第52話
「ごめんなさい!」
「どうしたんですか! 若草さん」
突然、自分に対して頭を下げてきた樹里に戸惑う演技を見せる渚。
「渚さん。私達結婚なんかしていないんです。だから…ってななぎささん!」
_ビリビリ_ 招待状を思いっきり切り裂く音。
招待状を樹里で破り捨てた渚は彼女に向かって自分の身の(半分嘘)話を少し話す。
「…僕にも結婚を約束した恋人が居ました。でも、彼女は3年前に自分の前から突然姿を消しました。だから、僕は貴方が羨ましいです。会いたい時にすぐに連絡できて声が訊けて会いに行ける若草さんが羨ましいです。あぁ! すみません、僕の話は…」
「あぁ! そんな事は……」
渚の突然の身の上話に、悶絶していた樹里は慌てて否定する。
けれど、慌ててしまった為言葉と手の動きがかみ合っていない。
「…若草さん。僕は、新しい恋をしようと思うんです」
「えっ! だって…」
渚は、続きの言葉を紡ごうとした樹里の口に左手をゆっくり近づけ言葉を奪う。
「僕は、今でも彼女が好きです。でも、僕は心の底から彼女を愛してあげる事ができなかった。だから、僕は彼女を捜すつもりはありません。その変わり、もしも、再び彼女と再会できたら見せつけてやるつもりなんです。二人の名前が入った結婚指輪を」
「渚さん! 好きならその彼女さんを捜しに行くべきです。彼女もきっと、渚さんの事いまでも好きですよ。いやぁ、絶対、渚さんの事、待ってます!」
(…待ってる訳ないだろう! いまから奪うんだから)
「渚さん? あぁ! ごめんなさい。私、渚さんの気持ちも考えないで…」
勢いで、渚に飛び掛かった事を詫びる。
「若草さんは、何も悪くありませんよ? で、若草さんは、あいつから婚約指輪は貰ったんですよね?」
「…」
樹里が、顔から笑顔が消えたので、渚は、演技とばれない程度に驚く。
「まさかまだ貰ってないんですか!? あれだけ自分には、恋人ができたって自慢してた癖に。若草さん!?」
「なななぎさ!」
渚が、突然、樹里の肩を掴む。
「若草さん。これ、あいつの家の住所です。今から会いに行きませんか?」
「そんなのできません! それに…」
突然自分の手に差し出された岡宮永輝の住所に、樹里は心の感情が追い付かない。
理由は、私は、岡宮永輝の住所をしている。
それどころか、私は、彼に結婚してくださいとプロポーズまでされた。
だから、彼に、自分の名前の名前を書き込んだ婚約届を1週間前、教えて貰った住所に送ったのに返事すら返ってこない。
永輝さん…本当に、私の事好きなのかな?
「若草さん?」
「あぁぁぁぁすみません。今日は、ちょっと…」
言葉を少し濁す。
「そうですよね? いきなり言われても若草さんも困りますよね?」
「すみません」
申し訳なそうに頭を下げる。
「若草さんは、何も悪くありません。それに正直言うとあいつに会いに行くなら明日の方がおすすめなんです」
何かを言いたそうに口の中で言葉を濁らす。
「若草さん! 明日あいつの誕生日なんです。だから、明日…あいつにサプライズで婚約指輪…それから、プロポーズを贈りませんか? そしてあの招待状を本物にしましょう? 大丈夫! あいつは貴方に一途ですよ」
「指輪なんて無理です! それに…プロポーズなんて…」
(婚姻届は送ってるくせ…)
「渚さん?」
「若草さん! 貴方の気持ちが大事なんです! そんなに心配なら僕の知り合い紹介しましょうか?」
「んんん?」
驚きの展開に、樹里の声が裏返る。
「だって、一人だと不安なんですよね?」
「えっと…一人で何とかやってみます」
早くこの場から立ち去りたい。
そして、この人から逃げたい。なるべく遠くに。
けれど…
「遠慮しなくて大丈夫ですよ?」
「本当に大丈夫ですから。渚さん。今日はありがとうございました」
逃げる様に、渚の前から走り去ろうとしたら、腕を強く掴まれ、近くの壁に押しつけれらた。
_ドン_
「なななぎささん!?」
いきなり、壁に押しつけられたので、逃げる事すらできない。
それどころか、押しつけれらたはずみで、彼に貰った緋色の薔薇が空中に……
「薔薇が……」
「…薔薇の心配ですか?」
「!?」
「…あのまま、わたくしの言う通りにしておけば…痛い目を見る事はなかったのに…」
_ピ! なにかが再生される音_
突然、樹里の耳元の聞き覚えのある声と聞き覚えの会話が聴こえてくる。
『…だったら、責任取って下さい! 私の大事な物を奪った責任」
『…えっ!』
『最後まで責任取ってね? 嘘つきお兄さん』
_ゾッと 背中に冷たい風が吹いた音_
(なんで、渚さんが…貴方本当に永輝さんの知り合い?)
「…若草樹里さん」
「!?」
いつの間にか、自分の事を引き離し距離を取っていた渚が、樹里に声を掛ける。
『…略奪は、甘い蜜の誘惑。そして、その誘惑からは誰も逃れられない。例え、それが偽りのキスだとしても』
「ちょっと待って!」
意味深な言葉を残し、樹里の元から去って行く渚。
そして、そんな渚に言葉の意味を訊きたく為に大きな声で叫び続ける樹里。
けれど、樹里の声は、急に吹いた風によってかき消された。
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