第2話 事件現場

「美しい」

 思わず呟いたアナスタシア・フォン・ミリオンゴッドは己を恥じた。

 死んだ男を生まれたままの姿で介抱する敬愛する我が姉シャーロットの姿に生と死のコントラストを感じ、ある種の芸術性を感じてしまったからだろう。

 私の姉は壊れてしまった。それもとうの昔にだ。王都御都番は国の治安を守る組織にてテキサスホールデムを統括する。犯罪者と対峙することも多く。衆目に晒されることも多い。いつからだったのだろうか姉が王都御都番の役割を重しと感じ、衆目にその肌を晒すことを夢見るようになったのは。恐らくそれはシャーロットがこの国が隠してきた闇に触れ、その心に暗い謀を忍ばせるようになった時期と重なることだろう。

 テキサスホールデムであらゆることを片付けるギャンブル国家ロスチップ。それは表向きの姿で裏の姿は、お金を回すためでも集めるためでもなく、人々が顕現させたスキルを秘密裏に鍛え、封印された魔王を倒すべく特殊なスキルを持つものを集約するシステマティックな、いや狂った仕組みを最優先にさせた歪な国家であった。

 魔王は死んでいない。その秘密を抱えたままシャーロットは性癖を歪めていった。国家が威信をかけて願いを叶えるという大祓シリーズのメインイベントで彼女が願ったのは、一糸まとわぬ赤裸々な自伝を世に発表したいというものだった。


「お姉様服を着て下さい」

「嫌だ」

「帰って水浴びしましょう、その男のことはいつも嫌ってたじゃないですか」

「嫌いじゃなかったんだ」


 シャーロットが現場の赤と黒のネルシャツを遺体から引き剥がすと、なきじゃくる幼子が毛布にそうするように顔をつけて呻いた。この人はなんて自己表現が下手なのだろう。そこまで考えて思う。人の感情を操ることに長けた私が言うことではないと。


「でも現場を荒らすとなると……本当に事件性があるかも分からなくなるかもしれませんよ」

「それも嫌だ」


 姉から取り戻したネルシャツをひっくり返す。背後には血痕がない。腹回りのボタン付近にだけ血痕があることから腹部を貫いて背中に達したものではないと分かる。血と臓腑の臭いが鼻をついた。


「下手人は、わた、私が」

「ええ、殺しましたね」


 それも一撃で。手がかりを考えると生け捕りが一番良かった。だが、もう遅い。緑の肌の小鬼。どこにでもいる何の変哲も無いゴブリンだ。ゴブリンに殺される。なるほど市井の者ならあり得るかもしれない。何の事件性もなしだ。


「お姉様処女受胎の話はありましたっけ、ダンジョン。クエスト。神話。宗教でもいいです」

「なんだってそんな話、今は関係ないだろう」

「私だって動揺しているんですよ、ただのゴブリンじゃないから」


 声を荒げてしまった。だって、意味が分からない。分からないものは怖い。だから可能性、可能性を一つずつ潰していかないと。


「スロア教には処女信仰はない。あれは大気中のエーテルの神性を信じ、他のエーテルを持つ者地球人の排斥にだけ傾注している。ダンジョンやクエストではゴブリンに孕まされたおぼこの話は腐るほどあるがそれが処女性とは関係ない。ゴブリンに犯された者は妊娠しゴブリンを産む、ただそれだけだ」

「そうですよね、処女性は……関係ない、とゴブリンに処女性は関係ない」

「そうか、実は女だったのか、男にしか見えないし、おっさんだし、むさかったが実は女の娘だった。そういうことかアナスタシア?」

「その線もあるかと……実は特殊なスキルとか特殊な性癖、または特殊なアイテムを使い性別を偽っている可能性があると思い、先ほど外傷の……下の方をまさぐりました」

「そうか、好意を寄せていたのがそもそもの勘違いで実は女だったのか。騙されたのは仕方ないが、こいつはスキルが特殊だ。確かにその可能性は見おとしていた、さすがはアナスタシア私の自慢の妹だ」


 私もそう思ったのだ。そして、お姉様の傍にいつもいる憎しみさえ覚えるやつのその肉棒がある膨らみにイヤイヤながら手を沿わし、形を確認した。死後硬直していた。なにを? そうナニヲ。


「付いてました……ちんぽです」

「それはおかしい、そんなはずはない。自然の摂理に反する」

「ええ、お姉様。私もそう思います。でも現実を見ないと先に進みません」

「この男はゴブリンを孕み、腹を食い破られ死にました」

「だが、男なのだろう」

「男ですが、妊娠しました処女受胎です」

「いや、それを言うなら童貞受胎だろう……いや、童貞だったかは知らないが」

「いや私も知りませんし、知りたくありません」


 いらない情報ですと伝えながら状況を改めて確認する。



 物音のするホールの扉をぶち破った時、土が飛び散った。土魔法で内側から封鎖してあった、そしてホールへ入ると扉の脇から飛びかかってきたゴブリンをシャーロットは真っ二つに切り捨てた。ゴブリンの足跡には血痕がついていて、かつて魔王がいたホールの中央に続いていた。ホールの中央には夥しい程の血の海がありここでゴブリンが腹を食い破って生まれたものだと推察される。そして何かを引きずったような跡。これはこの男がゴブリンを産み落とした後も体を引きずりながら動いた跡でゴブリンを産んだ時点ではまだ生きていたことがわかる。そして、その足取りはゴブリンに向かうことなく男の荷物の方に続いていた。荷物のふたが開いており、男はわざわざ瀕死の中周囲にトランプを散らばせていた。唯一表になっていたAに囲まれて満足そうな顔をして死んでいた。


「お姉様なにか握っています」


 固いと苦戦しながら、その手に力強く握っていたものを取り出す。


「ライル金貨?」

「ダイイングメッセージというものがあるなら分かるようにしろというんだ。最期まで、私に負担をかけるなよ……グレイソン」


ファイナルテーブル進出者A級冒険者であるグレイソン・コートの死亡がこの日確認された。





who done it?

犯人は誰か?


how done it?

犯人はどうやったのか?


Why done it?

犯人はなぜやったのか?





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   異世界テキサスホールデム


    ~SHOWDOWN~



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