……分かった」
お昼になると注文した料理を机に並べダミアが魔法をかけ温度を保つ。今か今かとその時を待ちながら3人は静かに足音と気配を逃さないように待つ。
待つこと数十分、外の廊下から近づいてくる足音があり3人は位置に着いた。目で合図を送りながらこくりと頷く。
「ただいま帰りました───」
「レトちゃん昇格おめでとう!」
クラッカーが計6つ部屋に鳴り響いた。
突然のことに驚いて固まってしまったレトと、その反応を見て満足げに笑顔で出迎えるだミア。状況を把握しようとすぐに脳を働かせ垂れ幕を見てやっと理解した。
「試験は終わったばかりなのにどうして知ってるんですか!?」
「それくらい分かるわよ。レトちゃんの頑張ってる姿をずっと見てきたんだから」
「ダミアさん……」
まだランクが1つ上がっただけだが自分が頑張っていたと言って貰えたことが嬉しくて思わず涙が出そうになった。
努力は他人が認めてこそハッキリと自分で努力をしたと言えることだから、初めて自分が個人として認められた。
「だから今日と明日はしっかり休んでまた明後日から厳しくいくからね、アニエスが」
「え……」
「はい!」
突然の名指しにさも当たり前かのように話す2人とプチパニックになるアニエス。最初ダミアは確かに最低でもBランクになるまでとは言ったけど完全に自分だけに任されるとは思っていなかった。
人との付き合いは苦手だし、好かれているのかも分からない相手に自分が厳しくして嫌われるかもと思うと億劫になる。ただでさえ周りとは違って自分の意思ではコントロールできない力があるのに長い時間一緒いにいてもいいのだろうか、とか考えてしまっている。
「レト、さんは……このまま私でいいの……?怖く、ない?」
「むしろアニエスさんがいいです!厳しかったけど分かりやすかったしすごく勉強になりました」
笑顔と力強い言葉に胸を打たれた。
「立ち話ばっかやってないで早く食べようぜ」
「そうね」
イオの言葉で空気が変わり全員お昼がまだでお腹が空いていたことを思い出す。
用意した席に着き各々好きな料理を取っては食べる。どんな試験だったかとか普段何をしているのかとか何気ない話をしながら、楽しい雰囲気が食事が終わるまで続いてタイミングを見計らったようにダミアは違う話をきりだした。
「これは私たちの話なんだけど……」
レトの方を見ながら話すことでレトとは関係のないことだと言う。
「ギルドから依頼が直接来てるの。でね、明日から暫く留守にするからっていうことを言っておきたくて」
ここで驚いた顔をしたのはレトだけではなかった。もう1人、この場で知らない人がいた。
「聞いて、ない……」
「今回は私とイオで十分だからアニエスはお留守番。半月くらいで帰ってくるからね」
関係のない人に相談する必要は普通ならないのだが、アニエスに配慮して必ず話していただけに動揺と寂しさが隠せない。何故言ってくれなかったのか、自分のことが嫌いになったからレトがいなければ言おうとも思わなかったんじゃないか、と不安に襲われる。
付き合いが長いとはいえどうしても拭いきれない気持ちはある。
アニエスは自分の感情がすぐに顔に出るからダミアもイオも良くない方に考えているんだろうということはすぐに気づいた。
「ほら耳を貸して」
ダミアがアニエスの耳元で2、3言話すと納得したように晴れた顔をする。きっとイオはどんなことを言ったのか気付いただろう。
話も終わりテーブルの上と壁の飾りが片付けられ始めた頃アニエスは自分のベッドの方を見ながらソワソワとし始める。
「なんだよ、便所ならさっさと行け」
「ちがっ……」
「あ?」
片付けに集中せず同じところばかりチラチラと見るのが気になってイオはアニエスが見ているところを見てみた。あったのは今日鍛冶屋に行って受け取った包みだけ。
それがどうしたのか先に近付くなり断りを入れることもなく包みを開けた。
「短剣?しかもこれ前に俺たちがやった依頼の討伐対象の素材だな」
