第75話
本当なら、玄関の方へと逃げたい。外へ飛び出して、近所迷惑なんてどうでもよくなるくらい大声で助けを求めたい。さっきは拓弥にすがったけど、もう誰でもいいから助けてほしい。
だけど、玄関は反対方向。あたしをずっと追いかけてくる『アレ』の向こう側だ。
『アレ』の横をすり抜けて玄関まで走り抜けられるほどあたしの運動神経はよくないし、半分腰が抜けてる今の状態じゃ立つ事だってできない。暗い廊下の中、ひたすら這うように逃げた。
オァアアアアア…。ヴゥゥゥゥ~…。
また、あの不気味な音が聞こえてくる。全然小さくなってくれない事から、あたしの後を確実に追いかけてきてるんだと嫌でも分かる。
何で?何で何で!?何で追いかけてくんの!?
そんな事を思いながら、あたしは必死で考えてた。どうして『アレ』はあたしをこんな怖い目に遭わせるんだって。
あたしがいったい何したってんの!?今日のお通夜だって、ちゃんと葬儀社の人に習った通りの手順で手を併せた。お母さんの手伝いだってそれなりにしたし、おじいちゃんからも目を離さないようにしてた。
何一つ、『アレ』の気に障るような事なんかしてな…。
『カナちゃん、早く着替えないと遅刻だよ』
それは、あまりにも突然だった。
ふいに頭の中で、あの日の光景が蘇った。おばあちゃんとの最後の日の事を。
「今日は、学校行かないの」
『どうして?お休みじゃないのに』
「彼氏に呼び出された。だからサボり。お母さん達には内緒にしといて」
『学校サボってまで、行かなきゃいけないデートなの?』
「行かないと、彼氏うるさいから」
『ダメ。お断りの電話しなさい』
「めんどくさいから、ヤダ」
『そんな理由で行くの?それは変です』
「は?何それ?」
『ねえ、カナちゃん。好きって事は、本当に大切な事なんだよ?』
「うるさいな!自分だって、これからおじいちゃんとデートじゃん!さっさと行けば!?もう着替えるから、出てって!」
あたしの身体は、ぴくりとも動かなくなった。止まったのは、ちょうどおじいちゃんが寝ている部屋の前。
何でこんな所で止まったんだとか、今ならまだ二階への階段を昇れるんじゃないかとか考えちゃったけど、それ以上に頭の中を占めるあの日のおばあちゃんとの「会話」。
たったそれだけで、『アレ』があたしを追いかけてくる理由が分かった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます