第23話

アムア達を乗せてこの国を発った馬車が、再びコーグ国の城へ戻ったのは、その日の深夜だった。自室のベッドで深い眠りに落ちていたショルカは、部屋の外の騒がしさのために目を覚ました。

この時間に、何が起きたのだ。ただ事ではない雰囲気に、王は体を起こす。ベッドから降りると、ドアの方へ歩み寄った。

ショルカの手がドアハンドルに届くより先に、ドアが開かれた。いつも食事を運んでくれる侍女だ。息を切らして、焦りと悲しみに満ちた、見たことのない表情を浮かべている。

「陛下、レラ国から馬車が戻りました」

長く城に仕える、めったなことでは動じない彼女が、あまりにも取り乱していた。

「アムア達が、戻ったということか。何をそんなに焦っているんだ」

王は侍女に問いかけた。胸騒ぎがする。こんな夜遅い時間に戻るのは不自然だ。

侍女は答えるより先に、目から涙を溢れさせた。ショルカは悟る。何か、最悪の事態が起きたのだと。

「アムア様は、お亡くなりになられました。同行した従者達がご遺体を運び、たった今戻ったんです。彼らも皆、ひどい怪我をしています」

震える声で、彼女は王に報告した。

ショルカは、その言葉をすぐには理解できなかった。だから、頭の中でなぞるように繰り返した。アムアが、死んだ。

体から、力が抜ける。まるで足元の床がひしゃげたかのように、真っすぐ立つことが出来ない。

「死因は。なぜ、死んだんだ」

「どうやら、レラ国で・・・襲われたようです」

ショルカは壁に手をつき、何とか倒れぬよう自らの体を支えた。絶対に、倒れ込むわけにはいかない。自分を一番近くで支えてくれた側近は、もういないのだから。


王は侍女に連れられ、アムアの遺体が安置された城の広間へと向かう。考えなくてはならないことは山ほどある。それでもまず何より先に、悼みたかった。

城の廊下を走りながら、こぼれそうになる涙を懸命にこらえた。あまりに大きな悲しみに叫び出したい。それは若き王の心に、何度振り払っても襲い掛かってくる。

ふと、ぼろぼろに破れた服に身を包んだ者たちが、ショルカが向かおうとする方向から、こちらへ走ってくる。彼らは王の足元に跪くようにして、行く手を阻んだ。彼らの顔を、一人一人確認するショルカ。間違いない、アムアと同じ馬車に乗っていた従者たちだ。

「陛下、どうか私たちの話を聞いてください」

従者の一人が王の顔を見上げ、はっきりとした大きな声で訴える。

「アムア様は、レラ国の民衆に殺されました。彼は、まず物資の半分をレラ国の城に運び、国王に挨拶した後、残りの半分を直接民衆に配ったんです。特に供給が遅れている地域へ、直接出向いて」

そこまで言って、彼は涙ぐんだ。幾分かすれた声で、言葉を続ける。

「物資は十分な量がありました。その地域の者は皆、確実に貰えるはずだったんです。でも、貰えないと焦った者が焦って、暴動が起きた。全員分あると叫んでも、皆信用しませんでした。レラ国の役人が、いつもそんな嘘をついていたために」

こみ上げる涙のために、その従者はそれ以上言葉を紡げなくなった。別の従者が気遣うように彼を見つめ、代わって続きを話し始める。

「地獄のようでした。供給が足りないためじゃない。国を信じられないために、人々の心が地獄のように荒れていました。アムア様は、最後まで民衆に叫んでいました。物資は全員分ある。もっと必要ならまた贈る。コーグ国の王は、絶対に嘘をつかないと」

アムアらしいと、ショルカは思った。レラ国は危険だと私にはあれだけ言っておきながら、結局は弱者を救おうとする。城に物資の全量を置いてくれば、アムアは命を落とすことはなかっただろう。でも貧しい地域の者たちへ、それが行き渡ることはなかったに違いない。

「この国を率いる者の一人を、レラ国は奪いました。民衆があれほど荒れているのに、レラ国王は他国を侵略することばかり考えている。戦力を肥やすために末端の民衆を切り捨てるような人物です。いつこの国を攻めてくるかわかりません」

ショルカは目を閉じる。あまりにも大きな重圧に、心が食らわれそうになっているのを感じる。恐ろしい、と思った。どんなにこらえようとしても、足が震えてしまう。私は情けなく、あまりに弱い。

その顔に葛藤の色を浮かべた後、王は決意したように双眸を開く。震えがとまらない自らの足を、爪が食い込むほどに強くつねり上げた。負けるものか。



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