撃退

     第四話   撃退



「はいアレイル、これも持って」

 イリアが買い物袋をアレイルに押し付けた。

 二人は今、街で買い出しをしていた。

 店長とパナックは今後のために車の点検・整備を、フィダスは情勢の確認のため新聞社や交易商などを当たっている。必然的に残る二人が雑用係という訳だ。

「多くない?」

 アレイルは思わず不平を漏らした。

「仕方ないでしょ。クッションが必要だなんて昨日の夜初めて判ったんだし。燃料と食料だって買い足さないとだし。まあ燃料は整備ついでに店長が買うらしいけど」

「それはわかるけど、なんで全部オレが持つわけ?」

「そんな大荷物持ってお店に入ったら、店員さんと他のお客さんに迷惑でしょ?アレイルのが計算得意だったら代わっても良いけど、値段ちょろまかされない自信ある?」

「・・・無いけど・・・」

 幼少から労働力として工場の手伝いをしてきたアレイルには学がない。最低限の読み書きは出来るが複雑な計算は出来ないし、計量のごまかしを見破ることも出来ないだろう。

「あ、次はこのお店ね」

 そう言って手ぶらのイリアが店に入って行く。

 店の外に残されたアレイルは、街の様子を眺めることにした。

 町は、意外と平和だった。昨日までのアレイルや多くの人々と同様に、危機の実感がないのだ。彼らは未だ、帝国兵も、人型機動兵器の脅威も見たことがない。

 だからこそ、無責任な噂話も広まるのだ。

「おい、聞いたかよ。遂にナブラ領内も攻撃されたんだってよ」

「大都市は全滅だってな。いや~田舎モンで良かったわ俺」

「ああ、新聞社の奴が言ってたぜ。電話中にいきなり悲鳴が聞こえてそれっきりだとか」

「マジかよ。じゃあ帝国兵は俺らを皆殺しにするって噂は本当だったのか?」

 こんなものは噂話に過ぎない。聞きかじりの聞きかじりなど、情報源として意味をなさない。だが、そんな噂話でも、アレイルの心には深い影を落とした。

(皆殺し・・・か・・・)

 昨日まで共に働いていた工場の人々はどうなったのだろうか。世話になった人は。商店街の人々は。昨日まで特に意識もしていなかった様々な人の顔が浮かんでは消える。

 眼前に明白な危機が迫っている間は考えもしなかったことだ。

 自分だけが助かったことに言いようのない申し訳なさがある。それはある種の生存者罪悪感サバイバーズ・ギルトだったが、その概念は未だアレイルにも世間にも認知されてはいなかった。

「お待たせ~。ん、どしたの?顔色悪いよ」

 買い物を終えたイリアが、アレイルの顔を覗き込む。

「いや・・・なんでもない」

「そう?なら良いけど。・・・じゃ、戻ろっか」



「じゃあフィダス、始めてくれ」

 宿の一室で店長が促した。

 部屋にいるのはパナックを除いた4人だ。車には銃火器や食料なども積まれており、盗難防止のためパナックが見張っているのだ。

「取り敢えず、予想通り主要な都市はほぼ帝国に抑えられているみたいですね。ナブラは連合だから、もう組織的な対応は出来ないでしょう。いよいよ以て、オレらは予定通り全力で逃げるしか道が残されてないですね」

「占領された都市の様子はわかるかな?」

「皆殺しだなんてぇ噂もありますが、正直なところ眉唾の域は出ないですね。で、こいつは私見なんですがね」

 と、ここでいつものように言葉を区切った。皆殺し、という言葉を聞いてアレイルがピクリと反応するが、フィダスは特に気付かなかったようだ。

「どうも占領することより逃がさないことに重点を置いてる気がするんですよ。そっちに力を割いてくれるんなら逆に田舎町は安全かも知れない」

「ありがとう。じゃあ今のところは予定通りだね。今日はゆっくり休んで、明日からは車の日々だ。それで良いかな?アレイル君」

 唐突に、店長が振ってきた。

「え・・・あ、はい」

 困惑しつつ、アレイルは頷いた。


 その夜。

 寝付けなかったアレイルは、宿の外に備え付けられていたベンチで独り夜風にあたっていた。

 街での噂が心に引っ掛かっていた。

 みんな殺されてしまったかも知れない。自分だけが生き延びた。自分には宝珠が、戦う術がある。為す術もない人々が殺されたのに、戦える自分がこのまま逃げ出して良いのか。死を恐れず戦うべきではないのか。何故なら、他のみんなは死んだのだから。

