第2話 入学式早々
晴天に恵まれた第三アークアカデミアは本日入学式だ。春の風が桃色の花弁を舞い上げる。桜の花びらがゆらゆらと落ちうららかな日差しが学園を照らす中、一人の女子生徒が猛ダッシュで正門へ走っていた。
「やばいよやばいよ遅刻だよぉお! どうしたんだ姫宮詩音(ひめみやしおん)! お前は大事な入学式から早々遅刻するやつだったのかい!? いや待てよ、そんな大事な日に遅れてくるからこそキャラが立つという可能性も少なからず、いや! それでも遅刻というはよろしくないから、いや! あえて人とは違う道を歩むというのも、いや! いや? いや!? うーん、悩ましいな~」
少女は独り言をつぶやきながらアークアカデミアに向け激走中だ。胡桃色のセミロングを靡かせて、スカートを翻し明るく元気に爆走していた。
「いや、私は決めたぞ! 絶対に遅刻しない。ここで頑張って間に合わせてこそ輝くんだ! そうだ、いけいけ姫宮お前なら出来る時間がなんだそれいけ姫宮これからさき千メートルを超えた先になにがある? そうだ入学式だ、そこに向かって走れ姫宮。若葉萌ゆる桜並木の下行われる第三アークアカデミア入学杯。そうこうしている内に三、四コーナーを回って先頭姫宮。二番に時計の長針、三番手時計の短針が追いかける。並ぶは姫宮と時計の長針、逃げるか姫宮追い抜くか時計の長針。ゴールはすぐそこ直線に差し迫った! 長針来てる! 背後から長針来てるぞ危ない! そうはさせまいと必死に走る私こと姫宮がんばれ姫宮がんばれラーメン大好き姫宮がんばれ。さあ! 入学杯の栄光を勝ち取るのはどっちだ!? 姫宮! 姫宮! 姫宮! ……姫宮だ! 遅刻を逃れただいまアークアカデミアの門を通ったのは姫宮あああ! あわわわわ、ぎゃおう!?」
姫宮はなんとか時間内に学園の正門を通ったが人とぶつかってしまった。腰を地面に打ち付けてしまう。
「いててて……すいません! 私急いでて」
「ああぁ~?」
「あ……」
痛みが残る顔で見上げるが途端に唖然となってしまう。姫宮が見上げる先、そこにいたのはいかにもガラの悪い三人組の男子生徒たちだった。その中の一人、姫宮がぶつかった男が見下ろしてくる。ただでさえ大きな体が見上げているからかさらに大きく見える。まるで熊のような巨体だ。
「てめえ! どこに目ぇ付けてやがる!」
「あの、ごめんなさい。お怪我はありませんか?」
「いててて! これは折れた、絶対に折れてるに違いない!」
「大丈夫かよ田口(たぐち)!?」
「ええええええ!? そんな、折れたって骨ですか? 骨ですね!? ぶつかっただけで骨が折れるなんて、慢性的なカルシウム不足ですよ! なんでもっと牛乳飲んでないんですかそんなに体大きいのに!」
「うるせえ! そういう問題じゃねえんだよ!」
姫宮の指摘に田口と呼ばれた男がこれみよがしに肩を抱えている。本当に肩が折れていたらもっと痛がるはずだが普通に怒鳴っている。古典的だ。しかし古すぎて彼女には分からない。その勢いに姫宮の口から「ひえぇ!」と悲鳴が出る。今や姫宮はヘビに睨まれたハムスターのように涙目で震えていた。
「てめえ、俺がなにを言いたいか分かるか?」
「グスン…………ビタミンDですか?」
「ちげえ!」
違った。
「え、でも、ビタミンDはカルシウムの吸収を促進するってどこかで――」
「そうじゃねえんだよ! 金だ金! 治療費と慰謝料だよ!」
「へ?」
治療費と慰謝料。その言葉の重さに姫宮の顔が青ざめていく。
「え、でも私、歌なら自信ありますけどお金はないから払えないんですけど」
「知るか! 金がないなら借りてでも返してもらおうか」
「そんなぁ~! 私ピンチかも!?」
あわわわと焦り出す姫宮。そんな彼女をはやし立てるように他の二人も「そうだそうだ」と言ってくる。
「お願いします、それは勘弁してください! 奨学金でここに来てるのにこれ以上借金とか無理ですよ~」
姫宮はお願いする。うるうるとした目で見上げるが田口の表情は変わらない。
「知ったことか、それになんだてめえはさっきから。べらべらズレたことばかり口にしやがって。おい、お前『ランク』はなんだよ?」
「え、私のランクですか?」
その時、不意に聞かれた内容に姫宮の表情がどきっと強張った。
ランク。それはアークアカデミアの生徒なら誰もが知っている称号であり、同時に烙印だった。
異能(アーク)にはランクがある。異能(アーク)自体は入学前に開発措置を受けるため姫宮も持っているが、同時にどんな能力か、どのランクかも判明する。
それは特別を求めてやってくる彼らに取って運命の時。そこで選別されるのだから。
高ランクなら最高だ。まさに特別、栄光を約束されたに等しい。普通でも良好、異能(アーク)は持っているだけでステータス。一般の者に比べれば格段に良い。
だが。
もし。
低ランクなら。
「あの……Fですけど……」
姫宮の声には元気がない。まるでいたずらがばれた子供のように畏縮していた。
聞いて三人の男たちが笑い出す。
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