Ⅴ 叛逆の王子(プリンス)
十二の星座の神に守護されし世界。それぞれの星に因んだ国が大陸には存在する。それらは等しく、何時の時代も、世界の中心部に存在する未知の領域『穴』から出現する魔族(デーモンズ)――魔人(ファントム)、魔物(モンスター)の総称――に脅かされてきた。国は時として形を変え、或いは滅ぼされてからの復興を繰り返し、それに対抗してきた。
だが、十二の国は一枚岩では決して無かった。魔族との戦いの歴史の中でも、十二の国は利害関係から協力することもあれば、運命の掛け合わせの悪さから、戦争に発展することもあった。
人間は共通の敵を得て尚、一つにまとまりきることができずにいた。魔王タナトスが出現した現在も――。
レイ国王が提案する『対魔王包囲網』は、理想的な形で十二の国――今は十一だが――が纏まり、手を取り合う必要があった。
「恐れながら申し上げますが、陛下――それを実現するには途方もない労力と時間が掛かるでしょう」
イズルは慎重に言葉を選ぶ。レイ国王の決意は分かる。現実的な事を考えればアリエス王国が単独で勝てるのであれば、魔王軍はとっくに滅ぼされている。だから他国と手を取る他ないのだと。だが、それは容易ではない。
「あぁ、諸君が言いたいことはわかるとも。我とて完璧な同盟を諸外国全てと結べるとは思っていない。が、出来ぬ出来ぬと二の足を踏めば、明日はキャンサー帝国の二の舞であるぞ」
故に動くのだとレイ国王は告げる。続けて、魔道部隊隊長エメリナが言葉を挟む。
「陛下のお考えはまだ他の貴族方には知らされていない。知らせればまた会議だ議論だと、何年も決定に費やされることになるだろうからな。その間に幾つ国が亡ぶか分かったもんじゃない。そこでお前達に白羽の矢が立った」
政策を決める上で様々な立場の者からの意見は重要であり、時間を掛けて練られた物が大いなる成果を生み出す場合もある。だが、今は何よりその時間が惜しい。
「成程……事情は分かりました。が……、何故我々なのでしょう? 先の戦いでエクリプスや第一王子殿下の謀反の詳細を知っているとはいえ、我々は特別外交に長けているとは言い難い」
イズルは辺境の地ということもあり、諸外国とのパイプ作りを担うこともある。とはいえ、それは表面上の物――賓客をもてなすだとか、王国の案内だとか――ばかりであり、実際に同盟や条約を結ぶような大事は、王に近い貴族派閥に任せている。
「心配せずとも実際の交渉は我と臣下の者が行う。おぬしらには諸外国との繋がりを作るきっかけを生み出して貰いたい――イズル否、ヴォルゴール侯と、ワーグナー嬢にその力があると我の直感が囁くのだ」
普段であれば、イズルは自分にそんな力は無いと謙遜していたところだろう。だが、レイ国王の期待は本気だ。それの否定は極刑に値する無礼になるだろう。結果としてイズルは言葉を失った。
「おぬしらを期待する理由が必要か? 先の戦いで我が息子に絶対の忠誠を誓っていたコレット・アストレア聖女を寝返らせる事が出来た。成果としてはそれで十分であろう」
「あれに関しては私めは何もしておりません。全てヘレンの手柄にございます」
イズルはごく自然にヘレンの戦果を主張した。が、ヘレンは静かに首を振る。
「コレットと仲良くなったのは事実。でも、そもそも私はイズルに言われなかったら戦いに参加してなかったと思う。あそこまで私を導いたのはイズルのしゅわんってやつだよ」
お互いに互いの成果を主張して引かない。なんとも奇妙な光景にエメリナは「仲いいなーお前ら」と口には流石に出さないまでも目で語る。
「ハッハハハ――では、ぬしら二人を選んだ我の目に狂いは無いということで良いな? 拒めば、どちらの成果も否定することになるが」
レイ国王が豪快に笑って問うと、イズルもヘレンも彼の提案を了承することになった。人を導く――という点においては、確かにレイはソルを上回っており、王にふさわしい者――人の上に立つ者としての在り方をイズルは考えさせれ®た。
