十二鍋目。出会いとつながり

 私の作戦はこうだ。


 まずモモが、家から鍋を運んでくる(モモが自主的にやったこと)。


 おかげでピンと来たのが、【具は切ってから鍋に入れようね作戦】。

 要するに私がゾンビであることを利用して、バラバラにしてから運ぼうという作戦だ。


 マヨさんという剣があるので、体を綺麗に等分できる。

 作戦がバレてしまわないようにマヨさんには鍋を頭にのせ、闇鍋のように中身を隠しておく。

 そして私の頭を抱えて、エシャロッテさんから逃げるように走ってもらった。


 その時間稼ぎをしている間に、細切れになった私をメイド服で包んで、モモに運んでもらうのだ。もうすでに空が真っ黒だったので、メイド服の布はちょうどいい隠れ場になったのである。


「お疲れ様です。とてもあなたらしい闘いでした」

「ありがとうございます」


 私たちは今、こぢんまりとした喫茶にやってきている。酒場を選ばなかったのは、ラーユも同伴だからだ。

 ……え、エシャロッテさんのお屋敷でいいのではないか、と?

 思い出してほしい。一般の人サイズに合わせて作られたお屋敷だ。そんなところで彼女は正体を現したものだから、すでに半壊状態だ。マヨさん曰く、「エシャロッテ様はすぐに調子に乗られる」だそう。


「……ごめんなさいね、本当はちょっと小言を言うだけにするつもりだったのですが、ついつい試したくなってしまって」


 エシャロッテさんは膝の上で丸まったラーユを撫でながら、そう零した。

 借りたドレスのまま、ぐっすり眠っている。猫みたいだ。

 ちなみにモモはラーユのお腹の上だ。


「いえ、大丈夫ですよ。……むしろ、自分の中のモヤモヤを解決できたというか。慢心しちゃったのが理解できたというか」

「ふふ、それは良かったです。せっかくの『ナビゲーター』の後輩ですから、ちゃんと鍛錬をしてもらわないとですからね」

「あはは、お手柔らかに」

「たまに、また泣かせちゃうかも」

「そ、それはもう……」


 あんなにも正論をぶつけられながら攻撃されることなんか、めったに経験できないことだ。

 ……もう二度と経験したくないかな。思い出すだけで恥ずかしい。


「まあそうとは言え、アンズちゃんは頑張りましたね。こういうのもなんですが、ゾンビというだけで嫌悪感を持つ人も多いですから、試験だって受けられるかもわからないのでしょうに」

「ほんと、そうですよ」


 私はガラスのコップの中で揺れる、赤色のジュースを目で射止めた。かつての嫌味たらしいナビゲーターの、試験官ごと睨むつもりで。


「私の用紙に水をかけたり、何にもしていないのに不正を指摘されたり、成績を勝手に変えられたり、もうほんとに大変でし――エシャロッテさん?」

 私がぶつぶつ不満を吐き出していると、横から笑い声が聞こえてきた。エシャロッテさんとマヨさんの二人分だ。

 なんだか大人っぽいというか、背筋が凍るというか。


「アンズちゃん、そいつの名は覚えていますか」

「ええっと確か、ラン――」

「ランデンですね。マヨ、よろしくお願いしますね」

「かしこまりました」

「アンズちゃん、安心しなさい。もうあなたの前にそいつが現れることはないでしょうから、ふふふ……」


 え、今ので?

