第二十五話 真田丸
大坂城の東南端、平野口を出たところに設置した出城が真田丸である。ここに真田信繁が五千余の手勢を率いて詰めた。信繁の考えた策は、この真田丸で徳川方の注目を集め、兵を誘い込んで鉄砲で狙い撃つ作戦であった。
真田丸は大坂城の弱点を補うため――と考えられてきたが、大坂城の弱点は真田丸の西側から南方に伸びる寺社町の道が無防備であったため、この真田丸に注意を集めて徳川方の眼を逸らすことが目的であったようである。
平野口西側の谷町口には木村重成、後藤基次、長宗我部盛親の一万二千余の兵が待機した。
徳川勢は、真田丸の向かいに前田利常(前田利家の庶子で四男、長兄の利長の養子)が一万二千で陣取り、他に
平野口の西方の八丁目口、谷町口には松平
各陣を見て回った家康から、
「城を力尽くで攻めても、兵の損失が多くなるだけじゃ。攻めるな。囲うておるだけでよい」
と言われた利常は、塹壕を掘り、その掘った土で土塁を築くよう、配下に命じた。ところが、塹壕と土塁を築く作業中に真田丸前にある
業を煮やした前田勢は篠山の奪取を目論んだ。ここを奪えば、真田丸は目と鼻の先。今度はこちらからも銃撃が可能となる。そう考えた前田家家老の本多
「何と!? 誰もおらぬ?」
「我らの接近に気付き、逃げたのではありませぬか?」
「そうやも知れぬが……妙な」
夜陰に紛れて篠山の頭頂部に彼らが着いた頃には真田勢はおらず、すでにもぬけの殻になっていた。とはいえ、篠山を奪ったことには変わりない。そう思った矢先、向かいの真田丸から散発的に鉄砲が撃ち込まれ、次いで前田勢を挑発するように罵詈雑言が浴びせられた。
「おのれっ、好き放題に
侮辱され、怒りに我を忘れた前田勢は篠山を駈け下り、一気に真田丸に迫った。
それが罠とも知らずに――。
「おお、来たぞ、来たぞ。鉄砲、構え……。放てぇっ!!」
信繁の下知を受け、闇雲に押し寄せる前田勢目掛けて、鉄砲が撃ち込まれた。
「退けい、退けい!」
雨あられと降り注ぐ銃弾に、前田勢は散り散りになって逃げ惑った。
「う、馬です! 騎馬隊が出て来ましたっ!!」
「何ぃ!? 急げっ! 退け、退けい!!」
その上、真田丸の両脇に設けられた馬出から騎馬隊が現れ、後退に手間取る前田勢に襲い掛かった。散々に打ち据えられた前田勢は
事態を知った前田利常は激怒した。
当然である。事前に相談も報告もなしに攻めた挙句が、無様な撤退である。怒るのも無理はない。退却した後、政重らは利常の大喝を浴びることになった。
前田勢が真田勢にしてやられていた頃、西側の八丁目口、谷町口では前田勢の騒ぎを聞いた松平隊と井伊隊が、攻勢が始まったものと解して攻撃を開始、城壁に押し寄せた。
それこそ豊臣方の思う壺。こちらも鉄砲を散々に浴び、多大な損害を被った。
家督を継いだはいいが、まだ、これといった功籍のなかった忠直や直孝は、彼ら自身の手で軍功を上げたかった。しかし、関ヶ原合戦以降は大きな戦もなく、軍功を上げる機会がなかったのである。そのようやく訪れた機会に、彼らの気持ちも逸ろうというものだ。
ただ、彼らは戦の経験がなく、若かった。
ところがである。松屋町口でも戦いが始まり、歴戦の藤堂隊、伊達隊にも多くの負傷者が出て、撤退した。
この日の戦いは、徳川方の完敗であった。
これら一連の戦いで、特に、真田信繁は真田丸において多くの徳川方の兵を退けて奮戦した。結果、当時はまだ無名に近かった信繁に名を成さしめることとなった。
惨状を聞いた家康は、この戦いに参加した諸将を集め、叱責した。
「城攻めは時を要するもの。無暗に攻めるな――と言うておるものを、迂闊にも仕掛けた挙句がこの様とは。若い忠直や直孝はまだしも、高虎! 政宗! 老練なそなたらがおって、何たる始末。この……戯けがっ!!」
「はっ……、申し開きもございませぬ……」
藤堂高虎も、伊達政宗もただ平伏するばかりであった。良いところがまったくなかったからである。
「よいかっ! 以後、勝手な城攻めは許さぬ。
「ははっ」
「正純!」
家康は傍に控えていた側近の本多正純を呼んだ。
「はっ」
正純は数歩ほど家康に擦り寄り、次の言葉を待った。
「あの平野口の出城に詰めておるのは誰であったか?」
「は。真田信繁と聞いております」
「真田……。
「御意」
「では、正純。政重と諮り、信繁を調略せい。そうじゃな……。信之ほどの禄高で誘うてみい」
「御意」
「大筒の用意は出来たか?」
「はっ。いつでも撃てまする」
「よし。明日より、絶え間なく撃て。それからな。夜中に、全軍に鬨の声を上げさせよ。城中の者が眠れぬようにな」
「はっ」
「さて。いつまで辛抱出来るかのう」
家康の命により、翌日から大坂城内に向けて、昼夜分かたず大筒が撃ち込まれた。
先の戦いで懲りた徳川方は、土塁や仕寄を活用した上に、真田丸から距離を取った。そのため、銃撃は届かず、どんな挑発にも応じなかったので信繁も手の打ちようがなく、結果、真田丸はその存在意義を失った。
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