マイクテスト
マイクテスト
◇◇◇◇
「逆に読まずに丸するのを利用して、投票内容を『自治会執行部存続』ってすれば?」
ウッチャンの提案に前島先輩は少し唸った。
「ひとつの手ではあるが、あからさますぎて反感を買ってしまうかもね」
「んなもん、ちゃんと規約を読んでねぇ方が悪い!!!!」
そう言って笑ったかじやん先輩を、志方先輩が叩いた。
テストも終わって午前授業だけなのに、学校イベントはあと3月の卒業式を残すだけなのに……毎日のように会議を行われた。
私が意見をひたすらノートに書いていき、シヅはホワイトボードの方に書いていく。
会議が繰り広げている中、ふと気になって聞いてみた。
「あの……今、関係ないかもしれませんけど……」
「関係ないなら喋んな!」
かじやん先輩がニヤニヤと意地悪を言ったら、あとの二人の先輩がかじやん先輩の頭を叩いた。
三人のコントはもう当たり前みたいなものだから、気にせず話し出した。
「なんで先輩達はそんな一生懸命にジチシコを守りたいんですか?」
先輩三人はキョトンと私を見たあと、三人が顔を見合わせてニヤッと笑った。
「んなもん、なぁ!」
かじやん先輩が賛同させるように二人を見て、前島先輩は笑った。
「僕ら三人は寂しがり屋なんだよ」
……寂しがり屋?
え?先輩達が?
先輩三人の顔を見た。
「そうは見えないっすけど?」
そう言ったのはタマだった。
相変わらずの空気読まない意見だ!!
でもそんな風に言えるってことは……タマ、昨日よりも少しでも……元気になれたんかな?
タマをジッと見つめたあと、先輩達に視線を戻した。
「俺らって周りから浮きやすいからさ」
志方先輩は笑いながら、そう言った。
「前から思ってたんすけど……」
ウッチャンが言いづらそうに聞いた。
「先輩達はそれをわかってて、なんで自分を貫くんですか?……先輩達は頭の回転早いし、周りに合わすぐらい…別に難しくないんじゃないですか?」
ウッチャンの言葉に先輩達は一瞬キョトンと目を丸くしたが、すぐに三人とも笑った。
「そんなんして楽しいわけねぇじゃん!!」
豪快に笑うカジヤン先輩と一緒に志方先輩も珍しく声に出して笑っていた。
「それで周りに馴染めるだけが人生の成功とは言わないだろう?」
シヅは「でも……」と眉をひそめた。
「だからって一人を貫いても……時々、やっぱり寂しくなりませんか?」
「だからだよ」
先輩達は笑った。
「寂しくて、それでも自分らしくあるためには、周りに合わすんじゃなくて、自分で作るんだよ。自分の居場所」
自分の居場所。
私達の…居場所。
私達…一年四人はそれぞれの顔を見合わせた。
自分の出来ることを見付けたくて部活をやめた私。
自分を好きになりたくてオシャレになったシヅ。
自分の想いを伝えたくて関西弁を使うウッチャン。
友達を守りたくて自分を貫くようになったタマ。
そんな私達四人が集まった。
やりたいことがあって、大事なものを見つけたくて、ジチシコで一生懸命頑張ってきた。
みんなのために働いた……なんて立派な精神でやってきたわけじゃないし、出来たわけでもない。
自分達のためにしてきたことかもしれない。
でも私達は確かに今日までやってきた。
自分達の場所を作った。
それは私達それぞれの傷を癒し、力に変えてきた。
そんな中でそれでも私達が守りたいのは一体何?
