第6話 黒魔術士エメは随行したい2

「はい、それではクエスト受諾を確認しました」

 開始いただいてOKですよ。と受付嬢が応答する。

 特段クエストを受ける必要はなかったが、マーガレットにとっては「クエストを受けずダンジョン立ち入り」は認識の外なのだろう。

「ちなみに、マオは、いつごろクエストを開始しましたか?」

「今日の明け方……陽が昇るより前だったと思います」

「まだ間に合うかもしれん。急ごう」

「――悪いけど、あたいは随行できない」

 ここまで勝手に付いてきていたエメが、クエスト不参加を表明する。

「どうしてだ。店はヒマなんだろ? 素材もGETできるぞ」

「わかってくんなよ、長い付き合いじゃないか」

「……そうか」

 エメほどの人材が、城仕えせず、他国へ流れず、場末の居酒屋女将に甘んじているのは……彼女もまた、今は亡き后との約束にこだわっている。

 俺より背負い込んでんじゃねえよ。

「フラウの西門までは見送りにいくからさ」

 装備はどうする? 尋ねられて、ダレスは「大丈夫だ、問題ない」と即答する。

 E級ダンジョンの三層までなら空手でもいける。四層からはお姫さんが【輝ら力】を放出して進めば、デビルスネークとのエンカウントなしに捜索できるはずだ。猛毒を持っている以外は低級モンスターと変わらないからな。

「も~~っ! 蛮勇なんだから」

 砕けた口調で発したのは受付嬢である。がさごそとバックヤードを漁り、鞘入りの剣を一振りずつ、マーガレットとダレスへ差し出してくる。

「上司には内緒ですよ」

 疲れたウインクをして、立てた人差し指を唇にあてる。頂いたマーガレットは一礼して、

「ありがとうございます。格別の取り計らいを、上司の方にお願いしておきますね」

「だから内緒なんですって~~!」

 受付嬢の叫びを背にして、勇者一行は出立する。

 とるべき行動が定まれば、あとは颯のごとく。阻むものなどありはしない。ましてや王家のお膝元たる首都フラウで――。

(そう思うよな? 俺もそう思う)

 冒険者ギルドを後にしてほどなく。一行の前に、黒装束を纏ったいかにも怪しい一団が立ちはだかった。ご丁寧に頭巾を被り覆面までして、殆ど夜闇に溶け込んでいる。

「魔物でしょうか」

 剣の柄へ手を添えるマーガレットを、ダレスは「人間だ」と制する。

(――まともじゃない職業の、な)

 おそらく待ち伏せされていた。誰彼かまわずの野盗とは雰囲気が違う……マオのソロ攻略が失敗することを望む、何者かがいる。だいたい見当はつくが。

(仕掛けてこないあたり時間稼ぎか)

 無理やりスルーして進もうものなら、延々と遅延目的のちょっかいを出され続けるだろう。

 煩わしい、と能力を使おうとしたダレスを、今度はエメが両腕を広げて制した。

 眼前で、マオのそれより一回り大きな二つの房が揺れる。

「アンタも待ちなよ。あの力……これまで何度使ったか覚えてる?」

「あ~~ええとな」

「言い淀むくらいなら、あたいに任せな」

 華麗に身を翻し、黒ずくめと対峙すると同時に、エメの姿が居酒屋女将から魔女へ変じる。頭にはトンガリ帽が乗り、わさわさファーが付いたマントを羽織り、セーター&エプロンだった服は一体化して(なぜか)布面積が減り。靴はサンダルからピンヒールへ。手には指揮棒を想わせるステッキを握る。

「いいね、最前衛。これがアンタが見てる景色かい」

「振り返れないからつらいぞ」

 尊みの花園が開園しても拝めやしない。

「あたいなら〝背後が見える魔法〟を使うけど」

「……初めて君に殺意が湧いたよ」

「あらあら、そんなこと言ってると兎に変えちゃうよ?」

 エメが二拍子で得物を振ると、ダレスとマーガレットも変身した。ダレスは鎧をフル装備、マーガレットも軽装ながら冒険者の身なりだ。先ほど受付嬢から借りた剣は、勝手にアップグレードされてしまった。返却これ認めてもらえるのか?

