おっさんの恋物語

村岡真介

おっさんの一目惚れ

 幸三(こうぞう)は焦っていた。50歳をこえてからめっきり性欲が衰えてきたのだ。

 50歳という人生の節目を境に欲望そのものが湧いてこないようになった。41歳の時に前の妻と別れ、シングルになってからはその寂しさを埋めようと仕事に没入し、なるべくそんなことは考えないようにしてきた。

 しかし50歳あたりから自分の人生を死ぬときから逆算するようになったのだ。俺はあと何年でこの世を去るのだろうかと。幸三はいまの貯金を考える。およそ一千万円ぐらい。金を持っていたってあの世にまで金を持って行けはしない。ならいっそやりたいことをやりつくして死のう。

 考えたのは起業であったり株式投資であったり平平凡凡なものだ。

そしてそれは極論に行きつく。

(やっぱり女だ)

 権力欲も、金銭欲も、結局いい女を抱きたい。これに行きつく。簡単なことじゃないか。日本には合法的な売春窟がある。そう、ソープランドだ。一千万円を女につぎ込もう。幸三は新たな目標を見つけて嬉しくなる。

(一切の余計なものを捨て去り、ソープで金を使いきり、やり残したことがないと心の底から後悔がないところまでいって人生を手放そう)

 

 その日から幸三の心は晴れやかになった。鬱屈していた暗闇からいきなり外の世界に飛び出した感じであった。同僚にもジュースを配ったり幸三の行動は一変した。

 そんな折、出勤途中で街頭のティッシュ配りに出くわす。ちょうど職場の棚の上のティッシュが切れていた頃だなと思いだし、一束のティッシュをもらった。

 ティッシュの上には「夢屋」なる広告が。よく読むと新しくできたソープランドのちらしらしかった。

 幸三はしばし逡巡し足をとめた。

(これは何かの天啓か?)

 仕事中もその「夢屋」のことで頭はいっぱいである。仕事にならない。

 思い切って未練を断ち切るためにもここで遊んでいけばいいかと思う。幸三はその日仕事が終わったその足で夢屋に向かう。

 最寄り駅から二駅でソープ街がある。電車を降り、一目散に夢屋に走る。まだ息がはぁはぁいっている。

(誰にも見られてないよな)

 受付で嬢を選ぶ。黒髪の清楚な感じの美人、「みち」を選んで金を支払い休憩所に通される。すでに先客がふたり。どこか落ち着きがないふうで、みんな待機だ。幸三もテーブルに無造作に置かれている雑誌を見ながら時間を潰す。

 従業員が呼びに来た。幸三は内心ドキドキしながらも落ち着いた常連をよそおいながら席を立つ。

 階段の上にセーラー服のコスプレを着た、美しい嬢が待っていた。

「みちで~す!」

 そう言うと幸三の手を取りにこりとし、部屋にいざなう。

 幸三は一発で一目惚れをしてしまった。くるんとした両目、魅力的な小さな唇。幸三のもろタイプだ。こんなかわいい嬢が待っていようとは!

 部屋に入ると幸三はたまらなくなり服を着たままの未知を抱きしめる。後ろから胸をまさぐり揉みしだく。

 いい香りがする。現実なのか夢なのかもう自分では判断できない。まさに「夢屋」だ。

 真っ白な彫像のような美しい体で誘うみち。歳は20歳ぐらいか。服を脱がせていると幸三はたまらず未知をベッドに押し倒した。そして彼女を愛撫する。シャワー室に行きお互いに洗いっこをし男女の交わりを始めると、信じられないほど幸三の◯部が固くなっていく。50代になってから初めてのことだ。3分もしないうちに幸三は〇ててしまった。

 あまりの快感にしばし呆然とベッドに横たわる幸三。


「内藤さん……」

 幸三は驚いた。ホームページ上でも予約でも本名は晒してないはずだ。なぜソープ嬢が知っているのか。にわかに困惑する。

 みちが幸三の腕に抱かれながらにこやかに口を開く。

「私の名前は『未知』本名よ。あなたは、ここに来るようになっていたの。その横にある水晶で、私はあなたのことを一挙手一投足をつぶさに見てたわ。そうパロちゃんこと内藤幸三さん。あなたは導かれて来たのよ」