 だが、単独で戦うのは非現実的だ。今は逃げるべきだ。しかしそれは結局ただの保身なのではないか。

 思考が空転し、結論が出ない。

「眠れない?」

 気付けばイリアが傍に来ていた。

「私もちょっと眠れなくてさ。少しお喋りでもしようか」

 そう言って同じベンチの反対側、僅かに離れた位置に腰を掛ける。

 アレイルは黙ったまま口を開かない。

「何を悩んでいるのかは、なんとなくわかるよ」

 大きく息を吐き、イリアは静かに語り始めた。

「・・・帝国ってね。今は一つに纏まっているように見えるかも知れないけど、内部では主導権争いで抗争が絶えなかったんだ」

 世界情勢に疎いこともあるが、それはアレイルには初耳だった。

「で、ようやく内乱が収まって、今の体制が固まったのが8年前」

 イリアが夜空を見上げる。

「私の家ってちょっと変わっててね。反撃・報復は人間の正当な権利だって思ってるの。身内が謂れなく害されたなら誇りと命を懸けて復讐する。それは当然のことだって」

 急に何の話を?アレイルは疑問に思った。だがイリアはそのまま続ける。

「でも、だからこそ先に手を出すことは何よりも罪深く、許されない。帝国の軍事侵攻も当然に許されない。・・・そう主張していた祖父・・・お爺ちゃんは、8年前に政治犯として処刑されちゃった」

 そこまで言った後、イリアは吐息と共に視線を落とす。

「一杯悩んだよ。お爺ちゃんの死は正当だったのか。そんな訳ない。お爺ちゃんは優しい人だった。私は命を賭して帝国に立ち向かうべきだ、って。両親はそんなのは古い教えだ、これからは皇帝陛下に従って生かして頂くんだ、とか言ってたけど」

 イリアがアレイルに視線を向ける。

「ねえアレイル。お爺ちゃんは死んじゃったけど。私も死ななきゃダメかな?」

「そんなわけ・・・っ」

 思わず声を上げ、アレイルは気付いた。

 そういうことなのだ。今自分が悩んでいることは、イリアに死ねと言うのと同じ理屈だ。

 イリアは静かに話を続ける。その声はとても優しいものだった。

「アレイル。誰かが死んだらみんな一緒に死ぬなんて、おかしいよ。もしこの先私が死んだとしても。そのせいでみんなが死んじゃうなんて私はイヤだな。それにね」

 イリアがアレイルの眼をじっと見つめる。その瞳には力強い輝きがあるようにアレイルには思えた。

「自分が死んだからお前も死ね。自分が苦しんだからお前も苦しめ。もしそんなことを言う人がいたら。・・・その人は悪い人だよ。それがどんな事情のある被害者だとしても、無関係の人を傷付けたならその時点でその人は加害者なんだ」

 きっぱりとした口調だった。

「あなたは、生きていて良いんだよ」

 アレイルは心の重みがふっと軽くなるのを感じた。恐らくそれが欲しかった言葉なのだ。本当は、生きたい。ただそれだけの、生物として至極真っ当なことだった。

 イリアがベンチから立ち上がる。

「私たちはいつか帝国を殴り返してやるために今は逃げるけど、あなたは自分の意志で自由に生きれば良い。勿論、それが私たちと同じ道だったら嬉しいけど。ただ、これだけは覚えておいて。私たちは正義じゃない。私たちは悪い人」

「それは、どういう・・・?」

 復讐は正当な権利なのではなかったか。

「私思うんだ。復讐が正当な権利だとしても、それは正義なんかじゃなくて、悪になる権利に過ぎないって。だって、私たちが殺す帝国兵は多分お爺ちゃんを殺した奴じゃ無い。だから、私たちは復讐者で殺人者で、加害者なんだ」

「よくわからない・・・」

「今は良いよ。後で一杯悩んで。答えは人によって違うものだしね」

 イリアの言葉は難解で、哲学的にも感じられた。アレイルは、無学な15歳の少年に過ぎないのだ。

「喋り過ぎたかな。おやすみ」

 そう言ってイリアはアレイルを残し、その場を離れた。

 そして。

「・・・こんな感じで良かったですか?店長」

 宿の出入口を入ってすぐ、物陰にいた店長に声を掛ける。

「ああ、申し訳ないね。面倒なことを頼んでしまって」

「私は別に良いんですけど。・・・仲間になってくれますかね?」

 イリアがアレイルのいる方向に目を向ける。視線は通らないが、恐らくまだ彼は座り込んでいるだろう。

「彼は良くも悪くも普通で善良だ。追い込まれれば戦う覚悟もするだろう。けれどそれを強いるのは良くないことだよ。彼には自分で判断し、自分で決断してもらう。そのための材料は与えてあげないと。戦いは、自分の意志で立った者だけがするべきだ」