「すごい付与術ですね」

 感嘆を漏らすマーガレットに、ダレスは「チートだよ」と断ずる。

「エメの本職は黒魔術士メイガスだが、とある能力を発動させている間だけ、この世に存在する全ての魔法が使えるようになる」

「理屈すっとばして直感操作できるの、凄いでしょ♡」

「使えるだけで出力はそれなりだ」

「余計なこと言わないの」

 たとえ切れ味が十段階評価の「6」であろうと、あらゆる相手の弱点を突く「6」を用意できるなら、それはもはや評価不能の脅威トリプルシックスである。

『……』

 規格外の奇術を見せつけられても、黒ずくめに動揺した様子は感じられず。

 洗練されているな、とダレスは思うが、彼らに憐憫の情も湧く。【全知】モードのエメに勝てる相手など、いても魔王くらいのものだ。

「おい魔法屋。この鎧で走れってのか?」

「注文の多い客だねえ」

 辟易とエメがもう一振りして、鎧を着たままに身が軽くなる。ダレスが持つ能力ほど極端ではない、移動速度アップの付与術がかけられたのだ。冒険者パーティでは鉄板なやつで、マオは習得へ向けて練習中だった。

「ハイ、お姫様にも」

「からだが羽根みたいに軽い……ありがとうございます!」

「これでバフは完了だね。じゃ見送りするためにも、ブラックメンには屈してもらいますか」

 エメはモデル立ちで、あらためて黒ずくめと向かい合う。眼鏡越しのまなざしから殺気を感じ取ったか、漆黒の一団はいったん散開して包囲へ――陣形を変えようとして失敗する。黒装束の重さが、勇者パーティとは反対に数百倍となったかのごとく、皆悉く石畳へと伏す。

「失伝した重力魔法も、ちょちょいのちょい♪」

『……黒魔術は……』

 エメの足もとから、潰れそうな男の声がする。

「なんだい、アンタは話せるクチ?」

 地面に這いつくばった一人が、苦しげに面だけ上げてエメを睨めつけている。

『触媒の魔石が必要なはず……取り出す素振りすら……』

「あら解説希望! 時間稼ぎのつもりかしら」

 ちっちっち。エメは振り子よろしくステッキを揺らし、勇者たちへ目配せをくれる。行きな、と。うなずいて返したふたりは先を急ぐ。

「――!」

 だが、エメに話しかけた男が立ち上がり、ダガーを構えて通さぬ意思を示した。その覆面からは血が滴り落ちている。鬼気迫る在り様にマーガレットがたじろぎ、エメが眼鏡の奥でまなざしを細める。

「自傷によって……舌を噛み切って魔法を解くなんて、ガッツあるじゃない」

 男は、黒ずくめの仲間を次々に刺して「重力魔法」を解いていった。上手いこと急所を外している。しゃべれなくなった男に代わり、左腕を犠牲に復帰した一人が仲間を鼓舞する。

『恐れるな! 重力などとのたまい、じっさいは認識を歪める混乱魔法っ! 魔石の使用も、おそらくは身体に埋め込んでいる――』

「残念」

 ズン! さながら喜劇のように、再び、漆黒の一団は五体投地で倒れ伏した。

 先ほどとは違い、機械の駆動音めいた不気味な音が響き――石畳にはいくつも亀裂が走る。

「今度こそ本当のやつね」

『ば、ばかな』

「これ街が傷つくから、あんまりやりたくないの」

『ばけもの、め』

「……そうかもね」

 エメが憂いを浮かべて勇者一行を見送る。

「いってらっしゃい、光の戦士」

 小さくハンドサインで応えようとしたダレスの隣で「エメさん!」とマーガレットが叫ぶ。

「マオといっしょに帰ってきたら、お店に寄らせてください!」

 お姫さんが常連になったら、こりゃ人気店まちがいなしだ。闇の中じゃいられないな。

 ダレスは噛み締めるように笑い、エメへ大きく手を振るのだった。

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