…――
体育館で自治部員、全員が集まっている。
ザワザワとしている。
もう数日経てば、終業式があり冬休み。
だが午後一に体育館に集められている。
全員が集まった理由を理解しているのかはわからない。
昨日のHRに各担任から説明しているはずだが、全員聞いたかは定かじゃない。
だけど今日はいよいよ投票があるのだ。
ジチシコの存続に対して反対か……賛成か。
内容は生徒会制度に変えることに賛成なら丸を記入する……こと。
ザワザワしながら全員が何事かと待っている。
「ポチちゃーん」
舞台の下でマイクの準備をしていた萌恵さんと千世さんが私を呼んだ。
「な……なんでしょうか?」
若干焦った私に千世さんがクスクス笑っている。
「なぁーに、ビビってんの?」
「いえ別にビビってなんかは……なんか条件反射で構えてしまうというか」
ベラベラ喋ってしまっているけど、千世さんに変わらずクスクスと笑われた。
「ところでポチちゃん、暇?暇だよね?暇そうだもん」
千世さんにもジチシコメンバーの独特な強引なノリがある。
まぁ実際、暇だったけど。
「はい、何でしょうか?」
「音響のマイクチェックしたいから、ポチちゃん壇上上がってマイク置いていって?んでついでに何か喋って?」
「……え?えぇ!?」
こんな全校生徒が集まっているのに!?
咄嗟に周りを見たけど一年は私しかいなかった。
「大したのじゃないから大丈夫だよ?先生と志方君が喋るためにちょっと軽く合わせるだけだから」
ちょっと嫌がっている私を察したのか、萌恵さんはニコニコ笑いながらそう言ってくれた。
そう言いながら私にスタンドについてるマイクを渡してくれた。
笑顔で言っているけど……つまり笑顔で強制してませんか?
しょうがないか……
あきらめて壇上の階段を上り始めた。
「言っとくけど!音チェックだから音出して欲しいけど、絶対にマイク叩かないでね!!マイクに良くないから!!自分の声出してね」
「えぇっ!?」
だから全校生徒が見てる中で!?
千世さんはニヤニヤ笑っている。
「なんなら一発歌ってもらってもかまわないよ?」
「いやいやいやいや!!」
「冗談!適当に『あーあー』とか『テスッテス!!』で充分だから!!じゃあよろしく~」
それだけ言って千世さんも萌恵さんも私を残して音響機材がある舞台裾に行ってしまった。
マジですか!?
……うぅ。
舞台にちょっと上がっただけで恥ずかしい。
舞台中央にスタンドマイクを持っていく。
いよいよ始まるのかと勘違いされて一瞬全員静かになった。
まだです……まだですから。
かなりの羞恥に襲われている。
ジチシコで仕切ることに慣れ始めたけど、大勢がいる前に立つまでの度胸はまだない。
ドキドキしながらマイクの前に立つ。
「あー……あー……」
私が声を出している間に音量が大きくなったり、小さくなったりして、先輩達が調節しているのがわかった。
「……あー、あー」
私が声を出している間にまだ準備の段階だとわかった皆はもう一度ザワザワし出した。
「……あー」
目の前にいる皆は……興味なんてないように友達と喋っている。
……
まるでどうでいいみたいに。
「……………あー……」
仕組みとか制度とか小難しいことより、友達や恋人と昨日のテレビの話や芸能人やオシャレや恋愛の話をした方がいいのだ。
それが普通の今の『世間』
当たり前。
でも、周りに流されているせいで、他人に無関心のせいで、結局は回り回って、自分に傷を作り、孤独を生み出す。
「……学校は、」
ただの声が言葉に変わった瞬間、ハウリングが起こり、キイィンと響いた。
だから静かになった。
「学校は、小さな社会です。私は……そう思っています」
私が話し出して、全員の視線の注目を浴びた。
……はっ、私!!何を口走ったんだって、顔が真っ赤になって脈拍も上がった。
目線を下げそうになった。
もう音響チェックとしては充分なはず。
早く舞台から降りよう……。
その時……全員が並んでいる四角な固まりから外れている人影が視界に入った。
先生達の列の後ろから三人。
体育館の横の扉からシヅとウッチャンと……タマ。
三人がいた。
周りの目を気にして、周りの評価を気にして、私達四人は……