 そう言って、店長は部屋へと戻って行った。



 翌朝。

 ドーン、という轟音でアレイルは目覚めた。

「アレイル!起きてるか!?」

 フィダスの声が響いた。

「帝国の機動兵器が来てる!3機だ!急いでズラかるぞ!」

「3機!?」

 恐ろしい戦力だった。今まで機動兵器を撃退出来ていたのは、相手が単機だったことも大きい。アレイルが慌てて支度を始める。

 3機の機動兵器はそれぞれ分散して、町の外縁に位置する建物の屋上を陣取っているらしい。そして街中に向けて炸裂焼夷弾を撃ち込み、街を焼き払っている。3機では町全体を見通すことは出来ないが、見える範囲で街を脱出しようとした車は容赦なく吹き飛ばされているようだ。

「すんません!遅くなりました!」

 宿を出るなり、フィダスが天井付きの車両に飛び乗ろうとする。

「待つんだ!このまま逃げても捕捉される!」

 店長が慌てた様子で制止した。

「計算外だ。まさかこんな小さな町に3機もの機動兵器がやってくるとは」

 機動兵器3機ともなれば、もはや都市を制圧出来る戦力だ。こんな田舎町に投入するなど過剰戦力にも程がある。

(となれば目的は、ほぼ間違いなく『宝珠』だろうね)

 店長は思った。だが、それを口にすることは出来ない。

「店長!1台囮にしましょ!アクセル固定してどっかやれば隙が出来るかも!」

 イリアが提案する。

「そいつは流石にムリだぜ。稼げる時間が短すぎる。やるなら誰かが乗って回避行動しなきゃあ、一瞬だ」

「じゃあどうすれば!?」

 悩んでいる間にも、町は次々と破壊されていく。次の砲撃がこちらに飛んでこない保証はどこにもない。

(オレの宝珠なら・・・とは誰も言わないんだな)

 アレイルは思った。宝珠の力なら最低でも1機は撃破出来るし、その後逃走の隙を作ることも可能かも知れない。だが、彼らは本当にギリギリまでアレイルを当てにはしないのだろう。それはアレイルが彼らの仲間ではなく、庇護すべき逃亡者だからだ。

 だが、その間にこの町の人々は大勢が死ぬだろう。それは許容出来ない。これは、謂れのない暴力だ!

 罪悪感ではなく憤りから、アレイルは帝国を殴りつけると心に決めた。

「店長。オレ、やるよ!こんなの許せない!」

 店長が、覚悟を問うかのようにじっとアレイルを見詰める。

「・・・良いんだね?」

 アレイルは無言で、だが力強く頷いた。

「ありがとう」

 店長が、深く、深く礼をした。

「戦うんなら話は別だ。アレイル!こっち来い!」

 フィダスが天井なしの車両に飛び乗った。

「良い場所を見付けてあるんだ、急ぐぞ~!」

 フィダスが車両を急発進させる。町の外ではなく、町の中へ。


「良いかアレイル。さっき言った通りだ」

 フィダスがアレイルに語り掛ける。

「大丈夫。やれる!」

「よし、やれアレイル!」

「巨人!」

 宝珠が輝く。アレイルの意志に応え、機動兵器を遥かに超える、体長10メートル以上の鉄屑の・・・巨人が成形される。

 アレイル達がいるのは、スクラップ場だった。ここでなら、石や煉瓦ではなく、鉄屑ジャンクを素材に出来る。

 現状では巨人は動けない。しかもアレイルの集中が途切れれば即座に瓦解するハリボテのようなものだ。だが、それを知っているのはアレイル達しかいない。

 ドオオオン!

