第30話 状況はすでに始まっている。我々も動くわよ
「錬司が、ランクF……?」
信也は放心していた。まるで車の形をした筋斗雲に轢かれた気分。思っていたことと現実に起こったことが違い過ぎて唖然としてしまう。
「ここにいましたか」
屋上の扉が荒々しく開けられる。そこにいたのは牧野先生だった。
「あ、マッキー先生だ」
「神崎さん、今すぐ我々についてきて下さい」
「我々?」
先生の言葉の後、彼女の背後から銃器で武装した集団が現れた。全身が迷彩服で肩からはアサルトライフルをぶら下げている。佇まいから素人ではない、全員プロだ。
「え、なになになに!? なにこの人たち!?」
「先生これは?」
「話は後です。すぐに彼を保護、研究所まで護送しなさい」
「はっ」
先生からの指示に部隊の隊長らしき男が返事をする。
「ちょっと待ってくれ! なんだよこれ、日本だろここ!?」
「アークアカデミア敷地内ではこうしたこともあります。知っているはずですよ」
そもそも子供に異能(アーク)を与える学園というのは世間に突然発表された。社会に与えた影響は大きいものだったが、その混乱とは反対に法整備は迅速に整えられ現在に至っている。そして異能対策として敷地内では銃器の携帯が一部許されているのだ。
「いったいなにがあったんだよ!?」
とはいえいきなり武装した男たちがぞろぞろと現れれば当然戸惑う。それで信也は聞くが、牧野先生は冷静だ。
「ジャッジメントが現れました。我が校の生徒が襲われ現在治療を受けています」
「ジャッジメント……?」
「事態の収拾がつくまであなたを一時保護します。ランクAであるあなたはアークアカデミアにとって貴重な人材です、自主的な協力を望みます。でなければ、拘束します」
鋭い視線で言う彼女は教師の顔ではなかった。軍人か、政府の人間のような険しさがある。
「まさか……」
ジャッジメント。その響きに信也は固まった。
最近になってハイランカーばかりを襲撃する謎の犯人。正体不明。動機も不明。異能(アーク)に至ってはランクB以上という推測のみ。
しかし、信也には予感があった。確信めいた予感が。
(まさか)
それは同時に悪い予感だった。突然悪夢に放り込まれたような恐怖が体の奥から湧き上がってくる。
(違う、違う! ジャッジメントが、『あいつ』なわけがない!)
悪い予感を頭を振って追い払う。しかし不安は消えない。信也は顔を上げた。
「悪い先生!」
信也は扉とは反対方向に走り出した。すぐに先生が制止を求めるが止まらない。
「こい、エレメント・ロード!」
信也は異能(アーク)を発動した。黒の外套を靡かせ跳躍すると、そのままフェンスを飛び越えた。地上に落下する寸前で風を巻き起こし減速するとふわりと着地し正門から外へと出て行った。
「信也君待ってよ~!」
姫宮は彼の後を追いかけるため「どいてどいて~」と男たちをどかしながら屋上の扉から消えていった。ここには牧野と引き連れた集団が取り残されている。
牧野は左耳にセットしていたインカムを繋いだ。相手は学園長の賢条だ。信也が逃走した報告をしなければならない。ジャッジメントが出現した今このままでは貴重なランクAが消えてしまうかもしれない。
「学園長、対象が逃走しました」
『想定通りだな』
しかし、通信の向こう側の男に動揺はなかった。すべてを見透かしているかのように厳然とした声が聞こえてくる。
『彼を追跡しろ。行動はすべて記録。私はこれから防衛省へと向かう。以後の指揮はお前に一任する』
「了解しました」
通信を切り牧野はインカムに当てていた手を下ろす。
「状況はすでに始まっている。我々も動くわよ」
「了解です」
牧野からの指示に男たちも動き出す。
牧野たちは屋上から姿を消していった。自分たちのミッションを達成するために。
「どこだ、どこにいるッ」
信也は夕焼けの駅前を走り回っている。黒の外套と巨大な帽子姿に奇異の目で見られながらも信也は忙しなく辺りを探していた。
しかしどれだけ探してみても見つからない。そもそもジャッジメントの犯人がどんな姿をしているのか分からない。
信也は一度立ち止まり目を瞑った。
(気を鎮めろ。集中すれば人探しくらい今の俺なら出来るはず)
激しい呼吸を落ち着ける。頭の裏側にジャッジメントのことを思い浮かべ静かに念じていく。精神を統一させ己の気と世界を重ねる。
信也は瞼を開いた。
「こっちか!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます