第35話 セーフティダンジョン
おれは舐めていた……。
『『ガウガウッ!』』『『ギギギッ』』
「こっちくんな! この武器超強いんだぞ、超一撃なんだぞ、超お高いんだぞ? 頼むからおれをダンジョンへ行かせてくれ!」
店の周囲のモンスターは入る前に倒してたから問題なかったんだけど、ダンジョンまでの道中はそれはもうどこを向いてもモンスターまみれ。
あっちでガウガウ。こっちでバウバウ。
余裕だと思ってたし、事実モンスターを倒すにはこの武器はオーバーキル。
じゃあなんで苦戦してるのかっていうと。
「モノリス重い! これケースのままダンジョンまで運ぶとか無茶振りなんですけどぉ!」
マネージャーさんに電話口で『出来ますか?』と聞かれて「やらせていただきまっす!」と答えたおれの大誤算である。
モノリスマンはデータだから貼り付けても当たり前みたいに動いてたけど、これ重たい上にアイテムボックスは無効だし、リヤカーで引っ張ってモンスターと戦いながら進むのがとんでもなく重労働!
「チクショウ、安請け合いするんじゃなかった」
モンスターは弱い、倒しに行くのは超簡単。
でも持ち場を離れて万が一盗難されたりしたらおれが資本的に死んじゃう。
それはたぶん普通に死んじゃうよりツラいやつ!
「【アイテムボーックス】!」
おれはボックス内の武器を引き抜いては進行方向のモンスターへと投げて進んで回収して、投げて進んで回収してを繰り返して、亀の歩みで向かう。
こんなの全然おれのやりたかったカッコイイ探索者じゃないぞぉ!
◇◆◇
[5/5][23:07]
「おい、止まれ!」
おれはようやくダンジョン前までやってきて、そこで探索者風の男に呼び止められた。
「待ってください。おれは探索者です」
「それは本当か! やったぞ皆、救助が来た!」
盛大に勘違いされた。
でも気持ち凄く分かります!
男の後ろに待機してた見張り達が歓声を上げた。
「待ってください。おれは探索者ですけどボランティアに来てたF級なんです」
「え、エス級!? やったぞ皆、S級が来た!」
盛大に勘違いされた。
でも聞き間違いたくなる気持ち凄く分かります!
男の後ろに待機してた見張り達が大声で喜んだ。
「待ってください。おれは探索者ですけどボランティアに来てたエフ級なんです。S級じゃないです」
「え、エフ級!? なんでF級が救助に、そんなのおかしい! それは軽いジョークで本当は貴方S級なんでしょ?」
あれこの人大丈夫かな?
救助に来たこと前提で考えてて理屈をそっちに捻じ曲げてるんだけど。
「待ってください。おれは探索者ですけど本当にボランティアに来てたF級なんです。S級じゃないです。助けて欲しくてここまで来ました」
「そんなの認めない! 頼む、嘘でいいからS級だと言ってくれ!」
男の後ろに待機してた見張り達が落胆した。
「S級です」
「ほらやっぱりS級じゃないか、冗談きついよ!」
これは重症だ。
もう真実を曲げてでも自分の信じたいことしか信じないモードに入ってる。
「S級というのは嘘です」
「そんなの認めないィ! 嫌だ、助けに来てくれたんだ! そうじゃなきゃ駄目だろォ!」
否定したら耳を塞いで大声で喚き散らした。
後ろの見張り達が駆け寄って支離滅裂に暴れる男を取り押さえた。
「おいしっかりしろ。誰か、こいつを連れてってやってくれ! 悪いな探索者さん、こいつ仲間がモンスターにやられて情緒が不安定なんだ」
「すんません、事情を知らなくて」
仲間がやられた。その言葉におれの心は激しく動揺した。
これはおれがいつもやってるゲームじゃない。
リアルでモンスターを相手にする探索者ならそういうこともある。
おれは知識では分かっていても心までは分かっていなかったのかも知れない。
探索者は命懸けの仕事なんだ!
「ああ、あれは悲惨だった。幸い仲間はケツを噛まれただけで無事なんだが、その時にズボンを脱がされながら引きずられて」
「いえ、その先は結構です」
生きてんじゃねえか!
おれの精神ダメージ返して!
いやズボン脱がされながら引きずられるのはトラウマかも知れないけどさ!
「あの、荷物あるんですけど中に入っても大丈夫ですか?」
「ああ悪い悪い入っていいぞ。しかしF級か、もしかしてここ以外の避難場所から逃げて来たのか?」
おれは戻ってリヤカーを引っ張りながら状況について質問することにした。
「おれは改装中だった店に逃げ込んでて、他に人もいなかったから状況がよく分からないんです。ここ以外にも避難できる場所があるんですか」
「ああ、攻略に来てた探索者さん達が避難誘導して【ビフレストダンジョン】に逃げ込んだり、距離がある場所だとあんたみたいに建物に逃げ込んだ人達も居るらしい」
そうか、攻略に来てるおれよりランクの高い探索者さんがいるんだ。それならダンジョン内の方が安全なのは間違いない。
でも建物に逃げ込んだ人達って大丈夫なのかな。
「ずいぶん重そうな荷物だな。よし手伝ってやる」
「ありがとうございます」
見張りの人達に手伝ってもらって中へ運び込む。
おれはようやく安全エリアとなっているダンジョンへ避難することができるのだ。
「うぐっ、全然動かねえ。これ中身は何なんだ?」
「さあ、何なんでしょう? おれにもさっぱり分からないんですけど失くしたら大変みたいでぶっ!」
リヤカーを押していたおれは盛大にひっくり返って尻もちをついていた。
おれは謎の力に弾き返された。
「何でぇ!? 嫌だ、ようやく安全エリアに来れたんだ! ここは入れなきゃダメだろォ!」
「お、おい! しっかりしろ!」
おれは情緒不安定男と同じくらい取り乱して再びダンジョン入口へダイブ!
「おれはダンジョンに入って助かぶっ!」
おれは謎の力に弾き返された。
「…………」
「お、おい。大丈夫か?」
おれはすっくと立ち上がり身だしなみを整えて、涙をぐっと堪える。
それから電話をかけて見張りの一人に手渡した。
「……はい、はい。登録していない製品はダンジョンへ持ち込みましたので電話代わります」
「え、え? あ、はい。お電話代わりました。ええ! あっはい、そうです。そうですね、分かりました。たぶん大丈夫だと思います。はい、そう聞いてます。えっと、俺は……」
ケータイを返してもらって、おれの責任は一つ引き継ぎを完了した。
開封されていないモノリス一式をダンジョンで預かってもらったのだ。
「おいあんた、何処へ行くんだ?」
「おれにはまだ、やるべきことがある。すんませんが荷物はお願いします」
そう言ってダンジョンの外へと向かって行く。
涙は見せないぜ、チクショウ。
「やるべきこと……」
やるべきこと、そんな物は無い。
だってダンジョンに入れないんだから仕方ないじゃん!
店まで戻るしかないか。モノリスは避難させたし武装は通じるし、おれ一人なら何とかなるよね。
「まさか、建物に逃げ込んだ避難民を救おうというのか。無茶だ、あんたF級なんだろ!?」
盛大に勘違いされた。
ああでも、それいいな。採用!
「ランクなんて関係ない。おれは探索者【
おれは振り返らずに背中でカッコつけた。
顔は向けない。
だって今、めちゃくちゃ不安そうな表情してるって断言できるからね!
◇◆◇
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