第15話 メスブタファイルその5:金井晶
2ーBに所属する隣のクラスの高身長メスブタ。
またの名をでかメスブタ。
髪はアッシュグレーのマッシュウルフ。長い前髪が青灰色の右目をいつも隠している。172センチと女にしてはかなりの高身長。ファッションにあまり頓着しておらず、学校推奨のブレザー、白シャツ、セーターニット、リボン、スカート、以上、五点セットをきっちりと着て、ピアスなども開いていない。ただ、あの美メスブタこと日暮奈留に並ぶほどスタイルが良いものだから、ふつうに制服を着ているだけなのに、ふつうとは違った洗練された雰囲気を放っている。なお、おっぺぇは小さいものとする。
りんと鈴が鳴るような涼やかな印象を抱かせる相貌は、可愛いというより美人な顔立ちだろう。もし乳メスブタこと片瀬比奈に人望がなければ、彼女が富が丘めちゃかわ四天王の一角を担っていたことだろう。でかメスブタは、男子からの支持よりも女子からの人気の方が高く、中には熱のこもった視線を送る者も多い。「あきらさま」と黄色い声でキャピキャピ騒ぐ女子グループを複数見るくらいには、でかメスブタには学園の王子様的人気があった。告白やらラブレターやら、直接的なアプローチに出るお嬢様方が現れるほどにその熱狂っぷりは凄まじい。
しかしでかメスブタは、それはもう愛想がない。その見た目も相まって、もはや恐いと感じてしまうくらい冷ややかだ。勇気を振り絞った女子が「あきらさまっ、好きですっ!」と思いを伝えても「わたしはあんたのこと好きじゃない」とバッサリ一刀両断。下駄箱やら机から湧き出る大量のラブレターに目を通しはするものの「わたしはあんたのこと好きじゃない」と一筆だけ書いたメモ用紙をその子のカバンに入れ込むだけ。それでも、でかメスブタへのアプローチが止むことはない。その濁さず突き放す対応が逆に気持ち良いと、なんならケツの一つでも蹴り上げてくれと、目覚めてしまう拗らせ少女たちが大量発生してしまっているのだった。
ある意味、大変そうな生活を送っているでかメスブタは、見た目や態度が少し恐いくらいで非行少女というわけではない。しかし、同じ中学出身だった者によるところ、むかしは地元で名を轟かせるほどのヤンキー少女だったらしい。
一匹狼の喧嘩番長。 男だろうと敵わない。徒党を組もうが倒せない。どれだけ傷をつけられようと、どれだけ血を流そうと、必ず立ち上がって拳を握りしめる。喧嘩は倒れなければ負けない。負けなければいずれ勝つ。数々の修羅場をその身一つでねじ伏せて「不死身の金井に喧嘩を売るな」と不良の間で彼女の噂が広まってしばらくしたところで、金井晶は突如としてヤンキーを卒業したらしい。
何があったかは知る由もないが、その理由は推測できる。
なぜならば、でかメスブタはヤンキーをやめてすぐに、手塚と交流を持ち始めたというのだ。中学が同じだった二人はどこかのタイミングで出会い、その時手塚に恋をして、非行に走るのをやめたのだろう。
勉強に打ち込み、授業態度を改めて、それなりにレベルの高い富が丘高校に入学するに至ったのだった。
すべては手塚を追いかけるため。真っ直ぐな奴である。
中学からの知人というからには、他のメスブタたちよりアドバンテージがあるはずだ。手塚の方も、他のブタどもより彼女に心を開いているのかと気を配って観察してみたのだが──むしろ、でかメスブタは一番彼と話せていない。わざわざ隣のクラスである2ーAに入ってきて、手塚の隣に近づくまではするのだけど、そこから横でモジモジくねくね。何がしたいんですかねぇ。手と手を合わせて擦り続けたり、持ち上げた踵をつま先で蹴り続けたり、窓から空を眺めて固まったり。ろくに手塚に話しかけずにずっとそんなことばかりしている。あれじゃ何も発展しないだろう。無口同士の無口空間はまるで真空状態のように停滞し何もない現状を過去から維持し続けているみたいだった。
唯一、でかメスブタが発する言葉と言えば、休み時間の終わり際、2ーAを去るときに発する「じゃあ、また」だけ。手塚がその言葉に「ああ」と返すと、笑みを抑え唇をぴくぴくさせて、赤らんだ頬を手で隠しながら足早に去っていく。そんな彼女を廊下で待っていた舎弟らしき一年の少女が「晶さん、今日はけっこう良い感じでしたよ!」と褒めるのだから救いようがない。あれで良い感じなら俺と手塚なんて激甘ラブラブである。身内なら厳しい意見も言ってやるべきだ。
さらなる深淵を覗くべく、メスブタの身辺調査に乗り出そうとしたのだが、先ほど話に出した一年の舎弟少女にケツを蹴り上げられ追いかけ回されて以来、心臓がクライマックスドラムロールを奏でてしまっているもんで調査を中断せざるを得なくなった。
というわけで、メスブタファイルその5:金井晶の情報は以上とする。
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