瓦礫巨兵ジャンクード

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襲撃

     序章



 始まりは、数百年の昔。

 現在でいう連合領内の、ある小高い丘で、少年アレイルの先祖は一人の男を助けた。

 男は、煙を噴き上げる正体不明の物体の傍に倒れており、不思議なことに継ぎ目も縫い目も見当たらない奇怪な服をまとっていた。

「天の人・・・実在したんだ」

 先祖はそう口にした。それは、彼らの伝承が伝える、空より来たる謎の人々の名だ。

 天の人は、傷付いていた。額からは赤い血が流れ、苦しげなうめき声をあげていた。

 少年アレイルの先祖は、彼を家へ連れ帰り、出来る限りの処置を施した。

 幸い、天の人の体は自分たちのそれと何一つ変わらなかった。強いて言えば、少し身長が低いくらいか。

 なんにせよ、数日の間に天の人は回復した。

「ありがとう。あのままだと、少し面倒なことになっていたかも知れない。とても助かった」

 天の人はアレイルの先祖に礼を言い、一つの宝珠を差し出した。

「今渡せるものはこんなものしかないが、どうか受け取って欲しい」

 それは、薄紅色に淡く輝く、直径10センチほどの水晶玉のような物体だった。

「キレイな珠だ・・・こんな宝物見たことない・・・」

 透明度の高いガラスすら製造できなかった時代、それは紛れもなく世界屈指の宝物だった。

「それは、周囲のゴミを集めて捨てることができるんだ。大した役には立たないと思うけど、せめてものお礼だ」

 天の人はそう言って、いずこかへと去ったという。

 宝珠の力は、現代文明から見れば驚異的な物だった。

 宝珠に念ずると、周囲のゴミを近くに引き寄せ、手を触れることなくそれを任意の場所に廃棄することができた。現代ならば紛れもなく生活の神器とでも言うべきものだったろう。それはまるで魔法のようだった。

 だが、当時の彼の生活と文明レベルにおいて、それは全く活用されなかった。ゴミといえば剥いだ獣の皮の断片や魚の骨などであり、それらは野山に打ち捨てても問題にならなかった。

 また、宝珠の力に畏れを抱いた彼は、誰に見せることもなく宝珠を丁重に保管し、無闇に使うことを控えた。

 伝承でいうところの「天の人」の実在が周囲にとって眉唾であったことも大きかっただろう。結局、彼は宝珠の力を何ら活用することなく、ただ家宝として伝えるのみでこの世を去ったという。

 そして、時は流れた。




     第一章   襲撃



 いずこかに浮かぶ地、サーヴ・ガイア。

 新大陸歴497年、ファルダ帝国は東に隣接するカロン王国への侵攻を開始した。

 それは突然の侵攻であった。

 王国軍の形骸化、帝国の技術革新、新兵器の導入。幾つもの要素が絡んだ一戦により、カロン王国軍は瞬く間に壊滅、ヴィゾール大陸主要部の陸路はファルダ帝国によって分断された。

 この一方的な侵略を受けて、帝国と国境を接する南のターマン共和国、南西のナブラ連合領、また、間にカロン王国を挟んだアルム公国もこれを非難。ここに、帝国対大陸諸国の構図が完成したかに見えた。

 だが、未だ文明が飛行機の実用化に至らない世界において、険しい山脈で国境を分かつナブラ連合領の動きは鈍かった。いかにファルダ帝国が暴虐であろうとも、山を踏破しての進軍などあり得ない。当面の戦場は、東のカロン王国及び南のターマン共和国に絞られる筈であった。

 しかし・・・



 大陸北西、ナブラ連合領内の港湾都市。

 その日は天候も良く、海も静かだった。

「戦争かぁ、いやなご時世だねぇ。ま、当面俺らには関係ないだろうけど」

 連合領軍の守備隊兵士が気の抜けた様子でぼやいた。それは彼に限らず多くの兵の共通認識だった。

 ナブラ連合領は北東の山脈と南西の海とに挟まれた、細長い国土を持つ。地図上では帝国と接してはいるが、帝国は険峻な山脈の向こう側。体感として、隣国だという意識は希薄だった。

 それでも申し訳程度に守備隊が配置されてはいるが、道なき山脈を砲を牽引して踏破するなど狂気の沙汰であるし、動きの遅い飛行船では有効な戦果は得られまい。なれば、彼は高所に位置する監視塔で、のんびりと海を眺めているだけで良い。そもそも、連合領自体がその程度の認識であるのに、帝国がわざわざ戦線を拡大して連合領を侵す価値が見当たらない。

 だが、突然の轟音とともに、守備隊詰所が吹き飛んだ。

「砲撃か!?どこから!」

 兵士は声を上げた。海は依然何の変化もない。ならばと急ぎ上空を確認する、が、そんな訳はないのだ。いくら気が抜けていても、この晴天下で鈍足の飛行船の接近に気付かないなどあり得ない。