「……幼稚園、小学校、中学校……家や会社やバイト先……どこにいっても、そこが社会のひとつで、それぞれのルールがあって、それぞれの立ち位置もキャラ付けもあってどこに行っても、そこにひとつの世界があって、小さな社会があるんです。
そして……私達は今、この桜田高校という社会を選びました」
私の言葉が体育館に響き渡る。
「自分を見つけたい人、自分を綺麗に見せて人に褒められたい人、自分を表現したい人……他者と関わりたい人も関わりたくない人もそれぞれあると思います。ただ……みんなは自分の居場所が欲しいんです。寂しいんです。満たされたいんです。ただそれだけ」
震える声。
でも終わらない。
私の心の声だから。
「人と比べられるのは嫌なのに比べずにいられなくて、しんどくなって」
暗闇の夜の学校で泣いた私。
「誰かに好きになって欲しいのに、自分も人も信じられなくて」
岡村君と別れて『偽善者』と嘲笑したシヅ。
「自分に噓をつきたくないのに、自分に自信がなくてどうしても着飾ってしまったり」
大阪弁が抜けずに立ち止まっていたウッチャン。
「誰一人傷つけたくないのに、自分を貫くたびに周りに迷惑をかけてしまったり……」
マイペースの裏で踏切の前で叫んだタマ。
「たまに投げ出して、死にたいくらい恥ずかしい気持ちもあって、『自分なんて』なんて思わずいられない……それでも私達は、明日を生きていきます。あきらめたくないんです」
完璧じゃなくて失敗ばかりで、誰一人立派な人間ではない私達四人は、それでも集まった。
一人一人の何気ない言葉や行動が、私達の居場所となった。
「今から行われる投票は、私達の戦いです」
変人、自己チューと
きっとそれぞれの理由で学校の皆を楽しませたいと思い、自分達も楽しみたいと思ったんだ。
そして、自分達の居場所を作りたかったんだ。
たった三年間の世界。
だけど走り抜けた三年間が必ず大人になった自分達を支えてくれると信じて……。
「多数派が全ての真実なのでしょうか?少数派が全て正義なんでしょうか?
私には、まだわかりませんが……目の前のことだけを楽しんだ出来事は、大人になっても思い出せるんでしょうか?
今のことに興味も持たず、ただ言われたから此処に集まり、早く帰りたいこと以外に何も考えずに過ごしていたら……きっと世界は光り輝きません。
私達はそれが嫌なので必死になっています。
みなさんが興味もないような今日という日を必死に戦ってきました。
私達はもう義務教育を終えて、自分の足で立てる準備期間として高校にきています。
その準備期間を大人はこう言います。
『青春だった』って。
子供と大人の狭間の私達は自分達で考え、自分達で行動できるはずです。
全て出来る力はありませんが、せめて自分達の腕の中で出来る範囲のことをめいいっぱい……やっていきたいです。
だから……私はこの自治会執行部が好きです。
周りに何か言われても自分で自分を恥じなかったのなら、必ず後悔しません。
私達は私達のためにみなさんと、この学校を良くし、盛り上げ、最高の瞬間を作りたいと思っています。
未熟な私達が成長するために不器用ながらも一緒に作っていきたいんです。
大体の多数派を優先するだけじゃない。
一人一人が一人一人を想いやり、助け合い、支え合い、自分を好きになれば、自分で立つだけでなく、誰かの手を引いてあげることだって出来る。
そこで初めて、きっと本当の『自主自律』も生まれるんじゃないでしょうか
そしたら、明日も世界も周りの人も……自分も好きになれるような気がします。
……難しいことです。
だから、皆さんの意見を……率直な気持ちが欲しいです。
もし優秀な人を望みたいなら生徒会制度に賛成……丸をしてください。
でも自分達もまだ諦めたくないなら……今のまま、反対としてバツをしてください。
もしやってみたいことがあれば、言ってください……聞きたいです。
面倒な部分は私達が請け負います。そのための私達です。
投票して任せたからって、全てを知らないまま終わらないでほしい。任せっきりにして、人のせいにしたって……つまらないです。
完璧な人間なんていない。
そうとわかっていても、辛い。
選ばれたから偉いとかじゃなくて……選ばないからこそ、皆と同じ力で。
皆がいたら……」
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