 しかし確かにあまりよくない思い出だったので、とりあえずお礼を言った。エシャロッテさん、怖いな。


「アンズちゃんはこれから、どうしたいですか?」

「というと?」

「そろそろ実践にも慣れてきたでしょうから、色んな場所を回ってみるのもいいのではないかと……あ、ありがとうございます。マヨとアンズちゃんも一緒に食べましょう」


 目の前に運ばれたのは、スペシャルメニューのクリームパスタ。

 こんな夜中に食べて太らないのか、と思うかもしれないが、太らないんです。ゾンビだから。これだけは誇れることだ。


「……もう少し、メンバー探しをしようかなと」

「ふむ?お二人でもパーティーは成立しますよ?」

「まあそれはそうですが。あと、実はもう一人あとから入ってくれるお話になっていて――」


 私は彼女らに、「闇鍋パーティー」の活動趣旨諸々を伝えた。

 ずばり、「願いをかなえること」。

 そして一個目の願いはラーユのもので、「たくさんの人と一緒に、闇鍋が食べたい」である。


 これを聞きつつ、パスタを味わいつつ、エシャロッテさんは何度か頷いた。

「それなら提案があるんですが――」


 ……お、これはもしかして。


「マヨをメンバーにするのはどうですか?」

「そっちかーい」


 初めて素で突っ込んだかもしれない。言い終わってから失言に気付き、私は口を抑えるがもう遅い。

 マヨさんの穏やかな睨みが私に刺さる。


「もぐ……。あーせっかくマヨ頑張ろうと思ったのにぃ、アンズ様ひどいですぅ」

「ご、ごめんなさい」

「冗談ですぅ。よろしくお願いしますねぇ。あ、パスタ美味しい」

「はい、よろしくお願いします!」


 もしかしたらこのマヨさん、エシャロッテさん以上の曲者かもしれない。


「で、でもいいのですか。エシャロッテさんってメイドさんが一人しかいなかったのでは?」

「それなら大丈夫ですよぉ。普段から家事をやっているのはマヨの『皮』ですからぁ」

「かわ?……かわ?」


 今、なんだかとんでもない発言をされた気がする。


 話を聞いてみて、納得。

 このマヨさんは大変不思議な存在で、「表」が人、「裏」が刀という構造になっている。それだけでも十分特殊なのに、なんと脱皮までするらしい。

 そして脱皮した皮は人型に固めれば家事をさせることもできるし、建築の材料にもできるのだ。

 だから正直お屋敷が壊れたとしても、マヨさんの「皮」に働いてもらえばすぐに元通りである。


 ……うん、種族差ってすごいや。


「ですからアンズ様も堅苦しい呼び名はやめて、マヨってお呼びくださいな。フランクに、フランクにぃ」

「あー、それならマヨのほうも『様』づけやめてほしいかな。かゆくなるから」

「はい、では『アンズちゃん』と呼ばせていただきますねぇ」


 そんなわけで、マヨの仲間入りだ。

 私たちがパスタを平らげたところで、ちょうど夜が更けて明日になった。


「ラーユちゃん、家まで運んでいきますねぇ」

「え、いいんですか」

「はい、『闇鍋パーティー』での初活動ですぅ」


 まあ本人が嬉しそうにしているし、いいかな。

 エシャロッテさんに最後のお礼を述べて、私たちは帰路についた。


 ……今更だけど、お礼を言ったものの、正直私って喝を入れられただけだよね。


 まいっか。

 気にしない、気にしない。

 また明日から、頑張らないと。

 きっと、もっと、もっと、忙しくなるだろうから。




 ・・・


 アンズたちが帰った後の喫茶。

 こじゃれた管弦楽と茶葉の香りが漂う中、エシャロッテは独りお茶を仰いでいた。


「……」


 不規則に揺れる水面に映る自分を眺めながら、時計の針の奏でる音色を楽しんでいると、誰かが横に座った。


「お久しぶりですわ、エシャロッテ様」

「……おぉ、これは珍しい」


 優雅に腰掛けるのは、短剣を腰に添えた少女。

 ちらりと目をやってから、エシャロッテは水面に視線を戻した。


「お元気ですか」

「まあ、ぼちぼち。……そっちはどうでしたか――ちゃん?」

「平常通りですわ。しいて言えば、鍛錬を増やしたくらいでしょうか。……あの子たちをずっと待たせているのも、悪いですから」


 チギリのセリフに、彼女は目をぱちくりさせた。


「……あの子たち?」

「ええ。最近、とあるパーティーに入ったのですわ。ですが鍛錬不足だったので、一度修業をしようと思いまして。そういえば先ほど数人、なんだか顔見知りのような女の子を見かけましたが――あれ?」


 エシャロットの両目が、これでもかと言うくらいに見開いている。

 もしかして、と思って適当に単語を交わしてみる。

 ゾンビ云々。着ぐるみ云々。ペット云々。


 闇鍋云々。


「ふふ、世間は狭いですわね」

「そうですね。ほんとに。……いやあ今日はもう満足しましたよ。そういえばチギリちゃんはどうしてこんなところに?って門限が厳しいのでしょう?」

「あ、そうです、忘れていましたわ」


 チギリは懐から一枚の封筒を引き出すと、テーブルに添えた。

 開けてみると、達筆な字で書かれた招待状が一枚。


「……これって」

「ええ。アンズさんのお誕生日がようやく、判明したのです」

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