 轟音が続き守備隊の基地が、そして海に向けられていた対空砲台が破壊されていく。名目は対空砲だが、仮想敵が鈍足の飛行船であるため平時は対艦を兼ねて運用していたのだ。

 だが、破壊の方向を見る限り、攻撃は上空からでもない。

「あ・・・あり得ない。なんだあれは!」

 攻撃は、海に向かって構えられた高所守備隊基地の背後、聳える崖の上からだった。

「鎧・・・?」

 兵士は思わず呟いた。

 彼の知る範囲のもので例えるならば、確かにそれは鎧のようにも見えた。脚部は人間では考えられない比率で太く巨大だが、曲線的な金属のシルエットはどことなく前時代の金属鎧を彷彿とさせる。が、周囲との比較から推察するに5メートルはあろうかという巨体。両腕には牽引サイズの砲と機関銃。

 そして守備隊の高所基地を破壊し尽くした砲口がこちらを向く。

「てっ、敵しゅ」

 言い終わる暇もなく、彼の声と体は監視塔と共に消し飛んだ。



 アレイルは困惑していた。

 ファルダ帝国の戦争は、新聞で知ってはいた。しかし、帝国は山の向こう側だし、山脈を迂回したならばターマン共和国の敗戦の報が届いている筈だ。

 だが、現に町は燃えている。最初は守備隊の高所基地から。続いて町役場や各所軍施設が破壊され、大通りは逃げ惑う人々の馬車や蒸気自動車で一杯だ。破壊の煙と蒸気の黒煙、もはや街中ではどちらに逃げれば良いかすらわかるまい。

「これでも一応運が良かったのかな」

 燃え上がり崩れゆく都市を眺めつつ、アレイルは呟く。

 あまり裕福でなかった彼の家は都市中心部から離れた、郊外の小高い丘にあった。

 また、早くに両親を亡くした後、郊外の工場で働かせてもらっていたことも速やかな避難をするには良かった。

 だが、これからどうすれば良いのだろう?彼には身寄りがない。闇雲に逃げても生活が出来なければ待っているのは餓死だ。とはいえ、街は燃えている。ファルダ帝国の目的はいまいちわからないが、占領下の住人に待っているのは虐殺か強制労働。それは即座に死ぬか緩慢に死ぬかの選択でしかない。占領者の人道意識など、そんなものだ。

「取り敢えず、家宝だけでも持って逃げるか」

 彼は家から薄紅色の宝珠を持ち出した。両親を失った時でさえこれは手放さなかった。眉唾だが、天の人の厚意を無碍にすることを畏れたからだ。天の人を畏れよ、そして敬え。それが家訓であった。

「本当は、売ってしまえば都市部で少し裕福な暮らしが出来たのかも知れないけど」

 だが結局それは出来なかった。華やかな都会の暮らしには若干の憧憬がある。しかし、持たざるが故に彼は今無事に生きているし、恐らく安全に逃げることも出来るのだ。

「とはいえ・・・こうなってしまえば、憧れた都市部もゴミの山でしかないな・・・」

 崩れゆく街は、もはや瓦礫と鉄屑の山でしかない。

「ゴミの・・・山・・・?」

 自らの呟きで彼は気付いた。そういえばこの家宝は元来どういうものだったか。

 その時。

 キイイイン。

 甲高い、澄んだ音を立てながら、宝珠が輝きを増す。

「これって・・・!?」



 都市部の抵抗能力はほぼ奪った。高所守備隊も、都市内部の軍施設も片端から吹き飛ばし、それ以外にも軍施設の疑いがある大きな建物は取り敢えず攻撃した。これで後続の飛行船の接近を阻むものは無い。次は、揚陸のための港湾部の制圧だ。

 強襲隊長リウスは、概ね無力化の完了した都市部を見回した。

「ここまでは楽な戦闘だったな」

 当然のことではある。技術部の用意したこの人型機動兵器はどう考えてもオーバーテクノロジーだ。装甲は歩兵のライフル弾などでは貫通出来ないし、野戦砲では命中させること自体が至難だ。流石に重機関銃の掃射を受ければ破壊され得るが、鈍足の牽引式重機関銃ではそれも叶わないし、そもそも固定式・牽引式以外の重機関銃を持つのも現状ではこちらの機動兵器だけだ。

 東のカロンとの交戦では数機の損害が出たと聞くが、逆に言えば他国の軍と正面から交戦してすらその程度の被害だ。負けよう筈もない。

「隊長。都市部クリア、1機が街道を抑えに行きました」

 2機の機動兵器が近付いてきた。機動兵器は4機が配備されている。各機とも損害はないらしい。

「ご苦労、では引き続き・・・うん?」

 遠方で奇妙な光が見えた。薄紅色の輝き。電燈やスコープの反射光などではない。

 見たことのない光だが、既視感はある。機動兵器の中枢たる、青く輝く宝珠に似ているように思えた。

「『遺産』かも知れん。オレが行く」

「1機随行しますか?」

 部下が提案する。だが主たる作戦目標は、後続部隊の進軍を容易にするための対空・対艦砲の破壊及び都市部の無力化。副目標が、存在するかも怪しかった『遺産』の捜索だ。あれが『遺産』の輝きだとしても、主目標より優先すべきではなかろう。

「構わん、お前たちは港へ。対艦砲を潰した後合流しろ。・・・貴重なWWダブルだ、やられるなよ?」

 WWダブル。それがこの機動兵器の名称だ。ウェアラブル・ウェポン、すなわち着る兵器の略らしいが、技術部の言うことにはどうも違和感がある。動力中枢たる宝珠は現在では再現不可能な『遺産』であると説明されたが、『遺産』とはいつの、何の遺産なのか。まして、WWは装甲板以外は修理不可能だというのだ。技術部は何もわかっていないものを現場に押し付けているのではないか?

