女神様だって「#クソ客のいる生活」とつぶやきたい

王-wan-

前編


 人が住む空の上の更にその先、神界と呼ばれるその場所では、今日も各世界を司る神様達が身を粉にして働いている。


 私もその神の中の一人、毎日毎日送られてくる転生者の要望に必死で笑顔を作りながら対応している下級女神だ。



「ねぇ聞いてよ〜! さっきの奴めっちゃキモかったんだけど!!」



「こら! 何を言ってるのアナタ!!」



(げ、課長いたのかよ……)



 私が今怒られているここは各界の転生勇者を管理する部署、『転生管理第三課』の事務室だ。

 一仕事終え、同僚にあのバカ人間の態度を愚痴ろうとドアを開けて第一声から切り出した瞬間、転生者の対応の予定が入っているはずなのに何故かここに居る課長に怒られた。



「すみません……あまりにもな態度を取られたもので……」


「ハァ~~……まぁ良いでしょう。決して転生者の前ではそんな態度出さないように」


「反省します……課長はなぜここに? 今日は予定が入っていたはずでは?」



 無事許された、どうやら今日は少し機嫌がいいらしい。ついでに予定が入っていた課長が何故ここにいるのか聞いてみる。



「フフフ、どうやら私の担当するはずだった転生者がゴネたみたいで、引き継ぎの人が怒って地獄に飛ばしちゃったらしいのよ。おかげでヒマになったわ」



(転生者が地獄に飛ばされて喜ぶなんて、愚痴を言う事よりも何倍も酷いだろ……)



 そんな事を言ってしまえば目の前のこの上機嫌な上司も一瞬で悪神のように怒り出すだろう。これは胸の中に留めておくことにする。



「それは良かったですね、今日はごゆっくりなさって下さい」


「そうね……たまには部下の愚痴でも聞いてあげようかしら。さっきの事話してごらんなさい」



 (さっきは怒った癖になんなんだこの女神は……)


 そう思うものの愚痴を聞いて貰えるのはありがたい。低級女神の仕事の大変さを分かって貰うためにも、普段溜まっている転生者共へのムカつきを込めて愚痴らせてもらおう。



「聞いてくださいよ! さっきの転生者といったら、やれ『転生先はウォシュレットのある世界にしろ』だの『こっちは被害者なんだからもっと良いスキルをよこせ』だの……こっちだって別の神のミスの尻拭いさせられてんだって話なんですよ!! 挙げ句の果てに『マニュアル仕事なんですね』なんて捨て台詞吐いていきやがって……」


「それは大変だったわね……最近は困った物よね〜、そういう娯楽が流行ったからって生命管理部も何かあれば転生させればいいやって感じだもの……」



 そう、現世で【異世界転生物のコンテンツ】が流行った結果、神界でもミスをしたら転生させればいいや等といった怠惰な考え方が横行して来ている。


 その皺寄せは全て私たちが所属する転生管理課に押し寄せ、数年前までは転生者の前になんか出る事の無かった課長まで時々現場仕事をするハメになっている。



「ねぇねぇ、お二人はこれ知ってますぅ?♡ 最近流行っているこのアプリ♡」



 語尾に♡を付けながら、後輩が話に割り込んできた。

 彼女は以前までは生命誕生課にいたが、昨今の事情から助っ人としてこの課に飛ばされた可哀想な新人女神だ。



「それはなに?」



 人間が使っているのを見て「便利だから」と最高神様から配られたスマートフォンの画面を後輩ちゃんが見せてくる。

 その画面は見た事がない物で、それは最近出来たスマートフォン研究課によって作られた新しいアプリだと後輩ちゃんが教えてくれる。



「なんかぁ♡人間が使っているSNSっていうやつを真似たものらしくてぇ♡日記みたいな物を公開できるみたいな感じぃ?♡らしいですぅ♡」



 あまりの♡の多さに胃もたれしてくるが、それは置いておこう。



(日記を公開するなんて恥ずかしい事を人間はしているのか……本当によくわからない)



 そんな事を考えていると思いもよらず課長が興味を示す。



「あら、なんだか面白そうね、どうやって始めるの?」


「スマホのここをこうして♡ここを押せば♡…………」



 私の愚痴を聞いてくれると言った課長の興味は、もうどこかへ行ってしまったようだ。

 彼女らが話す内容に全く興味のわかない私は一度大きくため息をつき、自分の席でパソコンへ向かい溜まった書類を片付ける事にした。



 しかし二週間後の今、私は後輩ちゃんが言っていたSNSを開き、みんなのつぶやきを眺めている。


 娯楽という娯楽が少ないこの天界では新しい流行りは一瞬で広がり、流れに乗れない者は取り残される。

 いつのまにかSNSの話題は一世を風靡し、話題についていく為には自分も始める以外の選択肢はなかった。



「みんな色んな事をつぶやくんだね」


「先輩はつぶやかないんですかぁ?♡」


「だって何書けば良いか分からないんだもん」



 タイムラインに流れるつぶやきは、なんともどうでも良い物ばかりだ。

 自分も何かつぶやいてみようかと思ったが、一言挨拶の言葉を載せたら次はもう何をつぶやけば良いか分からなくなっていた。



「そういう時はトレンドを見るんですよぉ♡ほらここ、今の流行りの話題が見れるんですよぉ♡」



 後輩ちゃんが横から手を伸ばしてきて、私のスマホの画面を撫でる。

 すると画面が切り替わり、ランキングらしき数字の横に見慣れない言葉が書いてあった。



「なにこれ、『#クソ客のいる生活』?」

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