 巨人に砲撃が直撃した。機動兵器が攻撃を始めたのだ。

 巨人を構成する鉄屑が吹き飛び、細かく破砕される。だが次の瞬間吹き飛んだ鉄屑が、いや、それどころか、着弾した弾頭の残骸や燃え盛る燃料までもが新たなパーツとして吸収され、赤熱する巨人となって再生する。

 何発もの砲弾が直撃し、その度巨人は新しく生まれ変わり続ける。

「すげぇな。鉄屑巨人には砲撃は効かねぇ」

 巻き添えを防ぐため二人は巨人から離れ、建物の影から様子を窺っていた。

「今だアレイル!」

 上空を確認していたフィダスが叫ぶ。

 直後、巨人が崩壊し、今度は天に聳える巨大な腕にその姿を変える。

 そのすぐ脇に、機動兵器の内の1機が爆風と共に着地した。機動兵器の脚部、人間でいう脛部分のシリンダ機構が沈み込み、着地の衝撃を緩和する。

「ウドの~・・・鉄槌っ!」

 巨腕が振り下ろされる。いや、倒れ込む。たった今着地したばかりの機動兵器には回避行動が取れない。

 そして今度の素材は燃え盛る燃料を帯びた金属部品だ。凹む程度では済まない。大質量の赤熱する鉄屑を叩きつけられ、機動兵器が破壊される。背部装備が爆裂し、高く炎を吹き上げた。

「まず1機!アレイル、移動だ!」

 フィダスの号令で、二人はスクラップ場を移動する。

 

 残る2機のWWダブルは困惑していた。情報によれば、敵は礫弾を射出する機動兵器とのことだった。だが現れたのは10メートル超の鉄巨人。砲撃が通じず、接近した僚機は瞬時に撃破された。

 しかも。そもそも何だったのか。起きた光景が全く理解できない。鉄巨人だと思っていたものが一瞬崩れ、その直後腕型の巨大モニュメントのような物が出現した。外部カメラの故障で、何かありえない幻影でも映したのではないか。

 常識で測れない現象は恐怖以外の何物でもなかった。だがそれでも確認しなければならない。着用者ウェアラーは帝国内でも特別な立場にある。皇帝命によりあらゆる制度を超越するが、逆に皇帝の意に副わなければあらゆる権限が剥奪され得る。無為な逃亡は許されないのだ。

 2機のWWはスクラップ場の付近に着地した。謎の巨人は姿を消している。だがあれだけの質量が瞬時に移動できるとは思えない。

 2機はお互いの位置を確認しながら注意深くスクラップ場周辺を移動する。迂闊な跳躍移動は出来ない。危険があればすぐに回避行動を取らねばならないのだ。

 と、1機の視界に何か光のようなものが映った。薄紅色の輝きだ。

 1機が近付き、もう1機がやや後方で僚機への奇襲に備える。

 視界の先には薄紅色の宝珠を掲げた少年がいた。間違いなく『遺産』だろう。

 一見するとただの民間人のような姿だが、油断は出来ない。既に僚機が1機撃破されているのだ。

 13ミリ重機関銃を構える。生半可な建材なら撃ち抜く、高威力の対物機関銃だ。

 だが、斉射を開始しようとしたその瞬間、少年の周囲のスクラップが独りでに集まり少年の前を防壁となって覆い隠した。

「なっ・・・なんなんだよこれはぁっ!」

 叫びながら重機関銃を乱射する。

 並の壁なら粉砕出来る筈だった。だが、この壁にはまるで通じない。均一に均された装甲や建造物とは異なり、相手は鉄屑の集合体だ。構成物の一つ一つの隙間が空間装甲のような役割を果たし、弾頭の命中角が逸らされ貫徹力が奪われている。

 こんなことはあり得ない。相手は正体不明の、もはや化け物だ。敵の攻撃は容易くWWを粉砕し、こちらの攻撃はまるで通じない。それも、まともな装甲で耐えきるのなら兎も角、目の前で起きているのは常識を嘲笑するかのような超常現象だ。

 兵士の心は折れていた。

 故に、足元でパパパパン!と鳴った破裂音に過剰に恐怖するのも致し方ないことであった。

「うわああっ!」

 思わず一歩下がり、周囲を確認する。前方には絶望の壁、後方にはスクラップの山、そして右側足元では白煙が巻き上がっている。何らかの爆発物が炸裂したのだ。

雪崩アバランチ!」

 少年の叫び声が聞こえた。と同時に後方のスクラップの山が雪崩のように押し寄せWWを飲み込む。質量に押し潰され脱出も儘ならない。

 1機のWWが鉄屑の生き埋めになった。

 理解不能の敗北を目の当たりにし、最後に残った1機が大きく跳躍移動し離脱する。たまたま僚機の斜め後方辺りにいて助かったのだ。だが全てが常識と理解を超越している。勝ち目がどうこうなどという次元ではない。このままでは確実に、しかも何の価値もなく敗死するだけだ。逃げるしかない。

 数度の大ジャンプを繰り返し、脱兎の如く町から逃げて行く。

「・・・こいつぁ不味いかも知れねぇな・・・」

 敗走するWWを眺めつつ、フィダスが呟いた。

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