普通の短剣より少し刃の部分が長く、柄の部分はサファイアのように透明感のある光沢があり無駄な装飾はなく高級感のある見た目のわりにとても軽量。そんなものが2本ある。
「どれどれ?……確かにこれは“ブルードラゴン”のものね」
「うん……」
数ヵ月前にギルドから直接依頼されたSランクの討伐依頼の対象がブルードラゴンだった。ある日突然海から現れ浜辺と周辺の町を、壊滅させ早急に処理するようにとSランクである彼女らに頼まれた依頼。
Sランクの魔物なだけあって倒すのには苦労を強いられた。これ以上他に被害がいかないようにまず攻撃をさせないことが重要で、口から強力な水流を吐き出すため1番にそれを警戒しながら剣さえも弾き返す頑丈な鱗を纏った尻尾と、鋭く尖った爪と牙に注意をしながらの戦闘となった。
その時ブルードラゴンから剥ぎ取った素材を3人で山分けし、ダミアとイオは装備に加工したり使わない素材は売ってお金にしたがアニエスは使い道が見つからずずっと収納魔法の中に仕舞い込んでいた。
如何せん装備一式を僅かな魔力さえあれば出せれるアニエスにとってはSランクの魔物の素材といえど必要はなかったのだから。
「そんなもんアニエスは使わねえだろ」
「イオったら分からないの?ほら」
ダミアはそう言ってレトの方に目配せした。
「ああ~」と理解するなり二人は二やつきながら部屋を出ていく。取り残されたアニエスはレトと恥ずかしくて目も合わせられずずっと反対方向を向いている。
「あれ?もう片付けはしないんですか?」
「……」
いざ2人きりになると何を話していいか分からないし緊張して声も出せない。返事のないアニエスに近づき顔の前で手を振っても反応はない。
一体どうしたのかとベッドの方に視線を動かしたとき短剣が目にはいった。あまりにも美しく思えそれだけに意識が傾く。
「きれい……これアニエスさんのですか」
「……っ……わ、私のじゃ……な……」
改めてこんな雰囲気の中レトと2人きりの状況にいつも以上に言葉が詰まる。前髪に隠れた目はどこを向いているのか定かではなく、両手を合わせてグッと力を入れすぎているせいか少し震えているように見える。
短剣をずっと見ていレトは気付いていないが。
「…………に…」
「何ですか?」
「……れ…レト、さんに……プレゼント……しようと思って//」
最後の方は段々声が小さくなりはっきりとは聞こえなかったが大事なところは聞こえた。
「こんなに高そうなものを私が貰ってもいいんですか!?ありがとうございます!」
この短剣がどれだけ高価ですごいものなのかレトが考えている以上だけど、知らなくてもアニエスからプレゼントされるという事実だけで嬉しかった。
「それでですね……実は私からもアニエスさんに渡したいものがあって……気に入ってもらえるといいんですが」
そう言ってポケットから小さな紙の袋を取り出しアニエスに渡す。
ドキドキしながら封を開け中身を取り出すと入っていたのは桃色の生地に黄緑色の糸で刺繍されたリボンだった。その色使いは正にアニエスの髪の毛と目の色そのもの。
「髪を結ってるリボンがいつも同じなので予備にでももう1つあってもいいかと思ったんですが……」
「だ、大事にするね」
今付けているリボンはそのままにしてレトがくれたリボンを腕輪をしていない方の腕に器用に1人で巻き付ける。
「あ…あり、がとう//」
お礼を言った丁度その時開けていた窓から強風が吹き入りアニエスの前髪がサラリと視界からはずれた。
ほんの数秒の出来事ではあれど1メートルもない距離、真っ直ぐ視線が交差し見えた美しい笑顔にレトは時間が止まったかのように思考が停止。なのに何故か鼓動は一際大きくそして激しく律動する。
(あ、あれ……何だったんだろう……)
すぐに収まり自分でもどうしたのか気付けない。
一連のやり取りを終えると扉の外で聞き耳を立てていたのだろうか、タイミングよくダミアとイオが片付けに戻って来た。
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