「分かりました。ですが、まずは何をしていいものか」
「うむ――、どこの国と繋がりを作るかであるが、我よりも良い考えを出してくれそうな者がいる。話しては、貰えんかの」
イズルの疑問に対し、レイの言葉は唐突に歯切れが鈍る。一体誰と話して欲しいのかとヘレンは首を傾げたが、イズルは大体察しがついてしまった。
「構いませんが……何故、その方と? 我々で話して結論を出しても問題は無い――もっと速やかに済むのではございませんか?」
「『アレ』の扱いは今最も我の頭を悩ますものでな。下手に外には出せぬ。さりとてこのままというわけにもいかぬ。せめて同じ国家を思う者同士、心を動かすくらいにはならぬものかと、な。謀反が失敗した今、何を思い、どうしたいかを知りたいというのが本音だ」
王の表情からは息子を想う気持ちと、国の安定を天秤に掛けた――統治者にしか計り得ない苦悩が浮かんでいた。これを見て果たして当の本人は何を思うのだろうと、イズルは要らぬお節介を脳内で焼いていた。そして、これは自分に課せられた試練なのではないかとも推察する。
本当に諸外国との繋がりを作る素質があるのかどうかを測る為の。
「承知いたしました陛下。ソル殿下のお心、不肖イズル・ウォンゴールが見定めさせて頂きます」
ソル=リュミエール第一王子は自室として与えられた大きな部屋に監禁されていた。と言っても、普段の暮らしにおいては何ら不自由がないどころか、そこらの貴族よりも優雅な生活を送れている。それもそのはずで世間的にはソル王子は先の戦いの傷を癒す為に療養中ということになっていた。
部屋の内部は先ほどの会合で使われた会議室よりも広く、優雅なソファに机、本棚には自国や各国の書物が並んでいる。イズルが会いに行った時はお茶の時間であった。
「客人か。悪いが私はこれからお茶と読書を楽しみたいのでね」
ソルはイズルとヘレンに背を向けたまま、本棚の前で本を選んでいた。取り付く島もないとはまさにこのこと。暗に「今すぐ帰れ」と圧を掛けられていた。本に伸ばすソルの右腕にはブレスレットが付けられていた。魔力封じの他様々な呪いが込められているのだが、魔法使いの中でも優れた者でなければ見破れない程の品だ。
「そうも参りません。国家の一大事に関わるお話をお持ちしましたので」
「君は相も変わらず頑固者だな」
イズルは臆せず告げると、ソルは呆れたような――諦めも入った溜息と共に振り返る。落ち着いた色の燕尾服は皴一つ無く、髪も肌も整えられていて、あの時と何一つ変わらない気品と誇りに溢れているように見える。
「……王子様、なんだか疲れてる?」
ヘレンの言葉に、ソルは一瞬言葉が詰まった。イズルは彼女の観察眼の高さに内心で感心した。国王が自分だけでなく、彼女にも期待の目を向けた理由が分かった気がした。
「無礼者めが。この際だからはっきり言っておくが、私はお前が嫌いだヘレン・ワーグナー」
「えー」とヘレンは気の抜けるような声で、ソルの怒りに燃える瞳に視線を返す。そして、何を思ったかまるでわからない顔で「あ、わかった」と合点が言ったように拳でポンと掌を叩く。
「ヤキモチでしょ。私がコレットと仲良しだから」
「黙れ」
にべもなく告げられ、ヘレンは「えー、絶対ヤキモチだっむぇええ」とイズルにこそこそ話そうとして頬を抓られた。
「この無礼者には後で礼儀について厳しく言いつけておきますので、ご勘弁を」
無表情でヘレンに制裁を下すイズルに、ソルは「それで?」と要件を促した。一刻も早くこの不快な場から抜け出したいという苛立ちが見てとれた。
そこで、イズルはレイ国王の計画をソル王子に包み隠さず話した。キャンサー帝国が滅びたことに関しては伏せたのだが、ソルは見透かしたような表情で告げる。
