第19話 知るかんなもん、やってみれば分かることだろ?
これは、まだ神崎信也が中学二年生のころだった。
「おいどうした信也、かかってこいよ!」
「や、止めてくれよ……」
体育館の裏、人通りは少なく陰になった場所に、信也は五人の男子に囲まれていた。
「なんだよ臆病者、殴り返してこいよ!」
信也の正面に立つ男、PTA会長の息子が腹を殴ってくる。信也は倒れ腹を抱えた。
「はっはははは! 情けねえ」
周りからも笑いが起こる。
信也は睨みつけてやろうかとも思ったが、次の瞬間には目を伏せた。
耐えることしか出来ない。
それが自分に相応しい身分なのだと、どこか諦めていたから。
だが、
しかし、
だとしても。
立ち向かうだろう。
――彼ならば。
「おーおー、なにしてんだよてめら。俺もまぜろって」
「お前、錬司!?」
そこへ現れたのは獅子王錬司だった。ニヤついた笑みで立っているのに、肩まで伸びた白髪が揺れる様は優雅だ。
「錬司……」
信也は横になりながら錬司を見上げた。
「一人に対して五人かかりが。はっはははは! とんだ臆病者の集まりだぜ」
「んだとてめえ!」
錬司の悪態に少年が近づく。けれど錬司も黙っていなかった。
「うるせえ! どこが違うんだよ、お前がこいつを殴った、違うのか?」
「ああそうさ! 俺が殴った。だからなんだ? 訴えても無駄さ、俺の父親は警視長官だぞ? どんな問題だってもみ消してくれるさ。それに、俺になにかしてみろ。お前に地獄見せてやる」
ゲラゲラとした笑い声が聞こえる。
信也は絶望した。あまりの理不尽と悔しさに涙を流した。
生まれつきの境遇(ランク)で、こうも決められてしまうのか。
悔しいのになにも出来ない。
「出来るさ」
「え?」
聞こえた声に、信也は顔を上げた。
「駄目だ錬司、手を出したら」
信也は声を掛けるが錬司は止まらない。
「てめえが地獄を見せてくれるだ? ハッハハハ! 片腹痛いわ! てめえみたいな地獄(シナリオ)じゃぬる過ぎる。俺はなあ、特別(オリジナル)になるんだよぉお!」
それから錬司と五人での喧嘩が始まった。錬司は主犯の少年の股を蹴り上げると鳩尾に拳を叩き込む。それで終わり。次に相手のパンチを逸らすと相手の膝を横から踏みつける。
「ぎゃあああ! 折れた、足が折れた!」
次々と相手を無力化していく。人数などものともしない。権力なんて関係ない。
獅子王錬司は絶対に屈しない。
自分の可能性を信じてる。
そして喧嘩は終わった。錬司の周りでは少年たちが倒れ呻き声を上げている。
すると錬司は信也に振り向き歩み寄ってきた。片膝を付き手を差し出した。
「ほれ、助けに来てやったぜ、泣き虫信也」
相変わらずの悪態で錬司は手を伸ばす。けれど悪意のないその顔に、信也は見入っていた。
(ああ、同じだ)
思い出す、かつて夕焼けの空の下で見た、彼の横顔を。
(なんて、まっすぐな瞳だろう)
信也は錬司の手を取った。
翌日だった。怒り心頭でPTAの会長がやってきた。
部屋には錬司と信也、錬司によってぼこぼこにされた少年は腕にギプスを嵌めており、教師数人と一緒にいた。
PTA会長の女性は紫のタイトスカートにソフトクリームのような巻髪に眼鏡をかけていた。
「これはいったいどういうことです! 私の可愛い周二(しゅうじ)ちゃんがこんな目に遭うだなんて! すぐにこんな野蛮なやつは退学にすべきです!」
「まあまあ落ち着いてください会長、まずは事情を聞いてからでも」
「そんな必要はありません。見なさい、この不良顔。こいつが悪いに決まっているザマス」
「おーおー、すげえ偏見だぜ」
錬司がぼやく。
「お黙り!」
会長は唾を吐くのも躊躇わず叫んでいる。
権力に任せて押し通す気だ。
信也は下唇を噛んだ。
なにも出来ないのか? 今回も? 悔しさに震える拳を振るうことも、不正に勇気を持って叫ぶことも。
『うるせえ! どこが違うんだよ、お前がこいつを殴った、違うのか?』
「え?」
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