第12話 ひみつの夜
太陽に代わり、二つの月がほのかに照らし……宵の刻を過ぎた頃。
ダレスが寝所として使う部屋に、控えめなノックが響いた。
「どうぞ」に呼応してゆっくり扉が開き、カンテラの灯を手にして現れたのは、寝巻姿のマオである。ダレスは寝台に腰掛けて迎える。
「来てくれたか」
「……ダレス氏のことですから、見抜いてますよね」
カンテラを床に下ろしたマオが、変わらず嵌めていた手袋を外す。見せるでも隠すでもない彼女の掌には、予想したとおり、ダレスと同じく火傷然とした痕が残されており。
「君はデビルスネークの肉を食らった。相当な数か、ぬしのような上位種か」
すんなりマオが首肯する。
「かつて、とある魔物を俺も食ったことがある。事を成すためにな」
だが、置かれた状況は異なっている。ダレスは訥々と語る。
「俺は、能力を使ったときだけ魔物化するが、君は……栓が常時開きっぱなしだ」
おそらく猛毒による致死を反転させた影響、といったところか。デビルスネークの肉を食らう理由はそこにしかない。
「デビルスネークが従っているのは、あたしが常に魔物化しているから」
「ああ。蛇眼が物語ってる」
猫の目にも見えるがな。ダレスはフォローにならないフォローを入れる。
「さて前置きはここまでだ。要点を伝えよう」
「いえ、結構です。判っていますので。姫さまの【輝ら力】が、あたしにとって危険だというのでしょう?」
マオが窓辺に立ち、双月を見上げる。
「姫さまがくださった励ましに、あたしは救われました。報われた心地がしました」
でも、それはゴールじゃない。熱を帯びた口調でマオが続ける。
「姫さまと――メグちゃんと肩を並べるのが、夢、なんです」
「お姫さんと君は、竹馬の友じゃないか」
「ダレス氏という馬には、あたしは乗っていませんが」
「ちくちくことば、やめようね」
自嘲で称することもあるが、他称されるとハートが傷つく。
「メグちゃんが対等に思ってくれていても、あたしがそうじゃなかったら、ダメなんです」
あの月を見てください。とマオが淡々としたトーンで言う。
「ふたご月なんて言われるけど、片方はちょっと小さくて、浮かんでいる高さも低い」
「……」
きっと彼女は、何度も夜空を見上げ、何度も同じことを考えたのだろう。
「あたし自身が対等だと思えるには、メグちゃんに認めてもらうんじゃなくて……あたし自身が対等だと思えるくらい、大きく、高くなるしかないんだ」
マオが続けることばをダレスは待つ。
「だから今は……糸口になりそうな〝魔物使いの力〟を手放したくない」
ていうか、手放そうと思っても手放せないんでしょ? マオがくるりと身を翻し、月光を背にしてダレスを見遣る。瞳が丸くなったその蛇眼で。
「そのとおりだ」
手段をショートカットして結果を得る、エメの【全知】をもってしても、魔物化した者をただの人間に戻すことは叶わなかった。すなわち現世に方法はないということ。
「君は一生その力と付き合い、また、【輝ら力】を畏怖することになる」
「ダレス氏、あたしはおそれません」
「……いばらの道だぞ?」
「メグちゃんの隣にいたい、その願いを手放したら本末転倒なので――」
勇気を宿したまなざしで、マオがこちらへ一歩踏み出してくる。
「いばらの道を進めるよう、いっしょに知恵を絞ってください」
同じ光に灼かれた仲間なんですから。と、ダレスの置かれた状況を汲み取ってみせる。
(――仲間、か)
彼女の口から言ってもらえたのは初めてだな。災い転じてというべきか、マオとのあいだに感じていた距離が縮まった気がするよ。
「言うようになった」
ダレスは自身の胸板をドンと叩く。
「花園の手入れは解釈違いだが、棘を減らすくらいなら任されよう」
「ハナゾノ?」
ウッ……当人には明かすまいと思っていたが致し方ない。秘密を共有する仲間となって早々、てきとうにはぐらかすなどっ……!
「君とお姫さんが睦み合う様を、俺はそう認識している」
「うわ、キモい」
「言うようになった」
痛恨の一撃。戦士ダレスは倒れた。
「……ダレス氏には、キモいついでに……協力いただける見返りも、あげるつもりです」
最初からそうすると決めて来たように、自身の寝巻の襟へとマオが手を掛ける。――さすがは、何かにつけお姫さんが焦がれる我儘ボデーだ。たわわに実ったソレに裾が引っ掛かり、へそ出しのまま首なしのデュラハンになってるぞ。
『――首を刎ねておきなさい――』
例のクソッタレな王命が脳裏を過ぎり、ダレスは気分が悪くなる。
「ストップ。そこまでにして首を戻すんだ……」
「肌が黒い女は、お嫌いですか?」
「首がない女が嫌いんだよ」
君だってダレス号へ乗るのは嫌いだろ、昔から! などと言いくるめると、おそるおそる、寝巻からマオが顔を出す。
「でも、あたしにはダレス氏にあげられるものが……いつも冒険者ギルドの報酬は辞退してますし、今回のは失敗だし……」
「気にするな」
なんちゅう真面目が過ぎるメイドだ。ちなみに俺は、冒険の報酬をまるっとエメに渡している。とんと管理が苦手でね。
「俺ぁ~~花園を見せてもらえれば充分だ」
「あたしが納得できません!」
「強情だな、君も」
はたと思いつき、ダレスは願いを口にする。
「だったら、そうだな……俺に絵を教えてくれないか」
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