「父上が突然こんな与太話を推し進めるとは思えんな。どこかの国でも滅ぼされたか?」
「おー……王子様、何でも知ってるんだね」
ヘレンがあまりに隠すことなくそんなことを言い、イズルは額を抑えた。尤もこの話の流れであれば、バレるのも時間の問題だっただろう。
「イズルよ、ヴォルゴール侯よ。配下――ではないのだったか? 友にするならばもっと選ぶべきだな。敵に情報を与えかねんぞ」
「お言葉にございますが、私もヘレンも貴方様を『敵』だとは思っておりません」
イズルは建前上だが、ヘレンは恐らく本当にソルのことを『敵』と認識していない。少なくとも戦い終わった今は。彼女にとっての本当の敵とは魔人(ファントム)や魔物(モンスター)であり、その上にいる魔王タナトスなのだ。
「道を違いはしましたが、俺もヘレンも、魔王軍から平和を取り戻したいと考えているのです。そして、それは人類が自らの意志で達成すべきであると」
「皮肉が上手いな――ヴォルゴール侯。何を勘違いしているのか、父上に忠義を尽くしているようだが。あの人は君が思うよりも冷酷であり、現実主義だ。不要とあらば簡単に切って捨てられるから君達を指名したに過ぎない」
思違いも甚だしいとばかりに、ソルは冷笑し、ブレスレットを見せつけるように、イズルの目の前に曝け出す。
「見るがいい。これは反乱を起こした者全員に付けられている。誰か一人でも反逆の意を示せば全員が罰せられる。さっさと処刑すればいいところを、こんなもので我々を働かせようとする。……コレットも同じものを付けているのだぞ」
ヘレンの動揺を誘うつもりで言ったつもりなのだろう。だが、彼女の表情は微塵も変わらなかった。身近に話し、コレットの信念を理解しているからこそ、ヘレンは動じない。コレットは恐らくこのような呪いが無くとも、ソルや近衛騎士団が再度同じようなことをすれば自責を感じたことだろう。
「じゃあ、悪い事しないようにしないとね……コレットの為にも」
「……ますますお前の事が嫌いになったよ――それで私に会いに来たのはこんな不毛な会話をする為ではないのだろ?」
話を逸らしたのはむしろソルの方なのだが、それには触れず、イズルは先ほど会議室で受け取った地図をテーブルに広げる。
「知恵をお借りしたいのです。我が国アリエス王国は、まずどこと手を組むべきか」
「魔王軍と相対するのであれば、軍事大国とでも手を組めばいい――レオ大帝国などどうか?」
ソルは地図を見もせずにそう告げる。「おー……なるほど?」とヘレンは分かってない顔でイズルを見る。そのイズルはヘレンの疑問には答えない。ソル王子の言葉の続きをじっと待っている。
大陸最果ての東に位置するキャンサー帝国の更に北にある地にて、レオ大帝国――大陸に存在する黄道十二星国の中でも最も軍事力に長けており、幾人もの英雄を輩出している。レイ国王が“獅子王”とするならば、かの国は、兵士一人一人に獅子の気迫があるとされる。
だが、レオ大帝国は、大陸随一の強国であると同時に、十二の国家の中で最も孤立している国でもあった。圧倒的な軍事力でもって魔族を退けるだけでなく、周辺国を制圧してきた歴史がある。
過去にはアリエス王国とも戦をしていた。レイ王が獅子王の名を冠したのもその頃だ。その二つ名は王国の士気向上よりも、大帝国を挑発する意図があったとも言われる。
「それが不可能であることは王子が一番ご存知の筈」
「その不可能を可能にでもせぬ限り、魔王軍は倒せないだろう――だが、そうだな今のは意地が悪かったか?」
北東のレオ大帝国、その下にあるキャンサー帝国、それよりも下つまりは南にソル王子の視線は移り、ある国の上で止まった。
「ならば、ここなどはどうだ? ――エルフの伝説残るベオーク高原を超えた先、ジェミニ評議界共和国」
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