第10話 願い

「無理をしてはいませんか。負担がかからないくらいで良いのです」


 心配そうにセンリアフが眉尻を下げて僕を見つめる。

 日に日に身体は重く、眠りに落ちるたびに夢に怯えるようになっていた。

 いつ確信をつかれるのだろうか。まるで罪の宣告を受ける日をただ待っているかのようで、いつも晴れない不安に覆われている。

 僕は知っている。全てを思い出せばきっと、この時間も終わりに向かうのだと。

 けれど、いまこのひと時。ここでこうして生きている間にも、僕にできることはある。


「人を助けることは、人に助けられることと同じなんだ」


 僕はそう言葉にして、ふっと口元を緩めた。

 この言葉を伝えるのはきっと初めてではないだろう。そんな確信があった。


「森では誰もが一人では生きられない。だから、自分の得意なことをして分け与えて、分け与えられて生きるんだ。僕は治すことしかできないから、僕が生きるために人を癒すんだよ」


 懐かしい森の民の教義だ。

 森の生活は自給自足に似て、ほんの少しそれとは違う。

 草木を操る魔法をつかう者が実りを育て、力や俊敏さに長けた者が狩りをする。火や水を扱う者が生活を守って、手先が器用な者が道具を作り、風を知る者が危機を退ける。

 皆が得意なことをして、その恩恵を分け合って生きる。

 森の民の多くは群れを転々としながら移動生活をして、自分の永住の場所を探し求める。だから、群れに一人仲間が増えることは、それだけで受ける恩恵が増えることなのだ。

 皆が仲間で、皆が仲間のために自分のできることを精一杯して生きる。それは、仲間に生かされることと同義だ。

 僕は神子として神殿のある村に長老たちと住んでいたから、一般的な森の民とは異なるけれど。森の知と歴史を司るおさたちと共に過ごしてきたからなおさら、生まれ育った森の教えは深く染みついている。


「できることがあるならば、したいんだ。それが、僕が今ここで生きていることだよ」


 だから僕は、今日も診療所へと足を運ぶ。

 ここは、この環境は。僕が僕らしく生きられるために、この優しい人が見つけてくれた場所なのだと知っていた。


 どうせ忘れてしまう僕には、人と交流を保つことなどできない。具合が悪ければ訪れることはできないし、いつだって一期一会のようにその場限りの治療をする。

 医院長はそれでも文句も過度の気遣いもなく、スタッフの一員として受け入れてくれて、適度に仕事を任せてもくれた。

 まるで森の中みたいなこの環境が、人の国で当たり前に存在する訳がなかった。

 多くのことは忘れてしまったけれど、人の国が森と根本的に違うということは、理解していた。


「治療師さま!会えてよかった。もうすっかり足もよくなりました。今日はお礼を持ってきたんだ」


 数週間前に事故で足を不自由にして寝たきりになっていた男が、荷車いっぱいの野菜を携えて門を叩いた。


「元気そうでよかった」


「治療師さまに会えなかったら、一生立ち上がることもできなかったに違いない。本当に感謝しきれねぇよ」


 男の満面の笑みに、口元が綻ぶ。

 ほんの少し。ただ無為に過ごしているだけの時間のほんの一部が、誰かの喜びに変わるのならば。

 僕は、こうして生きている。ここで。いつも、守られながら。


 快活な男の話し声に、リアがこちらを向いて柔らかに笑んでいた。

 この優しい人に報いるために、僕には何ができるのだろう。

 望むものは何一つあげることはできない。

 僕の全ては愛する番のものだから。この魂までも、ずっと囚われて破滅を繰り返している。

 それでも、何か。少しでも。

 忘れることもできずに一人残される彼へと、何かを残したいと願った。

 僕が僕を忘れてしまう前に、何か。

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