 にわかには信じがたい話に幸三は困惑した。

「パロちゃん」とはその店のホームページ上での幸三のハンドルネームである。

(ん?なんだ、どうゆうことだ、なにかのマジックか?はたまたこの子は本物の魔女だというんではないだろうな)

 ごちゃごちゃの頭のなかで閃いたのは、その能力を使えば、宝くじや競馬で一気に億万長者になれるのではないかという愚劣な妄想だった。

「じゃあ、聞くけどさ、その力は未来を見通せるんだろう?だったらこんな場末の風俗店なんかにいなくて宝くじでドーンと一発当てればいいじゃない。パラドックスだよ、矛盾矛盾。その力が嘘である決定的な証拠じゃないか」

「宝くじで一等賞を取ったってなにも変えるつもりもないわ。わたしはこの仕事が好きなの。毎日毎晩殿方に気持ちいいことしてもらえる。これ以上の仕事があって?それにセックスが終わるといろんな私の知らない世界の話を聞くこともできるし。どう?この仕事を前向きでとらえるか後ろ向きでとらえるかで、意味合いが違ってくるのよ」

 愚劣な発想をあきらめきれない幸三。

「いまの境遇に満足していると」

「そうね。充実しているわ」

 と、心底幸せそうな顔をしてこちらをじっと見る未知。

「き、君はいま彼氏はいないのかい」

「いないわ。シングルよ。どうして?」

 幸三は自分でも大胆に思える言葉を発してしまう。

「もしよければ未知ちゃん、俺とつきあってくれないかなと思ってさ。もちろん外で。これはご法度なのかい」

「恋愛は自由よ。あなたは導かれているって言ったでしょ、もちろんOKよ」

「うひゃー、マジか!可愛いよ未知ちゃん!」

 またもや未知に覆いかぶさりキスの嵐。


 されるがままの未知。幸三は思う。俺がなぜ導かれたのかと。なにかのお告げでも受け取ったから?それとも純粋に俺に惚れたのか?いやいやまさかそんなことはあるまい。未知のいきなりの発言に困惑しながらまたもや未知と結ばれる。

 激しい情動が幸三に湧き上がってくる。そして二度目のフィニッシュへ到達する。

 息が切れ用意しておいたペットボトルの水をごくごく飲む。未知もそれを幸三からひったくるように奪うと、最後まで飲み切ってしまった。

「いかんいかん。子の世代だな。そんなこと考えちゃいかん!未知ちゃんさっきの言葉忘れてくれ」

未知が不思議そうに幸三を見ている。

「歳の話?三十歳差のカップルなんていまやどこにでもいるじゃない。世間体を気にし過ぎよ。ふたりがお互いを恋人同士と認めていればそれでいいじゃないの。もしかして私がソープ嬢だから嫌になったの?だったら落ち込むなー私」

 幸三はあわてて前言を否定する。

「いやいやいや、ち、違う!未知ちゃんがあまりにも可愛かったんで混乱しているんだ。やっぱりしっかりはっきり言おう」

 幸三は素っ裸でベッドの上に正座をし、あらためて告白する。

「俺は未知ちゃんに惚れたんだ。本気でつきあってください!」

 幸三は手を伸ばし握手を求める。その手を柔らかく握り返す未知。これでカップル成立だ。幸三は胸の中で小躍りして喜ぶ。

 未知が自分のスマホをいじり始める。そして自分のラインIDを出す。

 ヤバい。幸三はラインをあたったことがない。

「メールアドレスいいかな。俺はそれしかできないんだ。もちろんこのメアドで悪いことなど一切しないから」

「いいわよ」

 あっさり引き受ける未知。自分の方から幸三のメアドを見ながらメールを打つ。

 すぐに幸三のスマホが反応する。幸三はそこに「ありがとう」と打ち、返信してさっそく登録する。


 夢屋をあとにした。夜風が心地よい。セックスから始まった恋もそれはそれでいいじゃないか。気分よくおでん屋に入り日本酒でひとり乾杯をする幸三であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る