「些末なことか。兵器は、動いて戦果を挙げられればそれで良い」

 疑念を払い、リウスは薄紅色の光へと向かう。



 宝珠は輝きを増していた。元々は日照下ではぼんやりと光を放っているとわかる程度だったが、今は明確に光を実感出来る程に強く輝いている。だが、輝きの割に不思議と眩しさはない。

「ゴミを・・・自在に集める・・・」

 都市の一角、崩れた瓦礫と鉄屑の山を眺めつつアレイルは呟く。ご先祖の妄言でなければ,これはそういうものの筈だ。しかし、都市の残骸と家庭ゴミを同列に考えてよいものか?

 だが、アレイルの思考は中断された。突然、視界の先に機動兵器が降り立ったのだ。

 降り立つ。そう、機動兵器は空から来た。WWは高度数百メートル以上の跳躍移動が可能なのだ。着地時に、脚部から噴き出した爆風が地面を叩き、周囲に暴風を巻き起こす。

 だが吹き飛ばされるほどではない。恐らく、こちらが吹き飛ばない程度に距離と勢い、そして着地角度を調整したのだろう。卓越した操縦技術だといえる。

「そこの少年!その宝珠を地面に置いて下がれ!」

 リウスの声が辺りに響く。

 一体どこから声が出ているんだ?アレイルはぼんやりとそんなことを思った。彼は、いや、この時代の多くの人間は未だ電子拡声器を知らない。

 だが、取り敢えず天の人の厚意の品を手放すことは許されない。どうにか逃げるべきだ。アレイルはそう判断した。

「もう一度だけ言う!その宝珠を置いて下がれ!」

 警告しつつ、リウスは銃口を向ける。先刻都市にばら撒いた大型徹甲炸裂焼夷弾ではない。取り回しの良い13ミリ機関銃だ。これでも人間に向けるには過剰だが、今はこれが最低火力だから仕方がない。とはいえ丸腰の民間人を直接撃ち殺すのはやはり気が引けるものだ。出来れば撃ちたくはない。

 だが、少年は従う気はないようだ。俯き気味に宝珠を眺めたまま動く気配がない。

「聞こえているのか?宝珠を置け!」

 前言を翻し再度の警告。だがアレイルは聞いていなかった。

(もし本当にあらゆるゴミを集められるなら!町の瓦礫を今ここに!)

 アレイルの意志に応えるように、宝珠が一際強く輝いた。

「なんだ!?おい、余計なことはするな!宝珠を置け!」

 警告をしつつ、リウスはもう撃つしかないと決心した。民間人ゆえの手心はあれど、作戦上彼の生命は全く必要がない。

 だが。

 ガッ!ゴッ!

 鈍い音と衝撃。そう思った時にはリウスの視界には空が広がっていた。WWの脚部が動かない。

「なんだ!?砲撃か!?どこから!」

 それは奇しくも彼が吹き飛ばした守備隊兵士と同じ言葉だった。どうやら後方から脚部に攻撃を受けたようだ。状況を分析しつつも、リウスは先程まで前方だった場所に向けて機関銃を斉射する。

 だが、転倒で座標がズレていたようだ。弾丸はアレイルには当たらず、アレイルの家と、別の何かを削り壊していく。

「オレの家!・・・でも、今は逃げないとっ!」

 アレイルは走り出す。

 WWの脚部を破壊したのは、瓦礫と鉄屑の山だった。宝珠が輝いた直後、都市の瓦礫と鉄屑の一部が塊となって高速で飛来し、機動兵器の脚部を後ろから破壊したのだ。そして、仰向けに転倒した機動兵器のすぐ前、アレイルとの間に瓦礫の柱が出来上がった。今は瓦礫が削り取られながらアレイルを機関銃から守っていた。

 宝珠は本物だった。瓦礫はアレイルの命を守った。きっと天の人も実在するのだろう。様々な思いを巡らせながらアレイルは走る。

 瓦礫を盾に、家を離れ、丘を駆け下り、無我夢中で走った。

「少年!こっちだ!」

 突如、走り続けるアレイルに呼び掛ける声。

 近くにあった林からのようだ。姿は見えない。信用して良いものか。一瞬の逡巡。だが、恐らく他に道はない。機動兵器は脚部が損傷したようだが、いずれ追撃は来るだろう。それに、逃走先に当てなどないのだ。アレイルは林に駆け込んだ。それが運命の始まりであることを、彼はまだ知らない。

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